小説を出版できた人たち、できなかった人たち
今回のやつは前回からの続きとして早々にアップする予定でしたが、それは取りやめて、ちょっと違うテーマになります。私の友人知人の中で、実際に商業ベースで小説を出版できた人と、できなかった人の話。ただただ「こういう人がいたよ」というだけのお話で、アドバイスとかそういうのじゃないです。
というのも、前回のやつをアップしたあとにちょっと考え直しまして。いくら10年ほど前の昔話だと念押ししたところで、アドバイス的なものだとどうしても、「本当にそれでいいのか?」とか、「それは違うんじゃないか?」といった思いを読み手に抱かせてしまうのではないかと。
悶々とさせたいわけではないし、「そんなのを勧めてお前責任取れるのか」と問い詰められても困ってしまいますし。私は実際に成功した作家でもなければ、現役の編集者でもありませんので。
そういうわけで前回にもご登場いただきました某書籍編集部の先輩編集者氏にはお休みしていただいて、いまなお現役だったり、リタイアしてたり、どこでどうしてるのかわからなかったり、そもそも作家は本業ではなかったといった人たちのお話です。
作家になれた、作家になれなかったという表現をしますが、ここで言う作家とは、商業出版として小説作品を発表できた人を指します。モヤッとした定義ですけども、本業が作家じゃなくても小説を出版できる人もいるということで、ご理解ください。
あとあと、実話ということで
「あの人のことかな?」
「あの人かも?」
「あの人でしょ」
「俺のことじゃねえか!」
「ていうかこひつじ工房って、○○○だろ。今から家に行くからな? あ?」
などといったことにもなると思いますが、そこは内緒がお約束です。
ではまずは、なれなかった人たちから。
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●確固たる小説論、文学論を持っていたライター氏
この方は、私が初めて出会った「本気で文学賞を狙っている書き手」でした。知り合ったのは小さな編集プロダクションで、お互いに出入りのライターという立場だったのですが、彼のほうが仕事のキャリア的に私よりも先輩でしたので、後輩的な立ち位置でよく面倒を見ていただきました。
彼が小説家を目指していると聞かされたときに、私が「僕もロードス島戦記とか好きですよ」と答えたところ、そんなものは小説ではない、と一笑に付されたのが今でもトラウマです。どうやら彼の中では確固たる文学や小説の定義があり、彼が書こうとしているのはそういうものなのだとか。ライターとしてあまり引き合いがなかった彼よりも、遥かに稼ぎが良かった彼女さんに生活を助けてもらいつつ、粘り強く芥川賞に応募し続けていました。
芽が出ない小説家志望の青年と支える彼女、という構図がまさに文学的で美しかったのですが、そのうちにライター業が波に乗り、彼女さんも適齢期をとっくに逸していたということもあり、作家の夢は諦めて専業ライターになりました。ライターで専業ってのも変な言い方ですが。
●俺が考えた世界観とアクションを熱く語る友人氏
SFファンとアニメファンが混ざり始めた頃、というかざっくり30年ほど前に、お互いに菊地秀行の小説が好きだということで知り合った友人氏は、物語を妄想するのが大好きな人でした。やれ昨日はこんな話を思いついただとか、やれ昨日の夢が魔界都市みたいなところが舞台だったというのを話してくれるのですが、「ヒロイック・ファンタジーの夢を見る頻度おかしくねえか……」という気分で辟易していたことをよく覚えています。
付き合いはそこそこ続き、私が編集者になったタイミングで「俺の小説を読んで、よかったらどこかに推薦してくれ」と言われたのですが、武器が木刀だったり極細の糸だったりと、菊地秀行先生インスパイアが凄すぎたので、「いやいや、俺は文芸の編集者じゃないから、コネもないし」と誤魔化して逃げました。
正直、彼ぐらい妄想が得意なら、そのうちそれなりの物語が生まれるんじゃないかと思い込んでいたので、オリジナリティがまったくなかったことは衝撃でした。とはいえ彼から聞かされる話のほとんどが菊地秀行や夢枕獏といった作家の作品で見たことがあるようなものだったので、あれは妄想ではなく、好きなものを組み合わせたり組み替えたりするパズルのたぐいだったのかなとも思います。
●小説家への足がかりに編プロを立ち上げて消息不明氏
彼は中学から大学まで一貫して文芸部で、ミステリー作家志望でした。同じ出版社に出入りするライターとして知り合いましたが、ふとしたきっかけで雑談を交わすようになり、あるときその流れでカバンの中から分厚い紙束を取り出して読ませてくれました。その紙束は、ワープロで書き上げた、彼の小説のプリントアウトでした。
自分で思い出してて感動してますが、ワープロて……。ありましたねえそんなもの……。
私に作品を読ませながらその横で、レトリックがどうのとか、章タイトルの頭をつなげるとヒントになってるんだけどこれは基本でとか、やたらとミステリー界隈の技法や技巧について教えてくれたのですが、残念ながらほとんど覚えられませんでした。その説明を聞いてるときの私の頭の中は、「ミステリーってなんか作者と読者の勝負なんだな、めんどくさいな、負けるの嫌だし」ということで埋め尽くされてしまって。
そんな彼はミステリー好きだからなのか、やたらとロジカルな考え方を得意にしていて、作家になるためにまずはライターになり、編集プロダクションを立ち上げてコネクションを広げ、最終的に作家としてデビューするという道筋を描いていました。
ちなみに編集プロダクションの立ち上げにもいろいろありますが、気合い入れていきなり有限会社でスタートする人もいれば、ライター版トキワ荘みたいな形態でなんとなーく始める人たちもいます。彼は後者のスタイルで、大学時代の文芸サークルの友人をどんどんライターに仕立て上げて仕事を増やしました。
しかし、肝心の彼の仕事がライターとしてはデキが悪く、やたらと冗長な記事ばかりを書き上げるという悪評が広まってしまい、だんだんと仕事がなくなります。そしてあるとき、得意ジャンルなので任せてくださいと大風呂敷を広げて取ってきた仕事をまったく納品できないまま、姿を消してしまいました。いまようやく気づいたけど、人生を賭けた消失トリックだったのかな。(たぶん違う)
私の師匠は「ライターの文体はシンプルに。需要に応じて修飾していくものだ」と教えてくれましたが、俺の俺の俺の文章ー!ってゴテゴテさせて実際に仕事がなくなるケースというのを、このときに初めて目にしましたね。
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書いてみて改めて思いますけども、よくぞここまでってぐらいの挫折のテンプレですね。
諦めたり挫折したりっていうのには、そこに至るまでの経緯とか、決断の理由とかがあるわけだから、そういった要素が抽出され続けた結果、テンプレ化してるってことなんでしょうかね。
で、ここからは作家になれた人たちのお話です。書いてみたらこれもテンプレ感ありそう。
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●趣味を続けてたら小説の依頼にたどり着いたライター氏
クトゥルーとかのファンタジー世界にぞっこんで、TRPGが趣味だった彼と知り合ったのは、例によって出入りしてた編プロでのことでした。当時の私はまだフリーライター見習いで、別のライターグループの一員であった彼の仕事のアシスタントとして紹介されたのがきっかけです。
雑談しているときに「小説とか読むの?」と訊かれて、「伝奇ものとかファンタジーとかなら読みます。いまはロードス島戦記っていうやつを……」と答えたところ、食い気味に「えっ? じゃあグループSNEとか知ってる!?」とか日本語でおk的なことを言われて面食らいました。
私もD&DなどのTRPGを通っていたので、どうにか安田均という名前はどこかで見かけて知っていましたが、安田均と水野良のグループSNE、という知識はありませんでした。ぼんやりしたファンタジー好き、みたいな感じですね。
ちなみにその話のときに、彼が将来作家になりたいのだということと、すでにペンネームも決まっているんだとも聞かされて、若干引いたのはいい思い出です。
そんなわけで私と彼とではファンタジーへの温度がけっこう違うのですが、前出の文学論にうるさいライター氏に刻まれたトラウマを癒やしてくれる真逆の反応が嬉しかったので、彼とはよく話をしましたし、一緒にやる仕事が終わったあとも、連絡しあってご飯とか食べたりしていました。お互いの近況を報告するときに、彼が富○見書房とか新○元社の仕事が取れた!と喜ぶのが、自分のことのように嬉しかったものです。
自分の編プロを立ち上げた彼が、着々とファンタジー系の仕事に食い込んでいく経緯は聞いていたものの、実際に誌面で彼の仕事を見たときに驚きました。書店に平積みされた雑誌に、特集記事の監修者として名前が出ていたのです。そしてそれは、私が馴染んでいる彼の本名ではなく、例のペンネームでした。
そのうち連絡を取り合うことがなくなり、もちろんご飯を食べることもなく。フィールドも違うので、彼とはまったく顔を合わせなくなってしまいました。そして彼のことをほとんど思い出さなくなった頃、書店のファンタジーコーナーで、棚に刺さった小説の背表紙に彼の、例のペンネームを見つけたのです。
彼が夢を叶えたことが嬉しくて、共通の知り合いである編集者から彼の連絡先を教えてもらって、おめでとうと伝えました。夢が叶ったんだねって。
「え? 俺、作家になるのが夢とか言ってたっけ? でもさ俺べつに作家じゃないよ? 本業はライターだし、あれはたまたまっていうか……」
勝手に共感して応援してた俺の感動を返せ。あの野郎。
●天上天下唯我独尊系の編集アシスタント氏
編集アシスタントという業務があります。おもに使いっ走りだとか、アポ取りとかの電話業務だとか、コピー取らされたり編集作業の準備をさせられたりっていう、編集者の卵といえば聞こえはいいですが、雑用にこき使われるお仕事です。(25年ぐらい昔の話)
しかしインターネットがそれほど浸透していなかった当時、そういったさまざまな職種や職場の実態はあまり知られておらず、憧れの出版業界に入るためのきっかけとして、編集アシスタントに応募する人がけっこういました。どういう面接をして採用していたのかが未だに謎ですが、無事に編集アシスタントとして採用された人たちには、結構な割合で天上天下唯我独尊を地で行くタイプが混じります。
自分は何かクリエイティブでカッコいい仕事を成すべき人間であり、木っ端編集者ごときが俺様私様に雑用を言いつけるとは無礼である、というようなことを彼ら彼女らは言います。就く仕事を間違えたことに気づいたなら、早く辞めてくれねえかなあ……みたいなことを思っていると、そのうち辞めるという連絡もなく会社に来なくなり、留守電のままフェードアウトするとこまでがテンプレ。
彼もそういう感じの新人編集アシスタントで、事あるごとに仕事に文句を言っていました。「あのデスクの人の原稿はひどいから、俺に書かせるべき。電話番とか代わって欲しいわ」とか、「あの人あの程度の原稿に何日かかってんの? 俺なら1日もいらないけど?」とか。
そんな彼につけられた仇名はクリエイターでしたが、そう呼ばれると微妙に嬉しそうなのが意味わからんというか憎めないというか余計にイラッとくるというか。
で、主に雑用ばかりの編集アシスタントですが、そのうちに、ちょっとした原稿を書く機会というのもやってきます。己の力を知らしめる機会を得たクリエイター氏は発奮しますが、氏の玉稿はそれはそれは冗長なもので、彼が嫌っていたデスクが添削すると文字数が1/3になってしまったそうなそうなそうな。
それから程なくして、電話ではなく職場で、きちんと「辞めます」と言って彼は去っていきました。
そして3日後、私が顔を出した別の編集部に、クリエイター氏がいました。編集アシスタントの新人バイトでした。
それから数年後、私のもとにだいぶ畑違いの仕事の依頼が来ます。発注主はクリエイター氏で、なんと編集者になっていました。すげえ勢いで彼の悪口ばっかり書いてる風味ですが、というか悪口そのものを書いていますが、私とクリエイター氏にはなぜか通じ合う部分があり、面と向かって悪態をつき合いながらも、けっこう仲良く雑談とかしていたので、それなりに信頼してくれていたようです。
結局その仕事は断りまして、クリエイター氏から連絡が来ることも二度とありませんでしたが、あるときスポーツ雑誌の奥付にあるライターのなかに、彼の名前を見つけました。ライターになっていました。
そして月日は流れ、私が趣味のスポーツ関係のツイートを楽しくチェックしていると、スポーツを題材とした小説の刊行情報があり、その著者が彼でした。
なんだかとても腑に落ちないんですが、ぶつくさ文句を言いつつもなんだかんだで出版業界に居残り、地道に仕事を続けてきた結果なんだと思います。
ちなみに彼の文章ですが、最後に彼の仕事を見かけたときの感想としては、私より二段階ぐらい上のクオリティでした。人は成長し、才能は開花することがある。
●大ヒット作家氏
「作家にならないかと持ちかけられ、場を用意されたので顔を合わせてみれば、『デビューにはまだ早いですね』とダメ出しされた」
な…… 何を言っているのか わからねーと思うが
というさんざんな目に遭わされた某テキストサイトのサイト主でしたが、彼はその後もサイトの更新を続け、彼の文章に魅了される人をたくさん増やしていきました。そういったファンのなかの誰かが、彼のために道を作るのは、もはや時間の問題だったと言えるでしょう。
そしてあるとき、サイトを通じて彼と知り合った友人のひとりが新作ゲームのディレクターを務めることになり、シナリオチームの一員として彼にオファーを出します。出来上がったシナリオの評判は良好で、ゲームは複数のプラットフォームで展開するほどのヒットとなりました。
サイト主はその作品のノベライズを手がけることになり、小説家としてのデビューを果たします。
それからもサイト主は別のゲームのシナリオを書き、ちょいちょい小説のオファーも届くようになって、ついにはヒット作を生み出すことになるのでした。
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お粗末さまでした。最後がいちばん短いのは、仕方がないことですね!
そういうわけで前回との続きとはなりませんでしたが、これにてワンセットということにさせてください。
そして、どんなことを書けば老害感がなく、楽しく読んで頂けるのだろうかというところで、ちょっと困ってしまっています。なろうをあちこち眺めてみて、なにか書けそうなことが見つかったら書くと思いますので、更新はしばしお待ちを。
お応えできるかどうかは別の話ですが、リクエストしていただいても結構です。言うならタダだ。