娘は大好きな婚約者である皇太子から「好きな者の代わりに生贄になって死んでくれ」と頼まれました
クローディアはジャルカの歩み去る様子を見ていた。
そうなんだ。やはり母は私の命を救うために、ジャルカに黙って生贄になったんだ。私の為に。
クローディアはやるせなかった。
クローデイアは少し早いが、王宮に行き王妃教育を受けようと思った。今日など本当は行きたくなかったが、休むとまた何を言われるか判ったものではなかった。
憔悴しきって歩くクローディアは中庭で皇太子のアーサーに捕まった。
いつも優しい、アーサーの顔が今日は硬かった。
「クローディア」
アーサーはその美しい顔を苦悩に満ちた顔でクローディアの名を呼んだ。
これは良くない事だとクローディアは悟った。
「単刀直入に言おう。アデラの代わりに生贄になってくれ」
目をそらしてアーサーはクローディアに頼んだ。
「・・・・」
クローディアは絶句した。
今までアーサーの事がずうーっと好きだった。物心ついた時からずうーっと。
クローディア・ブリエントは物心ついた時から皇太子の婚約者だった。
皇太子は今は18歳となり長身で引き締まった体つきをしていた。剣を取れば王国内では5本の指に入る腕前だった。しかし、顔は剣を握っていない時は温和で、その容姿の美しさは近隣諸国までに及んでいた。そんな彼は普段は気さくでクローディアにもよく声をかけてくれていた。そんな優しいアーサーの事がクローディアは本当に好きだった。
そのアーサーのためにと苦手な魔術も陰険魔導師ジャルカの嫌味にもめげずに、ずうーっと厳しい訓練にも耐えてきた。苦手な礼儀作法教育もなんとか頑張って来た。それもこれもアーサーに振り向いてもらおうと思っていたからだ。
そのアーサーに妹の代わりに生贄になれと頼まれた。
ショックのあまりクローディアは言葉も無かった。
「すまない。クローディア。昨日母からアデラが生贄に決まったと言われた。その時判ったんだ。俺が本当に愛しているのは君の妹のアデラだと」
皇太子の言葉など聞きたくなかった。妹を思う皇太子の言葉など。しかし、そんなクローディアの心とは関係なしにアーサーは思いつめて話した。
「君には悪いと思っている。本来君は私の婚約者で君以外のものに好意を寄せるなど許されることではない」
苦悩に満ちた声でアーサーは言った。
(なら言わないでよ)
心のなかで思わずクローディアは叫んでいた。
(私、ずうーっとあなたが好きだった。優しいあなたが。義母や妹に虐げられ、王妃にも蔑まれても何とか耐えられたのはあなたがいたから。婚約者のあなたがいたからなのに、それを今ここで言うの)
心のなかでクローディアは叫んでいた。
「でも、私はアデラを、愛してしまったんだ。アデラが生贄になったと決まったと言われた時に、それが判ってしまったんだ。クローディアすまない。本当にすまない。でも、お願いだ。アデラの代わりに、生贄になってくれ」
アーサーはクローディアに頭を下げた。
終わった。私の人生全て終わったわ。
クローデイアの目の前が真っ暗になった。
今まで唯一の心の拠り所だったアーサーに今振られたのだ。振られるそんな生易しいものではなかった。アーサーははっきりと言ったのだ。死んでくれと。それも妹というか恋敵の為に。
自分の大好きだった皇太子からはっきりと言われた。
皇太子が好きなのは私ではなくて妹のアデラだと。そして、妹の代わりに生贄になり、死んでほしいと。
愛しの人から振られて、死ねと言われるなんて。それも母と同じ生贄として。
「少し考えさせて下さい」
クローディアは辛うじてそう言うと皇太子の前から離れた。
本日もう一話投稿します
