仕事帰り
ある人に聞いた実話を元に再構成し、若干脚色しました。
怖がりな方はお読みにならないように。
俺は今でも忘れない。
生涯で一番の恐怖体験。
何であんなことになったのかと、未だに不思議でならない。
俺はまだ高校生。
大工の親父の手伝いを休みの日にしていた。
親父は後を継いで欲しいらしいのだが、絶対にそれを俺に言わない。
だが酔っ払った時には、お袋には愚痴混じりに話す事があるようだ。
申し訳ないが、俺は手伝いはするが、継ぐつもりはない。
俺は大工ではなく、建築設計士か、宅地建物取引主任者になるつもりだ。
生まれつき、あまり丈夫でない俺は、肉体労働は無理だと思っている。
親父もそれがわかっているから、俺には言わないのだろう。
その日は翌日が雷雨の予報だったので、遠い現場だったが無理をして日没過ぎまで仕事をした。
親父のトラックで一緒に現場に行っている俺は、先に帰る事も出来ず、親父の仕事が終わるのをトラックのそばで待っていた。
夏休み目前だったが、梅雨が明け切っていないためか、まだジトジトした空気で、周囲はまだ暗くはなかった。
「うん?」
俺は何気なく荷台に目を向けた。視界に人影が入った気がした。
「あれ?」
誰かがトラックの荷台で作業してるのか?
俺はそう思い、さして気に留めずに親父を待った。
やがて親父達は雷雨対策を終え、トラックのところに来た。
「待たせたな。帰るか」
「ああ」
俺達は現場を離れ、帰路に着いた。
国道までの林道は1人ではとてもじゃないが通りたくない。
外灯もなく、対向車もまず来ない。
昼間でも鬱蒼と茂った木々のせいで、光があまり射さない。
道は普通車がやっとすれ違えるくらいの幅で、トラック同士だとどちらかが下がって広くなっているところで何とかやり過ごすしかない。
「相変わらず、ここは嫌な道だなァ」
俺が独り言のように言った。すると親父はニヤッとして、
「何だ、お前、怖いのか?」
「ち、違うよ。気味が悪いって事だよ!」
「ハハハ、同じだよ」
「けっ」
俺達はそんなたわいもない事を言い合いながら、林道を進んだ。
「おい」
「えっ?」
親父がルームミラーを見て言った。
「荷台に誰か乗ってないか?」
「まさか」
「いや、確かに誰かいるよ」
親父はそう言うとやっと辿り着いた国道の路肩にトラックを停めた。
「ちょっと見て来てくれ」
「ああ」
俺は、面倒臭いな、と思いながらトラックを降りて、荷台を覗いた。
「誰もいねえよ。見間違いだろ?」
「ホントか? よく見ろよ。泥棒かも知れねえぞ。陰に隠れていないか?」
「自分で見てみろよ。誰もいねえよ」
俺は苛ついて言い返した。親父は運転席から降りて、荷台に上がった。
「おかしいな。確かにさっき誰かいたんだが。気のせいだったのかな」
親父はどうしても見間違いだと認めたくないらしい。俺は、さっきの仕返しと思い、
「親父こそ、怖いんじゃないの?」
「バカヤロウ」
親父はムッとして運転席に戻った。俺は笑いを噛み殺して助手席に戻った。
トラックは何事もなく家に着いた。
「おい、車入れ替えるぞ」
「ああ」
親父は自分の家の敷地内では、よく俺を運転手として使う。免許がなくても問題ないからだ。
駐車場に止まっている乗用車を出し、トラックをバックで奥に入れる。続いて俺が乗用車をその前にバックで入れる。
それはいつもの作業だった。
「先に行くぞ」
親父はトラックから降り、玄関に歩き出した。
「おう」
俺は乗用車に乗り込みながら返事をした。そして、駐車場に入れるために後ろを見た。
その時だった。
「うわああああっ!」
俺は絶叫した。
運転席と助手席の間から、髪の長い女が顔を出していたのだ。
しかもその女は顔と首と肩までしか身体がなかった。
俺は逃げた。
どこをどうやって逃げたのかわからなかったが、気がつくと玄関の中でへたり込んでいた。
「どうした?」
洗面所で顔を洗っていた親父が尋ねた。俺はやっと呼吸を整え、
「女、女が車の中・・・」
「はァ? 何言ってるんだよ?」
「と、とにかく来てくれ」
親父はさっぱりわからないという顔で俺について来た。
しかし、車の中には誰もいなかった。
「何だよ、今度はお前が見間違いか?」
「ち、違うって!」
見間違いなんかじゃない。あれは紛れもなく女。しかも、絶対生きてる女じゃない!
「取り敢えず、車入れないとな」
親父は固まったように動けなくなっている俺に呆れて、自分で乗用車を駐車場に入れた。
結局、その女はそれきり現れなかった。
俺は自分の視覚に自信がなくなった。
あっ!
確か、現場でも誰か荷台に・・・。
で、親父が帰り道で荷台に誰かいるって言って・・・。
違う。
見間違いじゃない。
ついて来たんだ。
やばい。
絶対やばいよ!
俺は夕食の時も後ろが気になり、トイレの時も振り返ってばかりいた。
風呂の時は、頭を洗う時、目を瞑るのが怖くて、シャンプーが目にしみた。
しかし、女は現れなかった。
見間違い? いや、それはあり得ない。
親父が見たのも多分あの女だ。
俺は恐怖のあまり、頭がおかしくなりそうだった。
1人になるのが怖い。
こんな感覚は、小学生の時以来だ。
深夜、俺は自分の部屋に戻り、布団を敷き、明かりを点けたまま寝た。
どれほどの時間が過ぎたのだろうか?
俺は何かが近くにいる気配を感じ、反射的に目を開けてしまった。
「!」
枕元に、肩から下がない女がいた。俺は驚愕のあまり、そのまま気を失った。
その事は親にも話せなかった。
絶対に信じてもらえないと思ったからだ。
女はそれから一週間、毎晩出た。
死ぬ程怖かったが、女は只覗いているだけで、何をするわけでもなかったので、俺は何とか堪えた。
そしてある夜から、その女は出なくなった。
何故なのかはわからない。
そして何故あの女がついて来てしまったのかもわからない。
皆も気をつけてくれ。
今後ろにその女がいるかも知れないから・・・。