魔物図鑑の人
「あのーこれ受けたいんですけど」
「はあい。ちょっと待ってくださいね」
ここは冒険者大国アリストラス――冒険者ギルド「カトレア」。所属冒険者数58人と小規模ながら、国内二位の任務達成実績がある。
受付には冒険者登録からしばらく経った四人のパーティが並んでおり、代表の青年が一枚の依頼用紙を手に持っていた。
ぱたぱたと忙しそうにやって来る受付嬢。
冒険者達の顔を確認し、紙に目を落とす。
「テールさん達は初めての〝討伐依頼〟になりますね。では色々説明させていただきます」
テキパキと手続きを進める受付嬢。
今日この四人は初めて〝魔物討伐〟の依頼を受ける。魔物討伐依頼は採取系や警備とは違い大きな危険が伴うものの、冒険者をやっていく上で避けては通れない依頼である。
危険ゆえに身入りも大きく、裕福な暮らしをする冒険者は多い。強くて気高く、そして儲かる冒険者を目指す者は未だに多い。
受付嬢は何やら大きな図鑑のようなものを取り出すとカウンターにどかんと置いた。
「ではこれ、魔物の情報が書かれた図鑑です。必ず皆で熟読して挑むようによろしくお願いします」
緑色の表紙の分厚い本。
大きく「魔物図鑑」とだけ書かれていた。
テールと呼ばれたその冒険者は図鑑をパラパラとめくり、今回の討伐目標を見つける。
「ハイウルフ。レベル8〜12。弱点 首、頭、胸。単体でいることは珍しく基本は群れで行動する。目は良くないが匂いに敏感で、奇襲をかけるなら〝人食いマシュ〟の胞子を身体によく塗るといい――って、なんすかこれ」
新人冒険者テールは困惑したように顔を上げる。自分の知るハイウルフの特徴と一致する部分もあるが、奇襲をかけることと人食いマシュの胞子がどう結びつくのか理解できなかった。
受付嬢は「ご説明いたします」と、ペラペラと紙をめくり、とあるページを開いて見せる。
「人食いマシュがなぜ危険か分かりますか?」
「え? あぁ、森の緑にうまく擬態して、人でも魔物でもその姿に気付かず踏ん付けて喰われちまうからですよね?」
その回答に嬉しそうに頷く受付嬢。
「その通りです。ですが、ここをよく読んで下さい。人食いマシュの真に恐ろしい所は、見た目の擬態も然ることながら〝全く匂いがしない〟という点。多くの菌類にあるソレが無いため匂いに敏感な魔物ですら気付かず食べられてしまいます」
図鑑に書かれている説明を読んだ新人冒険者一行からどよめきの声が上がる。
「確かに、間抜けな動物達だけじゃなく鼻の効くハイウルフやレッドベアまで喰われてることが疑問だったんだ」
「完璧な擬態をするキノコってことね」
「じ、じゃあ森に進むのは危険じゃない?」
その様子を見た受付嬢は、
さらにページの下の方へと指を動かす。
「ちゃあんと人食いマシュの対処法も載ってますよ。暗い森を好むこのキノコは光に弱く、初級光魔法が使えるなら50歩進むごとに発動すれば勝手に閉じて動かなくなる――とのことです」
このパーティには魔法使いが二人もいる。
そして二人共が初級魔法の全属性を習得済みだった。
「まずは人食いマシュの胞子集めからいかがですか? もしくはギルドの在庫を購入されますか?」
営業スマイルを見せる受付嬢。
新人冒険者テールは苦笑を浮かべた。
「……全部知った上でハイウルフ討伐を許可して下さったんですね。それなら今後の勉強のためにも、人食いマシュ採取から改めて討伐任務を受けようと思います」
他のメンバーも異論が無いのか頷いている。
受付嬢も嬉しそうにそれに頷いた。
テールは額を掻きながらもう一度図鑑に目を落とした。
「しかしコレを書いた人達は何者なんですか? 人食いマシュの胞子を隠密行動に使うなんて聞いたことないんですが……」
受付嬢はにこやかにそれに答える。
「コレを書いたのは個人ですよ」
「えぇっ?! これ全部?!」
図鑑のページはざっと見て数百からある。
そのうえ、他のページ全てハイウルフや人食いマシュのように細かい分布や対処法などが書き込まれており、「どこぞの有能な専門家達が情報を持ち寄って書いたのかな」などと思っていたテールは度肝を抜かれたのだった――
一方その頃、暗黒の森の奥地にて。
「黒炎竜グシアス。レベルは120〜130、爪に毒あり。炎を吐いているのではなく口内の液が外気に触れることで発火。そのため液が付着した箇所を鎮火させるには水に入るか若しくは――」
剛腕が木々を破壊し地面を穿つ。
対する男は軽やかな身のこなしでそれを避けながらメモを取り、相手を一瞥する。
「二、三体倒した程度じゃレベル平均値が取りにくいですね……130レベルに対してもアルマンド鋼の剣は有効……コフサ族相手に攻撃を行わない説はデタラメ……ぶつぶつ」
地上約100メートル辺りに浮く人影。
中肉中背、どこにでもいそうな顔の男。
片手に羽根ペン、片手に紙束を持っている。
特徴的なフード付きマントがはためく。
背中に携えた無骨な長剣が銀色に輝く。
「次、魔法耐性」
男はそう呟きながら道具を胸元へとしまい、両手を合わせてゆっくり開く――幾重にも浮かぶ七色の魔法陣を腕に纏い、黒炎竜グシアスへ両手を突き出した。
爆音と共に炎が襲い、氷が襲い、雷が襲う。
まるで竜巻のようにあらゆる魔法が渦を巻いてグシアスを包み込み、悲痛な叫び上げ悶え苦しむ様を見つめながら、男は再び紙とペンを取り出していた。
「やはり通常の炎は無効ですね。氷も伝承に聞いていたよりも効きが悪い」
何かを書いた後、何かを塗り潰す。
と、同時に――
凄まじい咆哮が森を駆け抜ける。
魔法の嵐の中から黒色の炎が噴き出した!
それは真っ直ぐ男の方へと伸びてゆき――
「『時の呪縛』」
男が羽根ペンを持つ手を突き出すと、グシアスの炎を縛るようにして魔法陣が重なり、まるで懐中時計のように時を刻むそれが炎の勢いを急激に奪ってゆく。
男の羽根ペンへと到達する頃、
炎はピタリと完全に停止していた。
「『反転』」
その言葉を合図に、
巻き戻しのようにグシアスへと向かう炎。
グシアスの体を炎が貫くと同時に、
再び悲痛な叫びが森へと響き渡った。
「黒炎は竜自身にも有効――」
男が書き記すよりも先に、
グシアスは焼け爛れた地面に倒れ伏す。
白く濁った瞳が絶命を物語っていた。
男は目を瞑り胸の前に手を置く。
しばらく儀式を行った後、目を開けた。
地に降り立ち、グシアスの頭を撫でる。
「次は明星方向に807メルか」
そう呟きながら再び宙へ浮いた男。
男が空へ昇るのと連動するように、グシアスの死体は地面へと沈んでゆく。そして男が去った後には戦闘の跡さえも消え、元の静寂な森へと巻き戻っていたのだった。
――場所は戻ってギルド『カトレア』。
しばらく無言で魔物図鑑をめくっていたテール達は、後半ページの違和感に気付く。
「レベル100って……これS級ですか?!」
魔物の強さはレベルで表記され、冒険者の強さはレベルもしくはランクで表記される。
冒険者は貢献度に応じてランクが決定し、ランクに応じて受けられる依頼が増えてゆく。
ランクは上からS・A・B・C・D・E・F・Gとあり、一般的にレベル1〜25の魔物の討伐依頼はFから〜といった具合に決められており、レベル100以上の討伐依頼は最高位であるSランクの冒険者にしか受けられない。
「一人でコレを書いてるならソロでランクSの魔物を倒してるってことですよね?! 誰なんです?! ビルザさん? オーヴェンさん? キルファさん!?」
鼻息荒く詰め寄るテール。
彼が並べた名前はいずれも国内に数名しかいないSランク冒険者で、中でも特に個人の武勇が抜きん出ている三人である。
受付嬢は困ったように微笑んだ。
「この方は冒険者ではありません。本人曰く〝ただの調査員です〟とのことで……少ない給料制のうちの職員です」
その返答にぽかんとなる新人冒険者達。
S級の実力があれば金も名誉も何もかも手に入るのに――その人物は何が好きでそんなポジションに甘んじているのか、と。
特に女の冒険者から受付嬢へ「何か弱みでも握ってるのかしら」という視線が向けられると、受付嬢は慌ててそれに弁明した。
「こ、この方の意志です! それに、彼が目指す先は多くの上級冒険者達とは違う所にあるそうですから」
「それって?」
テールが興味深そうに聞き返す。
受付嬢は遠くにいる誰かを見つめるようにして、彼の言葉をそのまま伝えたのだった。
「『人の死なない世界を作るために』」
to be continued……
どうも。
過去に闇を抱えてそうで、優しくて強い主人公を無双させるためのお話です
時計のエフェクト付きの時間操作系魔法いいですよね