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銀の花  作者: 九藤 朋
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 それは本当に偶然だった。

 静馬が廊下を歩いていると、どかどかと荒い足音がして、ひょっこり信長が現れたのだ。

 赤と黒に染め抜かれた地に金襴が施してある。胸元は大きくはだけ、鍛え抜かれた肉体が垣間見えた。片腕には女の肩。長い黒髪をまとめもせず流す女はくっきりとした顔立ちの美女であり、尚且つ、気性の強さが窺えた。信長は、静馬を認めるとにやりと笑った。


「宗久めが、面白いのを飼っていると聴いたが、お前か」


 静馬は形式上、跪いた。


「は。恐らくは」


 その物言いが愉快だったのか、信長がくつくつ咽喉の奥で笑い声を発した。


「のう、帰蝶。これは面白いであろう」

「面妖な男じゃ。信長。わたくしはここは好かぬ」

「まあ、そう申すな。あとで良いものを見せてやるゆえ」

「反物か?」

「もっと良いものだ」


 ――――――――帰蝶。


 信長の正室の名だ。

 これが、と静馬は思った。この邸にまで連れてくるあたり、信長の寵愛の深さが知れる。

 信長はそのあともつらつら静馬を不躾に眺めると、ふと呟いた。


「出来るな」

「……」


 剣客は剣客を知る。信長の得手は槍と聴いたが、静馬の剣の腕を、一瞥で見抜いたらしい。静馬もまた、信長の並みならぬ腕をひしひしと感じていた。信長は急に静馬から興味を失せたように、跪く静馬の横をどかどかと足音を立てて通り過ぎた。帰蝶の垂らした長い髪から、芳香がした。


 その晩、宗久に呼ばれた静馬は、ほぼ腹を決めていた。


「門倉様。お願い申します」


 何をとは具体的に告げない。両者、何の話かは察している。また、直截に言うには憚られる内容でもあった。宗久は堪忍出来ないといった様子で静馬に迫る。


「昼間、信長が鉄砲製造の場に乱入しよりました」


 それは宗久の言わば聖域である。そこを踏みにじられたゆえの憤懣なのであろう。信長、と呼び捨てるところからもそれが判る。


「五日後。信長を茶会に招きました」


 暗に何を宗久が意味するかは明らかである。


「邸内が血で汚れるぞ」

「かましません。このままでは、わたくしの魂が泥で汚れます」


 過激な物言いには追い詰められた宗久の胸の内が表われている。


「美夜殿を遠ざけよ。累が及ばぬように」


 静馬のこの言葉は、了承の証だった。




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