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夏奈子の望んだ結末

 何時からいたのか、もしくは最初からか。狩衣姿の女はじっとこちらを向いたまま佇んでいる。顔は狐の面のせいで分からないが、こちらを警戒しているのは見て取れる。腰には刀……だろうか。その異様な出で立ちを見るに、竹光では無さそうだ。

「ねぇ、教えてよ。どうして母は殺されなくてはいけなかったの?」

 狩衣の女は、夏奈子の更なる問いかけにも微動だにしないどころか返答すらしない。

「どうして母は殺したのに、私の事は殺さなかったの!?」

 夏奈子が叫ぶように問いかける。その瞳からは憎しみの感情しか見えない。

「どうして!ねぇどうして!?答えてよ、嗣!」

「えっ……」

 今、夏奈子は何と言ったのだろうか……

 今、夏奈子は何と呼んだのだろうか……

「嗣って……嗣縁さん?」

 私の間抜けな言葉に反応したわけではないと思うが、狩衣の女がゆっくりとした動作で仮面に手をかけ、外す。そこには……

「嘘……」

 智の叔母であり、夏奈子の養母でもある、大庭嗣縁の顔がそこにあった。

「嗣!」

 途端、夏奈子から感じていた憎しみが莫大に膨れ上がる。いつも明るく笑顔が一番似合っていた可愛らしい顔からは憎しみ以外の感情が消え去り、何時飛び掛かってもおかしくない様子だ。

 そんな夏奈子の憎しみを、嗣縁さんは静かに受け止めている。その表情からは何も感じ取れない。その冷めきった顔は、以前緑星祭で見かけた時の表情豊かな人物とはとても思えなかった。

「あなたの母親は、人を殺めた。だから始末した」

 やがて淡々と。夏奈子の質問にあっさりと答える。

「母が人を?」

「ええ。あなたの母親は竜宮院雄一を殺した」

「でもそれは私を助けるためだ!私が殺されそうになっていたから仕方なくだ!」

「それでも、あなたたちは人に危害を加えてはいけない」

「っ!」

「人ならざる者が人の世を乱す事は許されない」

「それじゃあ私を殺さなかったのは」

「あなたは誰も傷つけなかった。だから始末しなかった」

 淡々と……夏奈子の問いに淡々と。そこには夏奈子に対する憐憫も、悔悟も、愛念すらも、微塵も感じ取れない。

「だったら」

 またしても夏奈子から感じる憎しみが増大する。それは私に向けられたものでは無いにも関わらず、私の中の器になみなみと注ぎ込まれていく。

「今の私なら、嗣は私を殺さなくてはいけない。何故なら!」

 夏奈子が右足を後ろに下げ、姿勢を低くする。

「私は嗣を殺したくて殺したくてもう我慢が出来そうにないから!」

「なら」

 嗣縁さんが腰の刀を抜く。その刀身は、暗い森の中にあっても淡い光を発していた。

「私はあなたを始末する」

 嗣代さんが一切の躊躇無く白刃を構える。

「ちょ、ちょっと!ちょっと待ってよ!」

 たまらず大声を上げる。だってこんなのだめだ。だめに決まっている。

「優菜、邪魔しないで!」

 夏奈子がにべも無く断る。当然か。夏奈子の心情を考えるととても止められそうにも無い。であれば、

「嗣代さんも落ち着いて下さい!こんなの間違ってますよ!」

「間違いなんて何もない。これが私の仕事だから」

 だが、こちらも聞き入れてもらえそうにない。というか、仕事って……前世の世界でも人間以外認めない、それどころか滅ぼそうとしている団体とかもあったが、この世界でも似たような存在があったなんて。

「そんな……もう止められないの?」

 私の懇願するような呟きに、二人はもう反応しようともしない。互いに睨みあい、すぐそこまで来ている終わりを迎え入れようとしている。

 二人を説得するのは絶望的だ。ならば力尽くで止めるしかない。それしか手は無いのだが……

 果たしてそれに意味はあるのだろうか。例え力尽くで止められたとしても、その場限りだ。夏奈子の憎しみが消えない限り、解決にはならない。

 それに私が魔王だという事も明かしてしまう事になる。嗣縁さんは「人ならざる者が人の世を乱す事は許されない」と言っていた。私が魔王の力を使うという事はそれに該当するのではなかろうか。

 勿論私だけなら問題は無い。だが、この体は優菜のものだ。いずれ優菜が戻って来た時に危険が及ぶかもしれない。そう考えるだけで私の体は動かなくなってしまう。

 私は……どうすればいいのか……

「優菜」

 思わず下を向いてしまった優菜を呼ぶ声。夏奈子は嗣縁さんの方を睨みながら、

「智の事、よろしくね」

 その声で気が付く。夏奈子から溢れている憎しみ。その中心にいたのは……

 刹那。

「夏奈子!?嗣縁さん、待っ……」

 二人の体が急速に接近していく。夏奈子は右腕を振りかぶり、嗣縁さんは白刃を突き刺す構えで。

 夏奈子が嗣縁さん目掛けて右腕を振り下ろす。夏奈子の全力の一撃。それは掠っただけで致命傷にもなりうる威力。だがそれは途中で軌道を変え、力を失い……

 白刃が夏奈子を貫く。

「え……?」

 嗣縁さんの呆気に取られたような呟き。

 二人の体がぶつかり合う。刀を握ったままの嗣縁さんの背に夏奈子の両腕が回る。

 そう……夏奈子は最初から、こうなる事を望んでいたんだ……


 夏奈子の体が傾いたかと思うと、そのまま後ろに倒れこむ。

「夏奈子!」

 その様子を見て漸く体が動いてくれた。夏奈子の体が地面に落ちる寸前で、何とか受け止める。

「ど、どうして……?」

 そう呟いたまま立ち尽くす嗣縁さんからは、先程までの冷徹さは消えていた。唯々、何が起こったのか理解できずに狼狽えている。その手に握られたままの白刃は夏奈子の血で染まっており、その雫が地面を紅に染め上げていく。

「どうしてもなにも!夏奈子は最初からこうするつもりだったんですよ!」

 たまらず叫ぶ。私も夏奈子の真意に気が付いた時には手遅れだったのに、分かった風な口調で。

「それって……私に殺されるつもりだったって事……?」

 嗣縁さんの手から紅く染まった白刃が滑り落ちる。

「どうして……そんな事を……?」

「どうしてって!」

 尚も理解できていない嗣縁さんに、理不尽な怒りを感じながら叫ぶ私の手に重なる温もり。

「優菜、いいよ。私が、話すから」

「夏奈子!」

 良かった、生きてた。けど、貫かれた傷口からは今も鮮血が流れ続けている。手当をしないと、でもどうやって……私の魔王としての力の方向性は破壊だ。傷を癒す使い方には向いていない。けど、しないよりはましだと夏奈子の胸の傷に手を添え、力を込める。

「嗣、私はね、嗣が、好き」

 夏奈子は言葉に詰まりながらも、自分の想いを話していく。

「智が、好き。優菜も、好き。魅由も、好き。あの村の、人たちは、いうほど、好きじゃ、ないかも。でも、莉里と和子は、好き」

 そこで一度咳き込む。鮮血が口から零れ落ち、私の体を濡らす。

「だけど、だめだった。みんなの事、好き、なのに、憎かった。憎いって気持ちが、止まらなかった」

 それは今も尚、夏奈子から感じられる。これ程の憎しみを抱えてしまって夏奈子は……

「苦しかった。辛かった。それ以上に、嫌だった」

 だから夏奈子は……

「だから、嗣に、止めて、もらお、うと、思っ、て」

 夏奈子の声が次第に弱々しく、たどたどしくなっていく。

 消える……夏奈子の命の炎が、消えていく……

「だか、ら、ごめん、ね、つぐ。いまま、で、あり、がと」

 一瞬、苦しそうに顔を歪め、けど最後は無理矢理の笑顔を作って。

「……夏奈子?」

 そうして、静かに眠るように。

 夏奈子は息を引き取った。




 安らかな夏奈子の顔に紅が落ちる。それは、私の唇から滴り落ちる鮮血だった。どうやら気付かぬうちに唇を強く嚙み過ぎていたらしい。

 どうしてそんな事をしてしまったのだろう。夏奈子の表情が眠っているかのように安らかだったからかもしれない。

 私は夏奈子の唇に唇を重ねた。

 眠り姫が眠りから覚めますように、と。

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