壱
麗らかな日和。菓子などを供する店が並び、動物に曲芸をさせる。中には己の刀の切れ味を誇る者も。黒い肌の異国人が火を吹き、集う者に好奇心ゆえの娯楽を与える。
桜の花びらがひとひらふたひらどこからか流れてきた。
時は永禄十一(1568)年。
浪々の身である門倉静馬は肩についた桜に頓着せず、のんびり通りをあちこち見物して歩いていた。世情では尾張の織田信長の威勢、盛んらしいが、静馬には些末な事柄である。彼はただ、己の刀に依って忙しない穢土をのらくら生き抜くことにしていた。事実、静馬にはそれが許されるだけの力量があった。堺の会合衆の一人である、今井宗久とは昵懇の間柄で、静馬は堺に寄れば宗久のもとに滞留した。堺には腕の良い刀工も多い。静馬は宗久の邸に戻ると、己の刀を抜き、しげしげと眺めた。
刀の地肌というものは鍛錬によって木目のような肌合いを生じる。加えて、焼き入れによって生じる模様・刃文には刀工の癖が出る。それは美しい波のようなものであったり、すっきりした真っすぐな線のものであったりした。
静馬の刀は緩やかな春の海のように波打つ刃文で、刀身全体に斑点のような飛び焼きが散っている。色深く鋭利で艶があり、もし刀に男女の別があるのであれば、この刀は女ではないかと静馬は思っていた。入念な手入れをして、また鞘に納める。
宗久の邸には静馬の他にも滞在客がおり、例えば京の公家の姫君などもそれに当たる。今年で十五になる姫君は、なぜ京から逃げて来たのかを、宗久以外には頑なに話そうとしなかった。緑の黒髪の、白い雪のような肌に、珊瑚の唇をした美しい姫君は名を美夜と言って、出会いしなから静馬にまとわりついてきた。美夜の侍女もこれには困りもので、何度もはしたないと忠言したが、美夜は聞き入れようとしなかった。静馬の秀でた容貌ゆえのことかもしれない。静馬は女と見紛う美しい男だった。美夜に劣らぬ黒髪に、白皙の頬。通った鼻筋で目は深い色を湛えて切れ長である。
確実に母親に似たのだが、本人はどちらかと言うと己の容貌を持て余していた。
不満に思うところが些少、ないではないが、静馬はそこそこ快適な暮らしを送っていた。
異変が起きたのは秋。
信長が堺に対して二万貫の矢銭(軍資金)を要求した長月のことだ。
宗久は思案に明け暮れた。いや、宗久ならずとも、他の会合衆もそれは同じことであったろう。信長は脅威だが、結局、会合衆は要求を拒否した。しかし、宗久は信長に秘蔵の茶入れである「松嶋の壺」と「紹鴎茄子」を送り、信長に接近する。これは、静馬の助言を容れてのことでもあった。
「静馬様」
「美夜殿か。如何為された」
「難しいお顔。考え事ですか」
「うむ。少しな。人を、斬らねばならぬやもしれぬ」
美夜が小首を傾げる。この年頃の娘というのは、僅か数月で大人びた顔になる。それでも今の美夜の仕草は幼く、あどけなかった。静馬は苦笑する。
「美夜殿に話すことではなかったな。忘れてくれ」
静馬が斬らねばならぬ相手。
それは即ち織田上総介信長その人だった。