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銀の花  作者: 九藤 朋
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 そもそも、信長の登場まで、堺は三好氏を軸に(まつ)永久(ながひさ)(ひで)畠山(はたけやま)高政(たかまさ)らが周辺地域含めて攻防戦を繰り広げていた。言い換えれば堺はそれだけ戦国大名にとって垂涎の的となる土地柄だったのである。交易による富、その富を蓄えて独自の自治を展開する豪商たち、更には優れた鉄砲製造の技術。武将たちは軍資金を含む諸援助を豪商たちに乞い、また、その協力がなければ戦局に至り窮地に陥るほどの状況だった。

 それらの事情を鑑みるに、風雲児・織田信長は堺の豪商、つまり会合衆をあからさまに上から屈服させようとした初めての存在だったかもしれない。信長の存在は堺の町の結束を強めもしたが、自治都市としての機能・尊厳は危機に瀕した。信長は後にも先にもない、天の意向を背に負って立つ特別な大名であるように、現実主義者の商人たちの目にすら映った。

 ゆえに、これらの時勢を読んだ静馬は宗久に、信長に真っ向からは逆らわぬよう助言したのだ。矢銭を拒否することが会合衆の総意であるならば、止む無し。であれば、可能な限り、かの暴君の機嫌をとっておくよう、念押しした。この静馬の言葉を呑んだ宗久は信長に進んで近づき、戦国大名の権力の印となる茶入れの名物を進呈した。


「これで良かったんどすか」


 今井宗久の邸にある四畳半の茶座敷で、茄子(なす)と呼ばれる唐物の茶入れから抹茶を茶杓で一杯半掬い、和物の信楽茶碗に入れた。


「何がだ」


 主と客で成り立つ茶室の中、宗久の問いに静馬が問いを返す。


「わたくしどもにも、矜持というもんがございます」

「先刻、承知」


 宗久が茶をよくかきならし、茶入れを元の位置に戻す。茶杓を茶入れの上に置き、沸いた湯を柄杓にとり茶碗に入れた。茶筅が緩やかに動く音が、静寂の中に響く。


「織田様のご機嫌を、いつまでとらなあきませんのやろ」


 差し出された茶碗を取り、静馬は一口、茶を飲んだ。


「信長は、面妖に世を読む術に長けておる。なまなかなことでは、かの時世は揺るぐまいよ。さりとて、多くの敵を生んでいるのもまた事実」


 宗久が花入れの中、青紫を点す竜胆の花を見遣る。


「その敵に、門倉様はなってくれませんのやろか」

「――――俺に信長を斬れと申すか」

「門倉様。茶道においては、主と客が思いを一つにするんを尊ぶんどす」


 それは遠回しな肯定だった。

 宗久は静馬に、信長暗殺を仄めかしているのだ。危険なことを言う、と思いながら静馬は茶をまた一口飲んだ。大方、静馬が信長暗殺をしくじったところで、宗久は静馬の死を突き放し、静馬がこんな危険人物だったとは、などと涙ながらに芝居を演じてみせるのだろう。名にし負う豪商のしたたかさは並みではない。静馬は信長を回廊の向こうに見たことがある。成程、天下を手中にするだけの気迫がある。何より目が良い。あれは、猛禽の目であったと静馬は思い返した。あの猛禽を、自分が仕留める。それは、剣の道に生きてきた静馬に、覚えず抗い難い誘惑となった。


壱に表紙絵を入れました。

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