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ニート王子、気に食わない彼に凸しました

ベルグンテル王国の王子が青のダンジョンを攻略したという情報は世界に瞬く間に広がった。


噂の王子は部下たちとダンジョンへと踏み入り、魔王級フェンリルを倒し『神様のスキル』をも手に入れた。見事な戦果を上げた王子の名は情報統制がしかれ、その名が広がることはなかったが、こうしてベルグンテル王国は5つの『神様のスキル』を手にすることになった。


「にしても、一体全体どの王子が魔王を倒したんだろうな? アンタなら知ってるんじゃないか?」


冒険者ギルドの一角にある酒場で、一人の男がとある有名な冒険者に管を巻いていた。


冒険者は『ビッグマウス』と名乗っていた。『ビッグマウス』は茶色のローブを纏い、頭には茶色の帽子を深々と被っていた。


「魔王を倒したのは、五番目の王子だよ」


『ビッグマウス』が答えると、男はげらげらと笑った。


「五番目の王子ぃ? ニート王子のことか。存在感の薄い、あの王子が? 『ビッグマウス』さんは面白い冗談を言う」

「決して、冗談じゃないんだがねぇ。あの王子は卑怯にも、魔王フェンリルに不意打ちを仕掛けて倒したらしい」

「はははは。あのニート王子が魔王を倒して、『神様のスキル』を手に入れて帰還した英雄って言うのかい? 面白いねぇ」

「いいや、『神様のスキル』を発見したのは、ライルという兵士だ。王子と共に探索に派遣された男だった。王子は奈落の底で魔王を倒し力尽き、彼のメイドに救出された。一方でライルは『神様のスキル』の在処が描かれた地図を頼りにダンジョンを駆け回り、お目当てのスキルを発見したんだ」

「じゃぁ、そのライルってのも英雄じゃないか?」

「あぁ、俺はそう思うんだけどねぇ。クソが。手柄をなかったことにしやがって。何のために地図を作ったと思ってやがる。ライルを出世させたかったのに。まさか、あの王子にあんな力があるとはねぇ。面白くねぇ。楽しくねぇ」

「おいおい。『ビッグマウス』さん。どうしたよ? 人生は楽しんだものの勝ちだぜ。どんなにつれぇことがあっても無理やりにでも目をそらしてでも、この瞬間を楽しまなくっちゃ」


そう言って、男が酒を煽る。


『ビッグマウス』はフンと鼻を鳴らして、酒を飲みほした。


イライラしながら周囲を観察していると、一人の少年の姿が目に留まった。幽霊でも視ている気分だった。


少年はヘラヘラと笑いながら、『ビッグマウス』へと近づいてくる。


「やぁ、アンタがベルグンテルで有名なAランク冒険者『ビッグマウス』だね。俺が視えるかい? 俺の声が聞こえるかい? 視えるよな。聞こえるよな。アンタほどのスキルの持ち主なら俺を感知できるよな」

「オグナ・アウラ・ベルグンテル。何故、貴様がここにいる?」


灰色の髪を持ち、灰色の衣装をに見つけた少年は、色素の薄い瞳を細めた。


「いやいや。ただお礼がしたくて凸しに来たんだ。アンタが作成し、ベルグンテル王国に売った『神様のスキル』の在処を示す地図。あれのお蔭で、うちの国は新しい『神様のスキル』が手に入った。ありがとう」


どこか軽薄な声音でオグナがお礼を口にする。酒場では妙に浮いている少年の姿も、彼の発する声もまるで空気のように存在感が無く、誰も彼に気づけない。


「ふん。貴様に礼を言われる筋合いはない」

「いやいや、何を言っているんだよ。全部アンタのお蔭だ。俺は何でも知っているよ。天使がアンタを視て知っていた。だからさぁ、うちのメイドにアンタのことは調べてもらったんだ」


そう言って、オグナは『ビッグマウス』へと顔を近づけた。金髪碧眼の見覚えのある顔がそこにあった。


「嘘を吐くことを咎めはしないけど、通じない嘘は止めた方が良いぜ。なぁ、ライル」


その男は青のダンジョンにオグナと共に潜るも、途中でオグナとはぐれた兵士ライルだった。ダンジョンの中で、ライルはオグナを見つけることを諦めた。もういっそのこと『神様のスキル』だけでも持ち帰って自分の手柄にしてしまおうと画策したが、結局のところオグナは生きておりライルの手柄は全部王子の彼に奪われてしまった。


「はぁ、陰湿ですね。殿下は」


『ビッグマウス』ライルがため息を吐いた。


「よく言われるよ」


オグナも苦笑いを返した。


帽子を外し、ライルが虚空を見上げた。


「私のこと、どこまで知ってますか?」

「多分、ほとんど全部」

「全部?」

「そう、全部。アンタの固有スキルは『統制』なんかじゃない。『嘘を吐く』だろう?」

「本当に、よく知ってますね。俺の固有スキルは『嘘を吐く』ことです。派生スキルに『隠蔽』などがあったのでステータスを改竄していたんです。ははははは。こんな嘘ばかり吐いて生きる私をどう思います? 殿下」

「まぁ、仕方がないんじゃないの? だってアンタは嘘を吐かないと生きていけないんだから」

「……」

「だってアンタは人間じゃない。魔物でもない。人間と魔王フェンリルが生んだ子なんだろ? オオカミ少年の君は、母が父を殺すところを見て育ち、その後、母に殺されかけ、とうとう人の世に逃げ込んだ。まぁ、普通に考えて真実を口にできないよね」


魔王フェンリルはライルのことを愛していたが、殺意の衝動を抑えられなかった。気づいたら、彼女は息子に爪を振り下ろしてた。ライルは泣きながら青のダンジョンから逃げ出した。幸い、ダンジョンのあちこちに散らばる【地獄の業火】は愛した息子を燃やすことはなかった。


「ええ。そうです。人の世に紛れてからは、『嘘』で全身を覆い、冒険者として生きていくことにしました。私はもともと青のダンジョンに住んでいましたから、どこに貴重なアイテムがあるか知っていましたし、『神様のスキル』のある場所だって知ってました」

「だったら、『神様のスキル』を独り占めすればよかったじゃないか」

「残念ながら、あの『神様のスキル』は嘘を吐くしか取り柄の無い私では入手困難でした。ですから、『ビッグマウス』として地図を国に売り、ライルとして手柄を立てようと思ったのですがねぇ」


ライルが深い息を吐いた。


「俺のことを恨んでいるかな?」


オグナが訊ねた。ライルの手柄を横取りし、それから彼の母親である魔王フェンリルを殺したのだ。

だが、ライルは首を振った。


「母には恐怖しかありません。それに、私の心は人を恨めるほどの活力がもうありません。人にも、自分にも嘘を吐き続けて、もう本当の自分が分かりません。殿下、貴方はこんな空っぽの私を裁きにきてくれたんですか? もし、そうなら嬉しいのですが」

「悪いけど、アンタにはお礼を言いに来たんだ。それから頼み事もあるんだ。ほら、おいでフェリ」


オグナが背後を振り返って言った。


彼の背後に青色の髪の幼い少女が立っていた。癖毛の髪は毛皮のようにモフモフしている。


「この子はフェンリルの亡骸から生まれた魔物、魔将級フェリ。神々の『遺言』の影響はないから、人間を襲うこともない」


フェリと呼ばれた少女は目をキラキラさせて、ライルに近づいてくる。


「お兄ちゃん?」

「うん、そうだよ。このライルは君の兄だ。仲良くするといい」

「うん」


元気よく頷き、フェリがライルの胸に飛び込んだ。


「ど、どういうことですか? 殿下?」


ライルが狼狽しながらもフェリを優しく受け止めた。


「どういうことかは言わなくても分かるだろ? 空気を察してくれよ。これが一番ベストな選択なんだよ。アンタはこれから俺の直属の部下だ。仕事はおいおい頼むことになるけど、最優先はフェリの教育かな。しばらくの間は好きにしていいよ。冒険者を続けてもいい。それじゃぁ、後は任せた」


その言葉を最期に、オグナの姿が溶けるように消え去った。


彼が消えた途端、周囲がフェリの姿に今さら気づいたようだった。


オグナのスキル『空気になる』は今まで触れた者しか『空気』にできなかったが、レベルが上がり彼の近くにいる者達も『空気』にできるようになっていた。


狐につままれたかのように、困惑しているライルに先ほどまで絡んできていた男が言う。


「何だい? 『ビッグマウス』さん。その娘は?」

「妹!」


フェリが無垢な笑顔を浮かべて答えた。


「嬉しいねぇ。『ビッグマウス』さんにこんなに可愛い妹がいたなんて。アンタは良い奴だが、いつもどっか一線引いて一匹狼を気取ってやがる。いつも笑顔を浮かべているが、心から笑えてない。だから心配してたんだが、もう大丈夫そうだ。嬉しいねぇ、嬉しいねぇ」


嬉しいねぇ、嬉しいねぇと譫言のように繰り返しながら、男は鼾をかいて眠り始めた。


「嬉しいなぁ、嬉しいなぁ。お兄ちゃんに会えて嬉しいなぁ。お兄ちゃんも嬉しいでしょ? うんと嬉しいでしょう?」


歌うように口ずさむフェリを見て、ライルは小さく笑う。


「そうだね。嬉しいな」


ずっと嘘を吐き続けて生きてきたオオカミ少年は、人の世にまぎれてから初めて嘘以外の言葉を口にした。

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