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高遠一葉

 全てを失った時から一つ季節が過ぎ……久しぶりに戻ってきた我が家は、あの時から全く変わらずに存在していた。

 整備された庭園、清掃の行き届いたお屋敷内、そして、黙々と働き続ける使用人たち。

 その風景は、当時、幼かった私にも異様に見えた。

 未成年後継人は、私の退院と共に双葉も退院させた。双葉の私室に運び込み、使用人の何人かに世話をするようにと言伝た。

 私の身の回りの世話は、使用人長が務める事となった。

「おはようございます、お嬢様」

 思えば、使用人長である彼女だけは、いつも話しかけてくれた。勿論、他の使用人たちもこちらから声をかければ返事をしてくれる。けど、なんだか人間と話している感じがしなくて、幼心ながら、使用人長にだけ話しかけるようにしていた。

 そういえば昔、お母様にその事を話した事がある。お母さまは困ったような表情を見せながらも、私が十歳になったら教えてあげると言っていた。

 折しも、私は十歳になっていた。だが、本来なら教えてくれる筈のお母様はもういない。

 ならばと、お母様の工房を調べてみようと思った。お母様の工房は、庭園の外れにひっそりと建てられていた。

 ここは、お父様でさえも立ち入り禁止で、私も興味はあったが、何だか不気味で、幽霊でも出るのではないかと思って避けていた。

 使用人長と共に工房へと動かない足を踏み入れる。ここの管理は、使用人長が行っている。工房内の説明を受けながら端から探索していく。

 その日は結局、何も見つけられずに探索を終えた。そして、それは翌日も、その次の日も、変わる事は無かった。


 ある夜。

 不意に目を覚ました私は一人だった。

 いつもなら傍に使用人長が控えているのだが、鈴を鳴らしても一向に現れる気配が無い。

 ベッドの横の車椅子に何とか乗り移り、廊下に出る。使用人長はどこに行ったのだろうか。

 ふと、窓辺に動くものを見つける。使用人長が、何人かの使用人を連れ添って、お母様の工房の方へと向かっている。

 何をしているのか気になったが、この足では追いかける事すらできない。仕方なくそのまま庭園を見ていると、使用人長が戻ってくる。何人かの使用人を連れているのは同じだが、よく見ると工房へ向かったのとは別の使用人たちだった。

 使用人たちは散り散りに庭園から離れていく。ふと、使用人長がこちらを見た。

 私は何だか、悪戯を咎められたような気分になり、急いで自室へ戻る。ベッドに戻らなければ……焦っていた私は、ベッドへの乗り移りに失敗して、床に転がってしまう。上半身だけで何とかベッドに上ろうとして、その体が浮かび上がる。

 そのままベッドへと優しく乗せられる。使用人長の少しだけ寂しげな表情が私の目に飛び込んでくる。

 その顔に、えも言われぬ罪悪感を覚えながらも、先程の事を尋ねてみる。使用人長は瞳を閉じて、明日、全てをお話いたします、と告げた。


 翌日、工房の隠されていた地下室にて。

 お母様が錬金術師だったという事を知る。

 何でも、高遠家は代々、錬金術の研究を行ってきた。その成果が、ホムンクルスと呼ばれる人造人間、つまり、この使用人たちという事だ。

 とても信じられる話ではないが、今目の前に広がっている景色が本当だと物語っている。

 地下室にはいくつもの巨大なシリンダーが設置されていて、中には培養液と使用人たちが収められていた。

 使用人長が言うには、元々ホムンクルスはこのシリンダーの中でしか生きられないらしい。だが、高遠家の錬金術師たちは外でも生きていられるホムンクルスの生成に成功した。それでも、外での活動はホムンクルスにとっては負担が大きいらしく、定期的にシリンダー内に戻り、回復をしないといけない。使用人長はその管理を任されていた。

 そして、この使用人長は、お母様が造り上げた最新型らしく、シリンダーの外でも問題なく活動できる。

 何でも、最新のバイオ技術を取り入れて作られたという事だ。そういえば、お父様は遺伝子工学の研究者で、とある研究施設に勤めていた。ふと、その施設は、あの事故の頃に取り潰されたと聞いたのを思い出す。

 更には、高遠家の人間には、人には無い特別な力がある事も話してくれた。その力は、私と、双子の妹の双葉にも存在した。

 私の力は加速、そして、双葉の力は減速。私たち双子は、物質や事象に対して加減速、時の流れを変える事が出来る。とは言っても、それほど急激な変化を起こせるわけではない。精々、水を沸騰させるのを少しだけ早めたり、氷が溶けるのを少しだけ遅らせられたりと、その程度だ。


 全てを知った私は、お母様の、そしてお父様の研究をも引き継ぐ決心をする。

 使用人長の協力もあり、私はめきめきと知識を、力を付けていった。


 ある日、ホムンクルスの記憶の引継ぎに立ち会った。

 本来シリンダーの中でしか生きられないホムンクルスたちにとって、外に出るという事はそれだけで負担となる。定期的にシリンダー内で回復しているとはいえ、徐々に劣化していくのは避けられない。

 劣化したホムンクルスは破棄されるが、その前に別のホムンクルスに記憶を移される。

 今、管で繋がった二つのシリンダーに、それぞれのホムンクルスが入っている。

 使用人長が機器を操作すると、破棄予定のホムンクルスが入ったシリンダー内の培養液が赤色から黄色へと変わる。やがて、ホムンクルスの体が崩れていき、跡形もなく消え去る。

 もう一方のシリンダーに入っていたホムンクルスには崩れ消え去ったホムンクルスの記憶がしっかりと移されていた。


 中学に上がった頃、屋敷内に異変が起こる。

 庭園の桜がいつまでも咲き続けた。

 原因は、双葉の力だった。

 今も尚、眠り続ける双葉の力が強くなり、周囲に影響を及ぼすようになった。

 だが、これ程までの力は元々無い筈だ。それなのに、こんなにも力が強くなったのは、双葉が眠り続けているからだろう。

 人は、五感の一つが使えなくなると、自らを再組織し、残りの感覚を強化する能力を備えているという。目の見えない人が、足音だけでそれが誰かを察知できるようになったり、匂いの漂ってくる方角を察知できるようになったり。

 双葉の場合、ずっと眠り続ける事により、五感が全て塞がってしまった。結果、減速する力が際立って強化されてしまったのだろう。

 幸い、このお屋敷は結界に囲まれている。高遠家の秘伝を外に漏らさないように張り巡らされた結界。そのお陰か、双葉の力の影響は高遠家の敷地内だけで済んでいた。

 だが、この結界もいつまで持つかは分からない。早く、何とかしないと……私はより一層、研究に尽力した。


 星ノ杜学院に入学できた事は、私にとって幸運以外の何物でもなかった。

 中学時代に遺伝子工学者として、ある程度の実績を残せていた私は、入学と共にラボを設立した。

 学院からの援助もあり、最新の機器で研究ができる。そのお陰か、その年の夏、私はついに一体のホムンクルスを造り上げる。

 双葉の遺伝子情報から造り上げたそれは、正に双葉と瓜二つの姿をしていた。

 そう……瞳の色合いを除いては。

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