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お願いだから、魔王(さま)って呼ばないで!  作者: 小鳥遊瑠歌
八.五章
83/110

私に出来る事

「うおおおお!おかわり!」

「あら、広実ちゃん、まだ食べるの?」

「うん!今日もご飯がおいしい!」

「シスター・リトヴァ、いい加減おかわり位、自分でよそわせた方がいいですよ」

「何だよ多加子ー、良いじゃんそれくらいー!ねぇ沙紗ねーちゃん!」

「ん?まぁ広実は甘えんぼだからなー」

「んなっ!?んなことねーし!」

「ちづるねー、ひろみねーはあまえんぼーさん?」

「ええ、秋穂よりも甘えんぼさんかも」

「ひろねーあまえんぼーさん」

「秋穂も玲も、んなことねーからなー!」

「はい、おかわりよ、広実ちゃん」

「サンキューシスター!」

 これが、この孤児院での朝食の一コマです。これまでも、そしてこれからも、ずっと続いていく日常……けれど、私は知っています。それはふとした事であっさりと崩れ消え去ってしまう事を。

 だから、願わずにはいられません。このまま何事も無く、皆が平穏に過ごせますようにと。


「じゃあ、帰ってきたら遊んでよ、沙紗ねーちゃん!」

 朝食を終え、学校へ行く準備を終えると、今日も元気よく広実ちゃんが登校して行きます。

 広実ちゃんは元気で活発な小学五年生です。いつも考えるより先に体が動いてしまうようです。それでよく失敗をしてしまうのですが、すぐに忘れてしまうのか、また同じ失敗をしてしまう事もあります。あと、本人は否定していますが、とても甘えんぼさんです。

「あっ、待ってよ広実!それじゃあ行ってきます」

 飛び出して行った広実ちゃんの後を追うように多加子ちゃんが気持ち速足で登校して行きます。

 多加子ちゃんは落ち着きのある小学三年生です。広実ちゃんとは対照的に、物事をよく考えてから動いています。その分失敗は少ないのですが、考え過ぎて動けなくなる事があるみたいです。あと、少しだけ体が弱くて、広実ちゃんについていこうとするとすぐに疲れてしまうみたいです。あと、自他共に認める甘え上手です。

「それでは行ってまいります」

 最後に登校して行ったのは千鶴ちゃん。中学二年生になった今でこそ落ち着いていますが、小学生の頃は広実ちゃんに負けず劣らずのやんちゃさんでした。本人はその事を恥じている節がありますが、みんな小さい頃は多かれ少なかれ、そういうところはあるのですから、気にしなくてもいいのにと思います。それよりも、先程のような丁寧な言葉遣いを心掛けているようですが、時折妙な言葉の使い方をしていて、その方が心配です。


「さて」

 登校して行く三人を見送ってからプレイルームに顔を出すと、沙紗ちゃんが秋穂ちゃんと玲ちゃんと遊んでいました。

「玲ちゃん、ちょっといいかしら?」

 私が声を掛けると、玲ちゃんが嬉しそうな表情をしてこちらに近づいてきます。その後ろで秋穂ちゃんの表情が曇っていくのが見えると、私は何とも言えない気持ちになります。

「秋穂、今度は何作る?」

 沙紗ちゃんもそれに気付いているようで、明るい声で秋穂ちゃんの注意を逸らそうとしてくれます。

「えっと、えっとね……くるま」

「よっしゃ、任せろ!」

 その隙に玲ちゃんを連れてプレイルームから応接室へ向かいます。そこには

「すみません、お待たせしました」

「ああ、いえ。こちらこそ早い時間に尋ねてしまってすみません」

 一組の夫婦と、児童相談所の職員の方が待っていました。


 現在、玲ちゃんには養子縁組の話が上がっています。

 養親となるのは三十歳の夫婦、夏川さん夫妻です。若くに結婚をしたものの、子宝に恵まれず、養子縁組里親に登録されている方です。

 今日は一日、玲ちゃんは夏川さん夫妻と過ごす予定です。

 交流を初めて三カ月、既に玲ちゃんは夏川さん夫妻に懐いていて、今日のお出かけも楽しみにしていました。

「それじゃあ、玲ちゃんの事、宜しくお願いします」

「はい。それじゃ玲ちゃん、今日はいっぱい楽しもうね」

「うんっ!行ってきまーす!」

 満面の笑顔の玲ちゃんとそれを優しそうな表情で見つめる夏川さん夫妻を笑顔で見送り、プレイルームへ戻ると

「あら」

 秋穂ちゃんは沙紗ちゃんの膝の上で眠っていました。その目元には涙の跡が残っていて、玲ちゃんが出て行った後に何があったのか、話を聞かなくても分かりました。

「ありがとうね、沙紗ちゃん。大変だったでしょう?」

 私は二人の近くに腰を下ろすと、眠っている秋穂ちゃんの頭を撫でます。

 ここにいるのは、理由はそれぞれ違いますが、皆身寄りが無かったり、親の元に戻りたくても戻れない子たちです。それでも、普段は皆楽しそうに過ごしていますが、今回のような事があると、不安や不満が溢れてしまうようです。

「いやぁ、秋穂のは可愛いもんだよ」

 膝の上で眠る秋穂ちゃんを優しい表情で見つめる沙紗ちゃん。そんな彼女を見て、この子も変わったなと思います。

 ここに来た頃の沙紗ちゃんは、他人に干渉する事も、干渉される事も嫌いな子でした。誰に話しかけられても素っ気なく、小さな子が泣いていても気にも留めない。所謂、反応性愛着障害の傾向があると言われていましたが、私は少し違う気がしました。それが何なのかまでは今でも分からないのですが……そういえば、ここに来た経緯も他の子とは違いました。


 沙紗ちゃんがここに来たのは八年ほど前の日の夜。

 その日は同市にある施設で大事故が起こり、ニュースではその事ばかりを報道していました。

 何でも設備の不調により、そこにいた全員が死亡したという事で、とんでもない騒ぎになっていたのを覚えています。

 そのせいもあってか、夜の見回りの時も、何時もより慎重にしました。そのお陰かは分かりませんが、庭先に異変を感じました。

 真っ暗闇の庭に注意深く目を凝らすと、庭木の元に座り込む一つの影……着ている検査衣のような服はぼろぼろで、裸足の足からは血も滲み出ていて……膝を抱えて全身を震わせながら座っている小さな影……

 私は急いでその子に駆け寄ろうとして、けれど直ぐに立ち止まってしまいました。

 何故なら、彼女の目が私を捉えていたからです。その瞳はまるで私を値踏みするかのように冷たく冷静で……こんな状態の子どもの目とはとても思えませんでした。

 だから私は思わずこう言いました。

「私はあなたを助けたいの」と。


 それが、沙紗ちゃんとの出会い……そして、彼女がここに住む事になった経緯です。

 そんな沙紗ちゃんも今では高校三年生で、他の子たちにとってはとてもいいお姉さんです。

「沙紗ちゃんは今日も学校に行くの?」

「うん。授業は明日からだけど、色々とやる事があるし」

 沙紗ちゃんの通う高校は局地的な地震被害で休校中です。それも今日までなので、明日からは寮に戻る予定のようです。

「そう。皆悲しむわね」

 特に広実ちゃんは沙紗ちゃんの事が大好きですから。

「……そうだね」

 そう言うと、沙紗ちゃんは何だか遠い目をして……その瞳に思わずぎょっとしてしまいます。

「あ、あら、てっきり「大げさな」なんて言うと思ったわ」

「え?ああ、確かに大げさだ」

 私の誤魔化すような言葉に、沙紗ちゃんも笑ってくれます。

「ううん……」

「っと、秋穂が起きちゃいそうだ」

「私がお部屋に連れて行くわ。沙紗ちゃんも学校行ってらっしゃい」

 沙紗ちゃんの膝の上の秋穂を抱きかかえると、プレイルームの出口へと向かう。そんな私の背中に、

「うん、行ってきます、シスター」

 と、いつもの調子の声が聞こえてきます。その声色に安堵を覚えながら、秋穂の部屋へと向かいます。


 秋穂の部屋で、秋穂を布団に寝かせてから一息つきます。

 沙紗ちゃんはもう出かけた頃でしょうか。

 さっきの沙紗ちゃんの瞳……あれは初めて出会った時と同じなような気がして……

 本当は……何も変わっていないのかもしれません。彼女は今でもあの時の姿で膝を抱えて座り込んでいて……それはきっと、他の子たちも……

 そんなあの子たちに私が出来る事は、本当は無いのかもしれません。何故なら、皆望んでここにいるわけではありませんから。

 でも……それでも……私は私に出来る事をしようと思います。それが、あの子たちの幸せに繋がっていくのだと信じて。

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