遭遇接近
「…くっ!もうすぐ森を抜けるって時に!盗賊にも魔物にも出会わないから楽な依頼だと思ったのに!!」
車輪が外れて大破した荷馬車が盛大に積荷をばら撒いて横倒しになっている。
横転した荷馬車の裏にはでっぷりしたヒゲの商人風の男が呻きを上げて血だらけで倒れているのを三角帽子を被った魔術士の少女が魔法で治療を施している。
「…シーラちゃん、もう少しだけ時間を稼げる?商人さんが危険。治療もう少しかかりそう…」
三角帽子から覗く水色のボブカットの魔術士の少女は眠たそうなタレ目と同じ眠たそうな口調で、剣を構えてる少女に言う。
「え〜!?ジャスミィの援護魔法がないと、あんまり長くは持ちそうにはないよ〜!盗賊やゴブリンやコボルトならなんとかなるけど、こんな大物は相手したことないよっ!オークのほうがマシだよっ!!」
赤い髪のショートカットの剣士風の少女の剣先が眼前の敵を指し示す。
それは巨大な黒い猪だった。
黒い固そうな剛毛な毛皮に口からは大きな反り返った牙が左右に二本ずつ、瞳は暗く淀み赤い光を帯びている。
魔物化しているのは明らかだった。
その巨大猪が荷馬車から散乱したであろう野菜や果物を、そして潰れて死んだ馬をフゴフゴと貪っている。
ならば今のうちに逃げればいいのでは?と思うだろうがそれを許すほどこの猪の魔物は甘くはない。
淀んだ瞳が常にこちらに視線を向けていることから逃がすつもりは最初から無いらしいことが判る。
そもそも荷馬車を巨体の体当たりで吹き飛ばしたことからその瞬発力と速力からとても逃げ切れるものではない。後ろを向いた瞬間その鋭い牙で串刺しにされるだろう。
それに二人の少女には護衛対象を置いて逃げるなど最初から選択肢には無い。
もちろん自分たちの命も大事だが受けた依頼も同じくらい大事なのだ。依頼の正否で自分たちの冒険者としての資質が問われるのだ。
信用が無ければ冒険者組合の依頼を受けることも頼まれることも無い。そうなったら落ちぶれて最悪盗賊に成り果ててしまうかもしれない。
世界は今、安寧の時代だという。闇の女神からの呪縛から解放されて平和になったと。だが実際には魔物はいるし野盗や山賊もいる。
しかし自分たちには平和など、さほど実感は湧かない。毎日を生きるのに必死なのだ。
少女とて女の身の上、危険は沢山ある。
それでも冒険者には自由があり、夢があり、未来があるのだ。
しかしその自由の代償は大きい。
己の命を天秤にかけるほどに。
目の前の巨大な魔物が、その自由の対価なのだから。
「はあっ!てゃあっ!!」
剣士の少女が剣を振り上げ巨大な猪に斬りかかる。
だが。
ガキィン!と、甲高い金属音が鳴る。
「うあっ!?えっ?うっそ、堅っ!?あ?あーっ!剣にヒビはいってるっ!!どんだけ硬いのコイツ!斬れないよっ!!」
魔物の肉を切り裂くはずだった剣はその黒い表皮の鎧で容易く弾かれ、少女は反動で後ろに退がる。
餌を貪っていた猪の魔物はギロリと己に剣を切りつけた少女を睨みつける。
少女と目が合った、その瞬間、一瞬で間合いが縮まり勢いよく突撃して牙を振り抜いた。
「わあっ!!?」
紙一重で突進を交わした剣士の少女の胸部装甲の軽鎧が魔物の牙で削がれ吹き飛び、少女も風圧で吹き飛んで倒れた。
「シーラちゃん!?」
魔術士の少女が焦って剣士の少女の名を叫ぶ。
「だ、大丈夫だよ、ジャスミィ!うわっ!鎧が半分になってる!あたしの体が半分になるとこだった!?」
ペタペタと半壊した軽鎧を確かめる剣士の少女シーラ。もともと無い胸が危うく無くなるとこだった。
ズザザザと急ブレーキを掛けて止まる猪の魔物。
その勢いを弛ます事なくUターンして、倒れた少女に突っ込んでくる。
「あっ!?ヤバっ!」
「シーラちゃんっ!」
魔術士の少女ジャスミィが咄嗟に魔法の呪文を唱えようとするが間に合いそうに無い。
その鋭利な牙が少女の細く柔らかな体に突き刺さる。
寸前。
牙は少女に届かず、赤と黒の刀身の大太刀が遮ぎり、二本の太い牙を断ち切った。
ズドッッッン、と猪と少女の間に赤と黒の刀身の大太刀が突き刺さり、爆風を巻き上げクレーターを作る。
「うきゃあああ〜っ!!?」
「!!?」
衝撃で少女は後方に吹き飛び、猪は突然降って来た大剣で自身の牙を寸断されて困惑して踏み留まる。
「ふう〜、間一髪ってところかな。間に合って良かった」
上空から白と赤に黒の露出度が高い巫女装束を纏った銀糸の長髪の美女が大太刀の柄元にフワリと舞い降りた。




