来訪者、異界、サムライガール
御影石の墓標が並ぶ霊園。
そのひとつに手を合わせる青年。
速水遼壱は亡き同僚の墓石に黙祷を捧げる。
ここに眠るは数ヶ月前に事件捜査中に命を落とした先輩刑事が静かに眠りについている。
激しい銃撃戦があり、犯人を追い詰めるも逃走し、その際に重傷を負ってしまった。
それが致命傷となり帰らぬ人に………
その後、犯人も深傷を受けていて隠れ家にて死亡しているのを発見し事件は終わった。
だが結局、犯人の素性は解らず仕舞いだったが。
先輩が息絶える前に遺した言葉を思い出す。
『………シナリオ終盤、魔界境域エリアの敵には神聖装備一式が効果的面だよ。後、エリアボスは厄介な呪詛攻撃を乱発してくるから、呪いの状態異常対策は必須だ、速水くん。万全の準備を………』
最後の言葉が、ゲームの最戦前攻略情報だったことに唖然とした。
残された奥さんと娘さんの心配とかじゃないんかいっ!
おもわず鋭いツッコミを入れてしまったのはしかたないだう。
志乃咲さんは苦笑いを浮かべ家族の安否を気にしながら息を引き取った。
「はぁ………もういろいろと大変だったんすよ。志乃咲さんの後釜にはクソ真面目過ぎる上司が居座るし、志乃咲さんの家族は、あの人らしいわねってポジティブだし」
速水はスーツのポケットからスマートフォンを取り出す。
「それに志乃咲さんの葬儀の後、移動や新しい事件やゴタゴタしていたら、いつの間にかサービス終了してましたよ。『ダークネスセブンズソード』。ビックリしましたよ。しばらくやってる暇がなくて久しぶりに覗いたらサ終してましたから。終わってるんかーいってツッコミしました………はあ………」
苦笑いをしながら溜め息をする速水。
恩師の墓前で何をごちゃごちゃ分けわからん愚痴を垂れてるんだ。
まあ、さすがにメンタル凹んでからゲームなどする気はなかったが。
だが、死の間際までプレイしていたゲームのことを遺言みたいに託された?なので気にはなった。ダークネスセブンズソードを志乃咲に教えたのは自分なのだから。自分もかなりハマったソーシャルゲーム。他の携帯ゲームも数多くやったが、その中でも一番にダントツ燃えたゲームだった。
それが突然のサービス終了。
なんで?と思った。アップデートも頻繁にしていたし、時期ネタの流行りにも乗っかってアニメや他のコンテンツとのコラボも好評だった。
課金者もかなり多かったらしく、このゲームはそれだけ中毒者を続出させ、一時期メディアで取り上げられていたくらいだ。
急なサービス終了に数多くのユーザーたちが嘆いた。
ユーザー人気ランキングも毎回上位であったし、運営の対応サービスも割りかし好評であった。
それが、何故に?
速水はある噂をネットで見つけた。実はダークネスセブンズソードには致命的なバグが存在しており、運営はなんとかそれを改善しようとしたが、無理だったらしく経営を断念した、という。
あくまでも、ネットの書き込みだが信憑性もある噂だ。
事実、人気絶頂、堂々うなぎ登りのこれからだという真っ只中に突然のサービス終了宣言。
問題がないはずなのに問題があった。
公式ではユーザーへの詫びの謝罪文て今後新しいゲーム開発に尽力することを長々と綴っていた。
詳しいことには一切触れていない。
「はあ………………」
また深い溜め息を吐く。
同僚の訃報に大好きだったゲームの終了。ダブルコンボクリーンヒットで速水は参っていた。
慕っていた先輩の死も相当に堪えたが、ハマったゲームのサービス終了も堪えた。結構課金もしていたし、夜通しプレイしてゲットした貴重なレアアイテムもいくつもあった。
一緒に笑い考え、どうしたらクエストクリア出来るか、どんな装備が強いか、このボスはどうやって倒すのか。頭を捻ってあーだこーだとプレイした。仕事は辛かったが楽しかった日々。
失ったものが今更に大きすぎて、心にぽっかりと虚しい穴が空いてしまった。
「帰るか………志乃咲さん、今日はすみません。また今度来ます」
速水はもう一度墓前に手を合わせると足取り重く、その場を後にする。
冷たい石畳を革靴がコツコツと力無く鳴らし歩く。
「………ん?」
前の方に誰かいる。他の墓参りに来た人か。
俯いていた顔を少し上げて見た人物はしかして奇妙だった。
古ぼけたボロボロの浅葱色のくたびれた長衣のローブを全身に纏い、三角形の鍔広の帽子を被っていた。
シワだらけの骨が浮いた年老いた手には装飾が施された黄金色の指輪と腕輪。
そして手に持つは奇怪に捩くれた樹木の長い杖。
さらに肩には紅眼の烏が留まっており、ローブの足元には大型の犬が鎮座している。
それは分かる人には分かるだろう格好。
魔法使い、魔術師。
なんだ?コスプレ?こんな墓場で?
風が吹き、鍔広三角帽子から顔が見えた。
長い白髭を蓄えた高齢の老人。
長い年月を刻むシワ。だが眼光は怜悧で鋭く、もう片側の目は眼帯に覆われている。
「………儂を出し抜いたつもりか。相変わらず小賢しい真似を。ロキの奴め」
嗄れた声で白髭を撫でながら誰ともなく呟く。
「………此度のラグナロク………奴には貸しがある………好きなようにはさせんぞ………駒はすぐに用意出来る故にな」
世の中にはいろいろな人間がいる。良くも悪くも。こういう手合いには関わらないほうがいい。
速水は何か嫌な胸騒ぎを感じながら老人を避けて通り抜けようとした。
が、
目の前の石畳に老人のそばに傅いていた大型犬が行手を塞ぐように座り、こちらをじっと金色の瞳で見つめている。
「うっ!?」
いつの間に!?慌てて背後を見ると老人の足元に大型犬がいてこちらを見ていた。まさか、もう一頭!?それらはハスキー犬にも似ているが、明らかに犬種が違う。いや、そもそも犬なのか?まるで古来からの猟犬のようなこちらを獲物として品定めしているかのような獰猛な眼差しは恐怖という本能を嫌でも呼び覚ます。
動けない。冷や汗が流れた。前も後ろも塞がれている。
一体何なんだ。オレが何をした。
「一体何なんだ。オレが何をした、か?」
老人が嗄れた声を発し速水を見やる。
「!?」
自然が合わさる。
「何もしとらんよ。今は、まだな」
老人が白く長い顎髭を摩る。
「………おい、爺さん。コイツら、あんたのペットか?リードも無しに放し飼いは迷惑防止条例に違反することも――――」
「ニンゲンッ!ニンゲンッ!ガァーッ!」
赤目のカラスが鳴き、飛来する。
「うわっ!」
タタラを踏んで腕を上げて驚く速水。
ガァーガァーとうるさくまとわり付き、喋るカラスに翻弄される速水。
慌てて仰け反り、数歩後ろに退げた脚が空を切った。
「え」
そこは霊園の行き止まりであり、高所の崖になっている。本来なら落下防止の鉄柵があるはずだが、何故か無かった。
いや、有ったには有ったがめちゃくちゃに捻じ曲がって引き千切れられていた。まるで何か猛獣にでも喰い荒らされたように。
老人が特に感慨もない冷酷な眼で空中に投げ出された自分を見ていた。
崖からゆっくりと落ちていく己れを。
「存分に役に立ってもらうぞ。儂のエインヘリヤル」
嗄れた声が聞こえた。
そして世界は暗転した。
「魔導剣壱ノ太刀、閃き」
人の背丈を優に超える緑色の肌のフォレスターオークの巨体が一瞬の間を置くと、左右真っ二つに綺麗に分かたれた。
続け様に丸太のような剛腕から振り抜かれる棍棒を僅かな動作でゆらりと揺らぐ。黒いローブが残像を描いた瞬間、抜身の太刀が一閃し渾身の攻撃をいなされタタラを踏んだフォレスターオークのでっぷりとした巨大な太鼓腹が上半身と下半身に断たれた。
「魔導剣弍ノ太刀、晦まし」
鋭い牙が生えた豚面の醜い緑の顔を憤怒に染め、唸り吼えながら突貫する最後となった異形の魔物。
「命脈はすでに尽き、振るい葬るは無常の剣」
鈍色の緩やかに刃紋を浮かべた反り返る刃が静かに風鳴り宙空を残像が翔け抜ける。
「魔導剣参ノ太刀、塵芥」
贅肉と筋肉で埋まった太い首が胴体と離れ空高く舞った。
開け放たれた森の一角、辺り一面にはおびただしいフォレスターオークの亡骸が所狭しと転がる。
そのどれもが鋭利な刃で見事に断ち斬られ、事切れ息絶えていた。
「今日のフォレスターオークはこれで打ち止めか」
もはやピクリとも動かぬ豚顔の異形の屍が重なる屠殺場に涼やかな凛とした美声が響く。
血濡れた刃先を振るい残滓を払い、腰に帯びた黒塗りの鞘に緩やかに刃こぼれひとつなく妖しく輝く波紋を持つ反りのある刀身を納めると、小気味良い鍔鳴りの音が小さく鳴った。
一陣の風が吹き濡羽色の長い腰まである美しいポニーテールの艶やかな黒髪が靡き、むせ返るような魔物の血臭を何処かへと押し流す。
簡素ながらピッチリとした黒装束のインナースパッツと動き易さを重視した軽装のハーフメイルと黒一色のローブを纏う女。
切れ長の怜悧な黒瞳を細め、ツンと尖った鼻先、桜色の柔らかそうな唇の美しい顔立ちの美女。
軽鎧の胸当を押し上げるかなり大きなふたつの膨らみが、たわわに弾む。
引き締まった細い折れてしまいそうな腰のくびれ。
形が良く、キュッと上がった丸味のある臀部。
見事に整った容姿、男なら思わず何度も振り返ってガン見してしまうくらい美人過ぎる。
年の頃は二十歳前後、17、18ぐらいか。
長い結った黒髪がそよぎ流れ、右眼に無骨な眼帯を施しているのが見えた。魔物によるものか裂傷が縦に走る。
それでもその黒髪の少女はあまりにも美しく、まるで黒曜の豊穣神、もしくは戦さ場の女神を想わせた。
「これだけフォレスターオークの肉があれば街に卸してもしばらく金に困らないだろう。バンダーウルフが嗅ぎつける前にさっさと回収するか」
バンダーウルフは狼型の死体を漁る魔物。強さはフォレスターオークよりも格段に下だが、群れを成して狩りをする。集団で囲われたら面倒な相手だ。
フォレスターオークは森に生息するオークのことであり、今日はこれ以上出てこないが数日すればまた現れるだろう。
魔物はどれもが黒いGのごとく脈絡なく唐突に出現する存在だ。
黒いG自体は「この世界」にはいないが、似たような蟲型の魔物はたくさんいるのだ。それこそビルのように巨大なヤツとか。
少女はスンスンと自身の腕に鼻を寄せて匂いを嗅ぐ。
「……ちょっと臭うな。森の泉で洗っていくか」
まだ陽が高いことを空を仰ぎ確認すると、己れの魔物の血臭が多少移り血生臭くなった身体に眉を寄せる。
帰り際に泉で身体を洗うことにし、散らばるフォレスターオークの肉塊をアイテムボックスに収納していく。
「………この世界、あのゲームに似ているけど、何処か違うんだよな………あのクソったれな神が言った通りなのか…………しかし何処に居るんだ?志乃咲さん………」
眼帯の、生前の世界では速水遼壱という男性だった美女は溜め息を吐くと、深い森の中へと歩いていった。




