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お願いだから、魔王(さま)って呼ばないで!  作者: 小鳥遊瑠歌
七.五章
72/110

後日談<prequel>

 魔族と人間が戦いを初めて幾星霜。圧倒的な力を持つ魔族に対して、人間は物量と技術力で対抗した。戦況は一進一退を繰り返し、混沌を極めていた。

 そして、私の領地は係争地の近くだった。故に、人間達は幾度となく攻め入ってきた。

 私はそれらを悉く返り討ちにした。ただの一度も負ける事は無かった。何故不敗を貫けているのか。理由は簡単だ。

 私は強過ぎた。

 いや、強いとかそういう次元ではない。何物にも私を傷つける事は出来ない。誰であろうと私の力の前では抗う事は出来ない。

 そう……今、私の目の前にいる者達のように。


「下らん」

 私の溜息のような呟きが謁見の間に静かに響き渡る。それだけで、この広間に集まった有象無象が糸の切れた操り人形のようにばたばたと倒れていく。

「なっ!?ば、馬鹿なっ!?」

 有象無象のリーダーらしき人間から、驚愕の叫びが漏れる。だが、驚いているのは私とて同じだ。

 この者達は、その程度の力量で、私に挑んできたのか。

 その思い上がりは、私の一言で脆くも崩れ去る。唯一、倒れずに済んだリーダーらしき人間も、剣を杖代わりにして全身を震わせている。やがて……

「まさか、これ程までとは……魔王……恐るべし……」

 ありきたりな台詞を言い残し、膝から崩れ落ちる。漸く、謁見の間に静寂が戻る。

「はぁ、全く……」

 その静寂を破り、またも溜息をつく。

「誰がここを片付けると思っているのやら……」

 魔族と人間の戦争が底無しに泥沼化していく中、不敗を誇る私は、何時しか魔王と呼ばれるようになっていた。


 私はこの争いに全く興味が無かった。魔族が勝とうが、人間が勝とうが、私にはどうでもいい。

 いや、この争いだけではない。その他の事にも私は無関心だった。魔族がどうとか、誰がどこの領主だとか、どうぞ勝手にすればいい、と。

 だが、領地に攻めてくる者には容赦しなかった。圧倒的な力を持つ私の前に、いくつもの命が散っていった。


 ある時、隣の領地を治める魔族が倒されたという話が舞い込んできた。

 その魔族は武闘派で知られており、人間との戦争にも積極的に参戦し、幾つもの武勲を上げていた。

 そんな強者が倒された。しかも、相手はたった一人の人間だという。

 この勝利で、人間側は活気付き、魔族側はその存在を恐れた。

 勇者の登場である。

 これまでも、戦争で活躍したものは勇者や英雄などと呼ばれてはいたが、人間が一人で魔族を倒したなどという話は聞いた事が無かった。

 何事にも無関心である私も、流石に気になった。今回現れた勇者とは一体何者なのだろうかと。

 噂によると、勇者は一人で魔王城へ向かってきているらしい。

 何時もなら、相手が魔王城まで辿り着くのを待つのだが、今回ばかりは早く見てみたいという気持ちが勝った。

 勇者は、魔王城の麓にある花園にいた。その姿を目にして、私は震え上がった。

 長く伸ばし切った髪は青白く発光しており、鬱蒼と垂れ下がった前髪の隙間から覗く光は一つのみ。身に纏う服はずたずたに引き裂かれており、既に服としての機能を果たしていない。そのぼろ布の隙間から見える肌には無数の傷があり、そこから絶え間なく膿が流れ出している。傷の治りの速さからして、勇者の体は相当な自己修復力を持っているのだろう。だが、それを上回るほどの猛毒が勇者の体から垂れ流れており、治りかけの傷口を猛毒が蝕む。結果、傷は永遠に塞がる事無く、何時までも膿み続けている。

 あんなものが勇者であるわけがない。当然、そのような人間がいる筈もない。あれは創られた生命……いや、生物というには余りにも出来が悪すぎる……あれは……魔族を倒すためだけに創られた兵器だ。

 人間は、遂にあのような化け物を創り出してしまった。


 だが……私を震え上がらせたのは、その事ではなかった。

 私を震え上がらせたもの……それは、勇者の在り方だった。

 この者は……魔族を倒すためだけにこのような悍ましい怪物にされたというのに……それでも前を向き、進んでいる。

 とても見られたものではない姿で、それでも休む事無く、片足を引き摺りながら我が城を目指している。その一途ともいえる真っ直ぐな姿を見て、私は……


生まれて初めて、美しいと思った。




「ここは……」

 目の前に広がるのは子ども部屋……高遠双葉の部屋だと直ぐに気が付く。

 そして、先程まで見ていたのは私の過去……前世の記憶だ。

 あの後、私と勇者は戦い、そしてこの世界へ転生した。

 欠けていた記憶の欠片が埋まっていく。そのきっかけをくれたのは……

「あ、ようやく戻って来たんだね」

 ベッドに腰かけている小さな女の子の面影に覚えがある。きっと、この子も大きくなれば、彼女たちと瓜二つに成長するのだろう。

「高遠……双葉……」

 名前を呼ばれた少女は、まるで今までずっと眠っていたのが噓であるかのような明るい声で言った。

「ぴんぽーん、大正解っ。よくできましたー」

 ベッドから飛び跳ねるように立ち上がった少女が、私の頭を撫でようと手を伸ばす。が、少女の身長では到底届かない。

「むぐーっ!ちょ、ちょっとはしゃがんでよっ!」

 目いっぱい背伸びをする少女に苦笑しながら、目線を合わせられるくらいまで腰を下ろす。

「うんうんっ、よしよしっ」

 漸く私の頭を撫でる事が出来てご満悦な様子である。


「それでここは?一葉さんたちは?」

 漸く頭なでなでから解放され、辺りを見渡しながら双葉に問いかける。

「ここはねー、私の記憶の中かなー。お姉ちゃんたちには、一足先に現実に戻ってもらったんだ」

「双葉さんの記憶の中……」

「うん、そうだよっ。あ、あと、私の事は双葉ちゃんでお願いね」

「え、何で?」

 急に呼び方指名、しかもちゃん呼びとか。

「だって、今は双葉が二人いるでしょ?だから区別がつくようにね」

「ああ、なるほど……」

 まぁ、その方がややこしくないか。なんて思っていると、

「私はあなたの事、優希ちゃんて呼ぶね」

「いや、それはちょっと……」

「即座に拒否られた!?」

 何だろう、凄くテンション高めで、私の知っている双葉とはかけ離れ過ぎている。一葉も性格が全然違うって言っていたけど、これ程までとは……

「えー、何で何でー、何でよー?」

「えっと、優希って名前は呼ばれ慣れていないし……出来れば優菜って呼んでほしいかなって」

「えーっと、それじゃあ優菜ちゃん?」

「うん、それで」

「オッケー!よろしくね、優菜ちゃん!」

 そうして少し激しめのシェイクハンド。しかも長い。

「あ、あの、双葉……ちゃん、一つ聞いてもいい?」

 仕方が無いので、途中で話を切り出す。

「うーん、何だかぎこちないけどいっかー。で、なになに?」

「……双葉、ちゃんは、何が起きていたのか、全部知っていたんですね」

 と、シェイクハンドが終わり、私の右手も漸く解放される。

「うん。だって体が動かないだけだからねー」

 意識が戻らず、ずっと寝たきりの人が、実は意識があり、周りの話声とかも聞こえていたという話を聞いたことがある。双葉ちゃんが自分の記憶の中に私を呼んだり、名前を知っていたのは、そういう事なのだろうと思っていたが……

「それなら、どうして一葉さんは呼ばなかったの?」

 私を自分の記憶の中に呼ぶくらいなら、一葉さんも呼べばよかったのにと思ってしまう。きっと、お互い、話したい事とか沢山あるだろうに。

「……そりゃ、私もお姉ちゃんと話したかったよ。けど……」

 双葉ちゃんが視線を落として、寂しそうに笑う。

「折角、双葉と上手く行きかけたのに、私が出ていったら困るんじゃないかなってね」

「それは……」

 そうかもしれないけど……

「それにね、双葉が目覚めるという事は、この状態ももうすぐ終わるって事だから。だからその前に、優菜ちゃんにお礼を言いたかったの」

「えっ、お礼?」

「うんっ。優菜ちゃん。お姉ちゃんと、新しい妹を救ってくれて、ありがとう」

 うっすらと涙を浮かべながらも少女が笑う。その言葉に、表情に……

「あれっ……な、何で……」

 私の頬に冷たい筋が伝う……どうして、今までこんな事……無かったのに……

「あははっ、私の感謝の気持ちが伝わって良かった」

 そう言って笑う双葉ちゃんの頬にも一筋。それが徐々にぼやけていく。いや、双葉ちゃんの姿も、この子ども部屋も、白の中に消えようとしている。

「あーあ、もうここまでかぁ……」

 まるで帰宅を促す音楽を聞いて、もう少し遊びたかった子どものように、双葉ちゃんが残念がる。

「双葉ちゃん、また会えるよね!?」

 私も消えゆく双葉ちゃんと少しでも長くいられるようにと声を掛ける。

「うん!今度は実際に会おうね!」

「実際に!?」

「うん!私は何時か目覚めるから!だから!」

「分かった!今度は実際に会おう!」

 もう双葉ちゃんの姿は見えない。子ども部屋も白に吞み込まれていく。

「……優菜ちゃん、もし何か困った事が起こって、もうどうしようも無くなったら……」

 白紙化した世界に、双葉ちゃんの声だけが微かに聞こえてくる。

「私を頼って……絶対だからね……」

 僅かに響いてくる木霊を最後に、私の意識も白に吞まれていった。




「ふぅ……」

 ユニットバスを出て、ベッドに腰かけると、ようやく一息つけた気持ちになれた。

 あの後、現実に戻ると、一葉と双葉が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。私の寄り道は時間にしては短かったようだが、それでも目を覚まさない私を心配してくれていた。

 庭先で魅由と夏奈子と合流し門の外に出ると、何故か沙紗、咲恋、燈火の三人が疲れ切った表情で佇んでいた。

 一葉は、みんなを改めてお屋敷に招待しようとしたが、あんな事があったばかりだし、二人で話したい事もあるだろうと丁重にお断りをした。こういう時、沙紗だけは空気を読めずにお呼ばれされたいとか言い出すのかと思ったが、そんな事は無かった。寧ろ、あの場から一刻も早く離れたいようにも見えたのは気のせいだろうか。

 結局、現地解散となり、私は魅由と一緒に寮へと戻った。今朝の様子では夏奈子も付いてくるのかと思ったが、帰ると一言告げて去っていった。今頃は帰宅し、智と一緒にご飯を食べている頃だろうか。


 と、スマホに着信が入る。メッセージアプリに送られてきたスタンプを見て、つい笑みが零れる。

 スマホをテーブルに置いて、ベランダに出る。魅由は既に待っていた。

「こんばんは、優菜ちゃん」

「こんばんは、魅由」

 そういえば、私自身が魅由とベランダ越しに話すのは、今回が初めてだ。そう思うと、柄にもなく緊張してしまう。

「お疲れのところ、ごめんなさい。でも、どうしても聞いておきたくて……」

 私のそんな緊張には気づかない様子で、魅由が話し出す。

「聞いておきたい事?」

「はい。あの……結局、今日のあの出来事は何だったのでしょう?」

「あー」

 今日の出来事……かぁ。これは何とも説明しにくい。勿論私は何が起きたのかは知っている。けど、それを話しても信じてもらえるのかどうか。どう言えばいいのか悩んでいると、

「……ごめんなさい。優菜ちゃんにもよく分からないですよね」

 私の沈黙を見かねて、魅由が助け舟を出してくれる。まぁでも、私も分からないって事にした方が、いいのかもしれない。

「う、うん。元々は一葉さんからの電話が事の発端だし……」

「そうでしたね。一葉先輩も優菜ちゃんにとても感謝していましたし、問題を解決できたのなら……でも……」

 魅由が校舎の方に目を向ける。いつもは幾つかの明かりが灯っているのだが、今日はそれが見られない。一般生徒の校舎への立ち入りは明日からだし、当然と言えば当然だけど。

「でも……あの時は夢の中にいるような感じで……何だか、怖かったです……」

「魅由……」

 よく見ると、魅由の手は震えている。こういう時、優菜ならきっと……

「……優菜ちゃん?」

「あ、いや、えーっと」

 急にこちらに顔を向けられて、思わず伸ばした手で頬を搔く。何とも決まらない……というか、私の意気地無し……

「ふふっ、可笑しな優菜ちゃん」

「あ、あははは……」

 不思議そうに、でも少しだけ笑顔を見せてくれて、少しは気を紛らわせる事が出来たようで安堵する。まぁ、優菜みたいにスマートには出来なかったけど。

「あ、そういえば優菜ちゃん」

「ん?」

「おかしいと言えば、今日の夏奈子も少しおかしかったですよね」

「えっ、そうだった?」

「はい。あれは恐らく……優菜ちゃんがお屋敷の中に入っていった後くらいでしょうか」

 魅由が当時の事を思い返すかのように左上に目線を向ける。

「それからの夏奈子は、何だかいつもと違う感じで……」

「いつもと違うってどんな風に?」

「そうですね……凄く落ち着きがあって……いつもの明るい夏奈子らしくないような……」

「夏奈子が落ち着いている……か……」

 どうだっただろう。高遠家の前で解散した時も、特に夏奈子とは話さなかったし……別れ際も静かだったのは、夏奈子と沙紗が大人しかったからかもしれない。

「うーん、夏奈子も流石に疲れちゃったとか?」

「あの夏奈子が……ですか?」

「う……」

 適当に理由を述べてはみたが、魅由に一蹴される。

「う、うーん、他に考えられるのは……」

「……でも、沙紗先輩も大人しかったですし、そういう事もあるのかもしれませんね」

 またしても魅由が助け舟を出してくれる。というか、こんな調子で優菜の代わりが務まるのだろうか……何とも不安だ。

「あら?優菜ちゃんのスマホ鳴ってませんか?」

「えっ、あ、本当だ」

 耳を澄ませると、確かに部屋からスマホの着信音が聞こえてくる。

「それでは、名残惜しいですけど……」

 魅由が優しげな笑顔でこちらを見つめてくる。その顔をいつまでも見ていたいと思いながら、私も精一杯の笑顔を向けて、

「おやすみなさい、魅由」

「はい。おやすみなさい、優菜ちゃん」


 窓を開けると、微かに聞こえていた着信音が耳に飛び込んでくる。魅由はよくあんな僅かな音に気が付けたなと感心しながら、スマホの着信画面を見る。電話は智からだった。

「もしもし?こんばんは、智」

『ああ、優ちゃん、こんばんは……よかった、出てくれて』

 耳に飛び込んできたのは安堵の声。

「うん、それは出るけど……何かあったの?」

『あ、ああ、いや……その……優ちゃんの声が聞きたくなって……もしかして駄目だった?』

「ううん、そんな事無いけど……」

『そ、そうか。それは良かった……』

 何だか智の様子もおかしいような気がする。安心したり、焦ったり、不安になったりで、どうにも情緒が不安定だ。

『あ、あーっと。そういえば夏奈ちゃんはもう寝ちゃったかね?全く、あの家出娘ときたら……』

「え?夏奈子ならそっちに帰ったけど?」

 高遠家前で別れたのが昼過ぎだから、とっくに自宅に着いている筈だけど……だが、次の智の言葉は、私の安易な考えを簡単に打ち砕いた。

『……まだ戻ってきてない……優ちゃん、どうしよう……』

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