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銀の花  作者: 九藤 朋
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 五日後、信長は供の者も連れず、ふらりと宗久の邸を訪れた。

 透き通るように空気の清澄な、好日の昼のことだった。

 赤と黒に染め抜かれ、金襴が施された着物は先日と同じ。袴は穿かず、着流しだ。そして、茶会に招かれた、ということを無視するがごとく、手には長い素槍を持っている。茶室の見える庭で待っていた静馬は、己と宗久の目論見が、既に信長の知るところとなっているのを察知した。信長は、天性の勘を備えているのだろう。にやにやと笑っている。


「この信長を討たんとする気概ある男。名を聞いておこうか」

「門倉静馬」


 静馬は愛刀の柄に手を掛けてひっそりと答えた。鳥の鳴く声が聴こえる。宗久の丹精した庭には、今は野の萩が可憐に咲いていた。その萩の花の群れの横、信長と静馬は対峙した。

 仕合は、既に始まっている。

 だん、と地を蹴りつけ、静馬が抜刀しざま、一気に間合いを詰めて信長に肉迫する。信長は素早く退いてこれを紙一重でかわし、槍を旋回させて静馬の胴を狙った。浅く、着物の懐が切れる。静馬もまた退いて間合いを取り、今度は高々と跳躍し、上段から信長の頭を狙う。槍がこれを弾く。得物は長さあるほうが有利というのが定石だが、それは得物を巧みに操ってこそである。凡庸な使い手が槍で腕ある剣客と仕合えば剣客が勝つ。だが、信長は槍を我が手のごとく自在に使いこなしていた。退いて、突き、旋回させ、薙ぎ払う。

 静馬のこめかみから汗が伝う。

 戦慄と共に、剣客としての静馬の腹から愉快と感じる思いが湧き出ていた。


 面白い。

 これ程の強者とはそう出逢えない。


 静馬の左腕を槍がかすめ、鮮血が萩を染めた。その、傷の痛みさえ沸騰して喜びに代わるぐらいに、静馬は信長との仕合を悦んでいた。


 一旦、間合いを取って刀を鞘に納める。

 左脚を大きく後ろに置き、右脚を前に踏み締める。


疾風(しっぷう)万来(ばんらい)


 どん、と音が鳴り響くようにそれまでより一段も二段も重みをつけて地を蹴ると、信長の首はもう目の前だった。神速の刃が首を切断するかに見えた。

 だが、信長は咄嗟に大きくのけ反り、槍を振るった。首は薄皮一枚を切っただけだった。

 素早く退いて、静馬は体勢を立て直す。退きを仕損じれば待つのは死である。信長の槍が威勢を増したかのように旋回、乱舞する。同時に静馬は気づいた。信長もまた、この仕合を楽しんでいるのだと。強者同士の戦い。そんな場合でもないのに、笑みがこぼれそうになる。信長の槍が静馬の右脚を斬った。静馬は、信長の胸を薙いだ。その後、両者の得物の刃先がかち合い、澄んだ金属音と共に砕けた。


 それは陽光に煌めく銀の花のようだった。




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― 新着の感想 ―
[一言] こんなかっこいい信長見たこと無い……
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