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ニート王子、再び部屋の中に引きこもったみたいです

『まず朝起きたら、誰かに一つ喜んでもらえることを考えてほしいの。どんなに小さなことでも良いの。たったそれだけの習慣を身に付けるだけで世界が変わるから』


幼い頃、ヒルダの母ヤマトヒメが言った言葉。


その頃のヒルダには理解できなかった。『勇者』のスキルを持って生まれた彼女は魔物を殲滅し人類の救済を目的として結成された組織『対魔連合』に引き取られ、毎日血反吐を吐く訓練と戦いの日々を送っていた。強くなることと、魔物を殺すこと以外に思考をさく余裕すらなかった。


『今のアタシに送れるのは、この言葉だけ。きっと、今の貴女にはこの世が地獄に映るだろうけど、この世は地獄じゃないわ』


久しぶり会った母親は病室のベッドに横たわりながら微笑んでいた。もうすぐ死に逝く者の顔ではなかった。


それからヤマトヒメは楽しそうに、ヒルダに語りかけてきた。母の言葉を絶対に忘れないように聞き逃さないように集中しようとするが、耳に入った声が右から左に通り過ぎてしまう。頭に残らない。


ヒルダにとって母親であるヤマトヒメへの想いは複雑だった。


東に位置する、とある島国からやって来た元お姫様。『聖母』と呼ばれる準神級のスキルを持って生まれた彼女はそのスキルに

人生を滅茶苦茶にされた。『聖母』の能力は優秀なスキルを持つ子供を産むものだった。


優秀なスキルを手にれるため、『聖母』から生まれる子を誰もが望んだ。けれども、『聖母』に選ばれた男でないと子を作ることができなかった。ヤマトヒメの愛した男ではなく、『聖母』に選ばれた男である必要があった。


それからヤマトヒメは人類のために、『聖母』に従いヒルダとオグナを生んだ。誰かを愛することもなく、世界のために身をささげることを選んだ。


ヒルダには理解できない生き方だ。


『ねぇ、ヒルダ。アタシは貴女を愛することができなかったけど、貴女には誰かを愛する人生を歩んでほしいわ』


ヤマトヒメがヒルダの頭を撫でた。まるで夢から覚めたように、声が鮮明に聞こえだした。


『オグナを愛してあげて。あの子は『聖母』が怯えるほどのスキルを持っているわ。『神様のスキル』を生んだことにより、『聖母』は力を使い果たし、同時にアタシも消える。あの子は王になる。孤独な王になる。きっとあの子を愛してあげられる人間はいない。貴女しかいないの。こんなことを貴女にお願いするのは筋違いなのかもしれない。愛を知らない貴女に頼むのは酷かもしれない。けど大丈夫。どうしたら人が喜んでくれるか、目覚めたら少し考えて、小さなことでも良いから実行してほしいの。それを続けていけばきっと、いつか貴女にも人を愛することがどういうことか分かるから』


ヒルダは感情の籠もらない人形のような瞳でヤマトヒメを見つめた。祈るような母親の視線に彼女は頷いた。


『分かった約束する』


何を約束するかは具体的に告げなかった。それでもヤマトヒメは嬉しそうに微笑んでくれた。


その日の夜、ヤマトヒメは亡くなった。


ヒルダはヤマトヒメとの約束を自分の心の中で整理してから呟いた。


『よし。オグナに、アタシの弟に会いに行こう』


それから彼女はどうしたらオグナが喜んでくれるだろうか? サプライズ的に贈り物でもしてみようかなどと考えながらオグナの元へ行く算段を立て始めた。



×××


ヒルダは目を覚ました。場所はベルグンテル王国城の自室のベットの中。


「何だか、珍しい夢を見たなぁ」


起き上がり身支度をしながら、今日は誰にサプライズをして喜ばせてみようか考える。後輩のメイドが最近王都にできたスイーツ店が気になっていると言っていた。折角だからこっそり彼女のロッカーに入れてみようか等々。


「でもまぁ、この世は地獄だよー。お母様」


化粧台に映る自分が苦笑した。


「お母様の言う通り、人に喜んでもらえることを実行することは楽しいし、生きるにあたって効率が良い。だって、人を喜ばせればその人はアタシに多少は好感を持ってくれる。人間関係も円滑になる。でもやっぱり、人を愛することは、きっとアタシにはできないなぁ」


メイド服を着て、化粧も終わったら自室を出てオグナの部屋に行く。


部屋に入ると灰色の少年、オグナが机の上で折り紙を折っていた。黙々と鶴を折っている。机の上には糸で綴じられた折り鶴が束ねられていた。


「殿下ぁ。また部屋に引きこもって、そんなことをしていると国王様に怒られちゃいますよー」


ヒルダが揶揄うように言うと、オグナは眠そうな目をこすりながら顔を上げた。ひょっとすると徹夜をしていたのかもしれない。生活習慣を改めるように注意した方がよいだろう。


「そう言えば、ロザリアさんはどうしたんですか?」


ロザリアとはオグナが青のダンジョンで出会った自称天使の少女だ。『勇者』であるヒルダから見ても、ロザリアは己と同格かそれ以上の力を持っていることは一目で分かった。


青のダンジョンにて魔王フェンリルを倒した後、オグナとヒルダは空を飛べるロザリアに手を引かれ奈落を抜け出すことができた。


そう言うわけでヒルダもロザリアに恩があるのは確かだが、正直苦手だった。


ロザリアはオグナへの過剰な好意を隠そうとしない。ヒルダとしては何だかモヤモヤとする。一方で、ロザリアはヒルダにも友好的だった。


『初めまして、ヒルダさん。わたくしは天使ロザリアと申します。この度、オグナ君の守護天使となりました。よろしくお願いいたします。貴女のことも『未来視』で見知っています。『嘘吐き』ライルと同じく、いえそれ以上にオグナ・アウラ・ベルグンテルに忠誠を誓った悲劇の『勇者』。個人的には、オグナ君との女性カップリングの中では上位の方です。頑張ってくださいね』


本当によく喋る子だと思った。そして、発言の意味はよく分からない。


「ロザリアなら、青のダンジョンに行っているよ。新しい魔王にいろいろ教えることがあるらしい」


折り鶴を綴じながらオグナが答えた。


先日、オグナが倒した魔王フェンリルの中から二匹の魔物が生まれた。


一匹は魔将級フェリ。幼い少女の姿をしていて、青い長髪が印象的だった。彼女は魔王級フェンリルの記憶を少しだけ継いでいた。


『お兄ちゃんのもとへ行きたい!』


と駄々をこね、フェンリルと人間の混血であるライルのもとへと行ってしまった。


二匹目は新しい魔王級フェル。フェリと瓜二つの姿をしており、こちらは短髪だった。彼女は魔王級フェンリルの力を継ぎ、青のダンジョンを統べるためにダンジョンの奈落に残った。


また、オグナが神々の『遺言』を斬ったことで青のダンジョンの魔物達から人間への殺人衝動が消え去ったらしい。


今後どうなるか分からないが、オグナとしては青のダンジョンの魔物達を殺すのではなく共存していけるよう働きかけたいと思っているようだ。そのためにロザリアを魔王フェルの教育係に任命した。


「久しぶりにアタシと二人っきりですね。嬉しいでしょう、殿下?」

「うん、そうだね」


軽口を叩いているとオグナは頷き、立ち上がった。


千羽鶴を持ち上げヒルダへと近づいてくる。


「はい。ヒルダにプレゼント。いつもありがとうね」


そう言ってオグナがヒルダに千羽の鶴をわたした。


「あ、ありがとうございます」


目を白黒させながらヒルダが受け取る。


「何をプレゼントすればヒルダが喜んでくれるかずっと考えていたんだ。そんでもって、ふと思い出したんだ。以前、ヒルダが千羽鶴の話をしていたのを。願いが叶う鶴。ヒルダの願いも叶うと良いね」


千羽鶴の話はもともとヤマトヒメから聞いた話だった。彼女の祖国に伝わる言い伝えらしい。冗談混じりにオグナに千羽鶴をねだったこともそう言えばあった。まさかそれを覚えていてくれるとは思わなかったけど。


「アタシの願いは残念ながら叶いませんよ。願いが叶ったら殿下だって大変ですしね。でもまぁ、ありがとうございます。女性へのプレゼントとしては赤点ですが、童貞の殿下じゃ仕方ないですよねぇ」


笑顔になりそうになるのを堪えてヒルダがため息を吐いた。


オグナは苦笑し、それから二人は他愛の無い話を交わす。

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