ニート王子、メイドに助けてもらいました
「己のレベルを貸すということは、己の一部をオグナの身体にいれるのじゃろ? 何とも卑猥だのぅ」
フェンリルが茶化すように笑っている。
「ひ、卑猥なんかじゃありません。おかしなことを言わないでください」
ロザリアが大声を上げて否定する。どこか慌てているように思えるのは気のせいだろうか?
「しかし、良いのか? そんなことをすれば天使のお前も無事ではすまないであろう? そんなボロボロの身体で天使の権能を無理して使えば跡形もなく消えてしまうじゃろ」
「貴女との先程の戦いでわたくしは力を使い果たしました。わたくしが消えるのも時間の問題です」
「ちょっと待ってくれよ。俺はロザリアが消えるなんて嫌だ」
俺は思わず叫んでしまう。ロザリアの頭上に浮かぶ天使の輪はもうボロボロだった。彼女の命が長く持たない空気は感じていたがそれについては考えない様にしていた。短い時間ではあるが、ニートで空気な俺なんかに彼女は優しく接してくれた。まぁ、はっきり言うと、俺は彼女のことが好きだ。
ロザリアは優しい笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ、オグナ君。わたくしは簡単には消えません。終末の世において神様の慈悲も奇跡も起こりませんが、他人の不幸を喜ぶ邪神もいないのです。例えどんな姿になっても、オグナ君の側でオグナ君の貞操を守ってみせますから。そんな顔しないでください。オグナ君。抱きしめたくなります。抱きしめて良いですか?」
「いや、それはやめてくれ。何だか恥ずかしい」
「ふふふ。残念です。次会えた時の楽しみにしておきましょう。さて、オグナ君に伝えたいことがあります。自分自身のことを尊敬してください。周囲が貴方のことを役立たずと評価しても気にしないでください。人間は往々にして間違った評価しかできないのですから」
その言葉の後、ロザリアの頭上に浮いていた天使の輪が割れた。割れた金色の破片が水を掬うように伸ばした両手に集まり、俺へと差し出した。俺はそれを受け取った。
「それでは、わたくしのレベルを大切に使ってくださいね」
『天使ロザリアのレベルを借り受けますか?』
頭の中で、無機質な声が響く。それはスキル『空気になる』が放ったものだ。『神様のスキル』には意思があると言われている。『神様のスキル』は我儘で傍若無人で中にはスキルに身体を乗っ取られる者もいるというが、スキル『空気になる』は俺に対して必要最低限の事務的なことしか伝えてこない。
オグナ・アウラ・ベルグンテル
レベル1
固有スキル
『空気になる』
派生スキル
『風魔法』初級
『剣術』初級
己のあまりに低すぎるステータスを確認する。これでは現在の危機的状況を変えられない。
「それではご武運を」
ロザリアの身体が赤く光る。彼女の身体が赤い花びらとなって、舞い散り俺の身体の中へと入り込んでいく。
『天使ロザリアのレベルを借り受けることに成功しました。オグナ・アウラ・ベルグンテルのレベルアップを始めます。レベルアップ完了までしばらくお待ちください』
赤い花びらが俺の中へ吸い込まれるように消えた。身体に変化はなかった。ステータスを表示し確認する。
オグナ・アウラ・ベルグンテル
レベル 調整中
固有スキル
『空気になる』
派生スキル
『風魔法』初級
『剣術』初級
調整中
調整中
調整中
「なんじゃ? 天使がオグナの中に入っていきおった。 何だか厭らしいのぅ。羨ましいのぅ」
フェンリルが拗ねたような表情をしていた。
フェンリルの周りで魔物達が唸り声を上げている。青い狼のような魔物、魔獣級ブルーウルフが20匹。青い狼男のような魔物、魔人級のウェアウルフが3匹。三つの首を持つ青い魔狼、魔曹級ケルベロスが一匹。
フェンリル以外の魔物達も何故か『空気になった』俺を睨みつけている。
「こ奴らは現在、我が操っているのじゃ。オグナを認識できて当然じゃろ?」
フェンリルが嫣然と笑う。
魔物達が俺目掛けて襲い掛かってきた。
「【突風】」
風魔法を己にかけ、俺も魔物の群に突っ込んだ。ロザリアのレベルを借りて自分がどれだけ強くなったのか確認してみたいと思ったのだ。
まずは最も弱い魔獣級ブルーウルフを切り裂く。風に乗り、近くにいた魔人級ウェアウルフとの間合いを詰め、上段から短剣を振り下ろした。
ウェアウルフが嘲笑うかのように目を細めた。
『警告。まだレベルアップが完了していません。ステータスは事実上レベル1のままです』
スキル『空気になる』が珍しく俺に話しかけてきた。それはもっと早く言ってほしかった。
狼男が右手を上にあげ、俺が振り下ろす短剣へと伸ばした。いとも簡単に指のひらで短剣の刃を掴み取られる。ウェアウルフが左手を握りしめ俺の腹を殴り飛ばした。
「っ」
風魔法を己にかける暇もなく、俺は地面を転がる。
少し調子に乗っていた。俺はニートでレベル1の雑魚だ。おまけにスキル『空気になる』の力が効かないなら、逃げることすら難しいだろう。
「痛いなぁ」
致命傷ではないが、立ち上がることができず膝をついて魔物の群を睨みつける。ブルーウルフは目の前の獲物を喰おうと目を光らせている。ウェアウルフは人間をどうやっていたぶろうかと嗜虐的な目をしている。ケルベロスは隙の無い目つきで俺を観察している。
「何じゃ。大したことないのぅ。がっかりじゃ。もう喰って良いぞお前達」
魔物達の後ろでフェンリルが吐き捨てるように言った。
青い狼の群が少しずつ近づいてくる。
もう俺に打つ手はない。
「アタシの殿下に! アタシの弟に! 汚い手で触るなぁ! 固有スキル『勇者』発動! 『聖剣』『クサナギノツルギ』抜剣」
聞き覚えるのある声が降ってきた。金髪のメイド、ヒルダが黄金の光を放つ剣を持ちながら落ちてきた。
ヒルダが剣を振り下ろすと、黄金の光が魔物達へと放たれた。光は一撃で魔物の群を一掃した。ただ一匹、フェンリルがけ目を見開きながら『聖剣』の力に驚いていた。
「まったく、殿下ってば酷いじゃないですか。アタシを置いて、こんな素敵な地獄を堪能しているなんて」
優雅に着地し、ヒルダはフェンリルを警戒しながら言った。
「ほう。人間の雌よ。何者じゃ?」
「アタシの名は、ヒルダ。オグナ殿下のメイドであり、お姉ちゃんです」
「ふむ、オグナの血縁か。どうりで面白い力を持っているわけじゃ」
「ええ。アタシ達のお母様ヤマトヒメは凄いんです。東の国の元お姫様だったんです。アタシだってお母様から準神級のスキル『勇者』を貰ったわけですから、お母様がどれだけ凄いか分かるでしょう?」
胸を張り、『聖剣』の切っ先をフェンリルに向けた。
「ふむ。勇者か。厄介そうじゃが、見たところまだまだ力は未発達じゃの。お主では我に勝てんよ」
「ええ、でしょうね。ですが、殿下をこんなところで殺させません。お母様との約束ですから」
『オグナ・アウラ・ベルグンテルのレベルアップが完了しました』
スキル『空気になる』の声が頭の中に響いた。