天なるもの、おもひ召され
清らかなる水が四角の支柱から流れ広々とした浴槽に注がれる。
水面から豊満な白く映える双乳を覗かせて日々の日課の沐浴を行う美しさの粋を集め添えたような美女。
「聖女様、お召し物で御座います」
側仕えの次女が衣を持つ。
「ありがとう。午前の禊はこれで終いにします」
浴湯から上がる肉体は清らかながら女なら嫉妬に震い暮れ、男なら欲情に哮り狂うだろう豊穣の女神と云わんばかりな官能的なスタイル。
濡れてより輝くハニーブロンドの甘蜜色に煌びやかな髪。周りに控えていた次女たちが、いつものように、ほぅ……と惚けてしまう。同性すら悩まし、しかし凜然とした気高さと正純さを併せ持つ麗しの処女。
聖王国アルケインが誇る稀代の魔法使いにして大いなる神託の巫女その人なり。
聖女アウライディス。
代々アルケイン王家に数百年前より仕える推定年齢600歳以上の魔術師。
先の古代戦争、神魔大戦にて神々の御旗とともに現れ、人類の祖である人王アヴァロンの血を受け継ぐ初代アルケイン王を勝利に導いたという逸話の持ち主。
襲い来る魔物の群れには臆すことなく鬼神のごとく勇しく、民人たちには聖母のように慈しみを与える。
生ける伝説でありこの国のみならず数多の国で、知らぬ者はいない戦さ場の女神なのである。
古より変わらぬ戦場でのその美貌に昔から英傑英雄の名だたる男たちが妻に妃と幾たびに渡り求婚してきたが頷くことは決してなかった。
故に汚れなき鉄血の戦乙女とも呼ばれた。
次女たちがそれぞれタオルで濡れた身体を拭う。
側仕えの女たちに裸身を余すとこなく拭かれながら絶世の美女アウライディスは思う。
数日前に出逢った自分以外の異世界人。
しかも同郷の日本人であった。
嬉しさ懐かしさよりも安堵があった。
これで終われる、と。
とにかく難癖を着けて闘い、適当なとこで殺して貰おうと画策していた。
だが、あのゼレスデウナという異世界人にすべて見抜かれていた。
疲れたのだ。
あまりに長く生き過ぎた。少なくとも自分には耐えがたいほどに。
死んで神と名乗る者に遭遇し、ある条件のもとにこの生前嗜んだゲームによく似た異世界に召喚された。
条件は元の、本来の世界に残した妻と娘の幸せの確約。
そのためならば幾ら神と嘯く者たちの走狗に成り果てようが構わなかった。
「聖女様。お召し物お着替え整いました。御信託の間へ」
考えごとに耽っていつの間にか着替えが終わっていることに気付いた。
長い髪も乾かされ、淡い香木の香りが漂う白い長衣を着らされたアウライディス。
生前の名は志乃咲幸史。警察官警部補だった男。
殺人犯を追い詰めるも重傷を負い死亡したベテラン刑事。後輩のゲーム好きな部下を持つ。不器用な生き様で生き足掻いた半生。
ああ、妻と娘は元気だろうか。不自由してないだろうか。それと速水くんはちゃんとやってるだろうか。私がいなくても大丈夫だろうか。
転移した異世界にて女性に、しかも生前後輩から教えてもらったゲームで、こだわりの作成した理想女性像アバターになっていたとは夢にも思わなかった。
神曰く、来たるべき日に備えよ。
ただそれだけのためになんと長い年月が経ったことか。
厳かな厳粛たる雰囲気。
周りには女性しかいない。ここは城の中でも聖女たる巫女の管轄区域。男人禁制なのだ。奥へと続く回廊を静かに歩む。
辿り着いたのは真っ白な真四角な何もない空虚な部屋。
控えていた次女たちが皆一様に去る。
信託の間。
立ち入りは聖女にしか許されない。
白塗りの床に膝を着き両手を握り合わせて唄うように祈りを捧げるアウライディス。
「敬い申し上げる。天におわす御主。
光り輝く御姿で現れ給う。
祝福を御印を持って拝み奉る。
災い過ぎたれば、其は天の理。
我ら父母の咎に罰を加え給うことなし。
御主のおいでますこと。
楽園にお連れ給うこと導べ」
聖女が祝詞を謳い捧げる。
何もない真っ白な四角い空間に光のオーブが幾つも収束し出す。
ひとつのオーブが輝き、水面に波紋を浮かべるような水色の光を放つと、優しき慈愛の微笑みを称えた翼を持つ女性が現れた。
ひとつのオーブが輝き、新緑に吹く風のような緑色の光を放つと、怜悧な眼差しを備えた翼を持つ痩身の青年が現れた。
ひとつのオーブが輝き、燃え立つ炎のような赤色の光を放つと、獰猛な形相を構えた翼を持つ屈強な男が現れた。
ひとつのオーブが輝き、稲光る雷鳴のような黄金色の光を放つと、無邪気さと残酷さを有した翼を持つ幼い少年が現れた。
四つのオーブから現れた翼を持つ者たち。
黄金色の輝きを放つ少年が言葉を紡いだ。
「我らが選びし聖なる巫女よ。汝に神の信託を授けよう」




