ニート王子、ダンジョンに向かうことになりました
むかし、むかし、世界の真ん中で天使が叫んだ。
『神々は死にました』
その日を境に世界はがらりと変化した。
『神々の戦争によって空は割れ、海は穢れ、穴ぼこだらけの大地は魔物だらけ。ぶっちゃけ、この世界は壊れちゃいました。人類の皆さん、壊れた世界を楽しんでくださいね。私達天使は人類の最後を見守っています。それでは、良い終末を』
無責任な言葉を残して、天使もどこかに消えてしまった。
神々が死に、壊れた世界。神の慈悲も、祝福も、裁きもなく、奇跡も起こらない。それがこの世界ティストラの現代常識。故に、誰もが神への信仰を捨てた。
時は流れ、現在終末歴148年。
人間達はスキルの力を信仰するようになっていた。神のいない世界で頼れるのはスキルだけ。悪人も善人も誰もが有能なスキルを欲している。今の世はスキルの時代。有用なスキルがあれば人生勝ち組で、役に立たない外れスキルを手にした者は負け組だ。
かくいう俺は負け組の一員。
俺の名はオグナ・アウラ・ベルグンテル。ベルグンテル王国の第5王子で年齢は15歳。
王子と呼ばれると何か凄い風に聞こえるかもしれないが、5番目の王子は名ばかりで権力も全くない。そんでもって外れスキル『空気になる』を手にした立派な負け組だ。
おまけに風貌もパッとしない。髪の色は灰色、瞳は色素が薄く、身に纏う服装も灰色のものが多い。自分が陰キャだという自覚はあります。
でもまぁ、王の子ということで王城に住まわせてもらえるのはありがたい。お蔭様で悠々自適なニート生活をさせてもらっている。何か、すいません。
今日も今日とて暇なので気まぐれで俺は折り紙で鶴を折っていた。何でも神世の時代では鶴を千羽折ると願いが叶ったらしい。
「殿下ー。がんばってくださいねー」
願いが本当に叶うかどうか検証するという崇高な実験の準備中、棒読みの声援が送られた。
メイド服を着た女がソファーに座り、鏡を見ながら化粧をしていた。
メイドの名はヒルダ。俺専属のメイドである。金髪で肌は黒く焼いている。俺と違って陽キャだ。正直言って、苦手なタイプです。そんでもって勤務態度も良くない。
「ヒルダ。ニートの俺が言うのも何だけど、仕事はちゃんとした方がいいよ」
「アタシは馬鹿ですから、仕事できないんです。あぁ、頭が良かったら仕事ができたのになぁ。悔しくてならないなぁ。顔は良いんだけどなぁ。本当に顔は良いのに、頭が悪いんだよなぁ~」
「せめてお茶を淹れるくらいやってくれてもいいだろうに。何で王子自ら、雑事をこなさないといけないんだ」
「オグナ殿下がもっとキラキラした王子様だったら喜んで淹れるんですけどねぇ」
ジト目が向けられる。
「服装も、髪形もダサいんですよ。猫背だし。それにニートだし。もとは良いのにもったいないですよ。はっきり言ってオグナ殿下なんて空気ですよ。存在感が薄いんです。そうだ! 今度一緒に買い物に行きましょう。アタシがコーディネートしてあげます」
「丁重にお断りさせていただきます。どうせ君の服を買わされるのが目に見えているから」
付き合い悪いですねーとヒルダが文句を言う。王族に対して不敬な態度であるが、注意せずかわりに溜息を吐いてしまう。ヒルダは色んな意味で苦手だ。
「というか殿下ぁ。アタシのことはヒルダお姉ちゃんって呼んでくださいよ」
ヒルダの言葉に動かしていた手を止めた。公にしてはいないが、彼女と俺は同じ母親から生まれた異父姉弟にあたる。
俺の父はこの国の王だが、ヒルダの父親は平民。俺は王族だが、姉のヒルダは平民という少し面倒な関係なのだ。
俺とヒルダを生んだ母と、ヒルダの父親は既に他界した。身寄りを無くした彼女は5年前突如俺の前に現れた。
『お母様との約束を守るために、殿下にお仕えします。拒否権はありませんよ』
ヒルダは不敵な笑顔を作って宣言した。
実母のことを覚えていない。彼女は俺を生んだ後、王城を追放されたから。
ヒルダが母親とどんな約束をしたのか気になったが、約束の内容については教えてくれなかった。
兎にも角にも、何を考えているかよく分からないメイドというのが、ヒルダへの印象だ。
考えごとをしていると、コンコンとドアがノックされた。
瞬間、ヒルダがものすごい速さで立ち上がり、鏡と化粧道具を片付けた。気付いたら俺の後ろに回り、できるメイド然とした態度で控えていた。
ヒルダのかわり身に呆れながらも、「どうぞ」と声をかけた。
「良い身分だな、オグナよ」
聞き覚えのある低音ボイスにぎくりとなる。入ってきたのはこの国の王であり、俺の父セリム・アウラ・ベルグンテルだ。
父上は机に散らばる折り紙の鶴を見て眉をひそめた。
「またお前は変な遊びを始めおって」
「父上。俺は遊んでいるわけではありません。王子として国民皆の願いを叶えるため千羽鶴を作成中なんです」
「千羽鶴など迷信に過ぎん。どれだけ祈っても神はいないのだ。そんな無意味なことしてないでスキルを磨くなりしたらどうだ」
「努力はしているんですが」
「実績を出し、周囲に認められなければ意味がない。王子が空気になってどうする」
「俺の固有スキルは『空気になる』というものなので仕方がないじゃないですか。ところで、父上が自ら俺のところに来てくださるなんて珍しいですね。呼んでくだされば俺から伺いましたのに」
「儂が呼んでもお前は仮病を使って引きこもるだろう。それに儂以外ではお前を捕まえるのは難しいからな。まぁ、良い。儂がわざわざお前のもとに足を運んだのは、大切な用があったからだ。これを見よ」
一枚の地図が渡される。複雑に道が入り組んでいて、一見すると迷路のようだ。
「何ですかこれ?」
「青のダンジョンの地図だ」
青のダンジョンとはベルグンテルの西にある地下迷宮のことだ。魔王級フェンリルという魔物が君臨し、魔物の巣窟となっている。
「今からお前には青のダンジョン探索に向かってもらう」
「は?」
何を言われているのか分からなかった。無能な俺がダンジョン探索などできるわけがない。
「無理ですよ。俺はレベルも低いし、スキルも弱いし、それにニートだし」
「ニートだから、働けと言っているのだ! まぁ安心しろ。さすがにお前一人でとは言わん。護衛に国の兵士とヒルダもつける。お前はいつも通り適当に空気になっているだけでよい」
「『空気になる』のだって楽じゃないんですけどねぇ。というか、何を探してくるんです?」
「『神様のスキル』だ」
神々が死んだ今、神々が所有していたスキルが世界のどこかに封じられているという説が出回っているのは俺も知っている。『神様のスキル』を手にした者は富や栄誉も得られるし、どんな願いだって叶えられるらしい。
「いやいや、父上。ダンジョンにある『神様のスキル』なんて根も葉もない法螺話ですよ」
「ふん。儂だって半信半疑だが、冒険者ギルドが『神様のスキル』を見つけたと騒いでるのだ。無視はできん」
「だったら冒険者達に任せておけばいいじゃないですか」
「冒険者達では手に余るようでな。そこで冒険者ギルドから国が『神様のスキル』の在処が記された地図を買い取ったのだ」
「情報は信用できるんですか?」
「ベルグンデル王国内で最も優秀なAランク冒険者『ビッグマウス』が作成した地図だ。『ビッグマウス』は真面目な冒険者で、嘘なんて吐けそうにないお人好しだと聞いている。まぁ、儂も良く知らんし、正直胡散臭いと思っているが」
「そんな胡散臭い情報をもとに、よくもまぁ大切な息子をダンジョンに送ろうとできますね」
「大切な息子ぉ? 大して働かず、グータラしている穀潰しのニートがぁ? そんな穀潰しが野たれ死のうが何とも思わん。さっさとダンジョンに潜って『神様のスキル』を手に入れてくるのだ。万が一、運よく『神様のスキル』を持ち帰れば、一生グータラさせてやるわい」
「嫌だ。嫌だ。嫌だ。『神様のスキル』なんて探すくらいなら、千羽鶴を作ってた方がましだ。俺は鶴を千羽折って国民を救うという使命があるんだ」
「ええい。煩い。これは王命だ。我がスキルを使って命じる。オグナよ。青のダンジョンに隠された『神様のスキル』を手に入れろ」
王のスキル『絶対命令』は他者を問答無用で従わせる能力がある。
身体が勝手に動く。今まで折っていた鶴を片付け始めた。嫌だなぁと思いつつも抵抗は無意味であることを知っている。
「ヒルダよ。オグナをよろしく頼む」
俺が探索へ向けて準備を始めていると、王がヒルダへと声をかけていた。
「任せてください。これもお母様との約束ですからね」
元気よくヒルダが言った。
こうして俺はダンジョン探索に向かうはめになった。スキル『空気になる』しか取り柄が無い俺が行っても役に立たないと思うけど。