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8 氷の魔女は魔力を持て余す

 微妙な笑顔とともにお姉さんが差し出してきた紙には、無情な結果が示されていた。


「5……⁉︎ 5って、そんな事があっていいのか⁉︎」

「ええっと、そうですね。年を重ねると共に魔力が減少するのは、時々ある事なので」

「5……5って、いくつだったっけ? ああ、5か……」


 マットソン少佐は絶望を絵に描いたような表情をして、放心気味に虚空を見つめている。お姉さんの言葉も届いていないその様子に、私は何とか元気を出して貰おうと励ますことにした。


「炎属性なのね。似合うわ」

「そうかな。はは、炎か……そういやそうだったな……」

「魔力なんて無くても成果を挙げているもの、気にすることないわ」

「ああ……うん、そうだよな。俺の仕事じゃ魔力は必要ないもんな……」


 口では前向きな事を唱えつつ、彼が意気消沈しているのは目にも明らかだった。先ほどまでの無邪気さは見る影もなく、すっかり肩を落としてしまった様だ。

 こんな時、私は自分の口下手ぶりが嫌になる。気の利いた言葉の一つも出てこない私は、やはり可愛げというものが抜け落ちてしまっているのだろう。


「あ、あ——! えっと、彼女さんも測定してみては⁉︎ ほらほら、ここに座って」

「いいえ、私は」


 私達の間に漂う重苦しい沈黙に堪り兼ねてか、お姉さんがわざとらしいほど明るい声で計測を勧めてくる。

 しかし、私はここで計測するわけにはいかない理由があった。

 私は入省時の測定にて、余りにも膨大な魔力によって計器を破壊してしまうという、一大事件を巻き起こしてしまったのだ。

 年々魔力値が高まっているのは知っていたが、まさか計器を壊すことになるとは考えもしなかった。あの時のリンドマン室長の爆笑と同期の怪物を見る目は、一生忘れることができないだろう。


「私は魔術師なので、一年前に測定したの」


 正確に言うと測定はもちろん不可能だったわけだが、それを明かすのは恥ずかしかったので言葉尻を濁す。しかしお姉さんは満面の笑みで、なおさら測定をと迫ってきた。


「魔術師の方でしたら私達もぜひ計測していただきたいです! 貴重なデータになりますから」

「でも」

「最新式ですから、いま魔術省で導入しているものより詳細な値が出ますし、最大値なんて2000まで引き上げてあるんですよ。ですから、ぜひに!」


 私は戸惑うままにマットソン少佐を仰ぎ見る。彼は既に立ち直っていた様で、興味津々といった瞳で私を見つめ返していた。


「協力するつもりでやってみたらいいんじゃないか?」

「……そうね。わかりました、お願いします」

「ありがとうございます! それではこちらへお掛け下さい」


 二人の押しに負けて、私はついに頷いた。2000まで計測可能なら流石に計器を壊すという事もないだろうし、私も自分の現在の魔力値を知りたかったのだ。

 私は簡素な椅子に腰掛けて深呼吸を繰り返した。そしてお姉さんに手渡されたマウスピースを咥え、思い切り息を吐き出して。

 その瞬間、けたたましい警告音が公園中に響き渡ったのだった。




 私達は山の様に積まれた景品を抱え、夕暮れに染まる公園内を歩いていた。


「いやあ、しかし驚いたな。まさか君が去年計器を壊した事を受けて、限界値を超えた魔力を感知したら強制停止するよう改良していたとは」

「助かったわ。賠償問題に発展するところよ」

「はは、そりゃ堪らないよな!」


 朗らかに笑うマットソン少佐に、私は複雑な思いを抱えて頷いた。

 結局、私は自らの魔力値を知ることができなかった。どうやら1000どころか、2000の大台を突破していた様なのだ。

 開発者まで現れてちょっとした騒ぎになってしまい、貴重なサンプルが取れたと並々ならぬ感謝を表された私たちは、最終的に大量の景品を抱えてその企業の展示を後にすることとなった。


「しかし君は凄いな。規格外とはこの事だし、何だか痛快な思いだ」

「痛快……?」

「ああ! 専門家の予想を遥かに上回って、何食わぬ顔で物凄い結果を叩き出してみせる。これが痛快と言わずになんと言うんだ?」


 そういうものだろうか。こういう時は私に恐れと敬遠の眼差しを注ぐのが一般的だと思うけど。

 結局のところ、マットソン少佐はいつだって自然体なのだろう。自らを押し込める事なく物事を柔軟にとらえる様は、私にとっては眩しく、憧れを感じずにはいられないものだった。


「私は少し不安。この力がどこまで大きくなるのか」


 ポロリと溢れた本音は切実さを伴っていた。

 私は自身の声の頼りなさにハッとして、思わず口を噤む。

 どうしてこんな事を言ってしまったのだろう。マットソン少佐が余りにも優しいから?

 いいや違う。彼が私の力を忌避する人ではないと分かったから。だから私は、つい甘えるような事を口走ってしまったのだ。

 なんて弱い、浅ましい心。彼は私の信頼を得たいと言ったけれど、それは何かしらの理由があってのことで、無条件で頼っていいという事では無いというのに。そんなこと解っていたのに、どうして私は。


「先程の話に戻るが、俺は君の兄上の怪我が君のせいなどとは思わないぞ」

「……え?」

「君の人柄を知る者なら、誰だってそう思う。だから信じられる。君は力を人のためにしか使おうとしない人だから、どれだけ力が強くなっても大丈夫だってな」


 彼の輪郭が夕日の緋に滲み、太陽のような笑みを柔らかく見せている。新緑の瞳は金色に移り変わり、夕暮れ時の儚さと反比例するように強い意思を伝えてくれるのだから、私は胸が詰まって何も言えなくなってしまった。


「ああそういえば、急に思い出した! 良いものが売っていたな」

「買いに行きましょうか」

「いや、一走り買ってくるよ。ちょっとここに座って待っていてくれ」


 彼はやけに明るい声でベンチを指し示すと、軽快に走り去って行った。私は言われた通りベンチに腰掛けて、帰宅の途につく人々の列を眺めることにする。

 そうして少しの時間が過ぎた頃、近くであっという叫び声が上がった。見れば子供の手から風船が離れてしまったらしく、既に大人の背よりも高く浮き上がった赤い風船を、親子連れが残念そうに眺めている。

 私は殆ど反射的に呪文を唱えていた。

 細い冷気を纏った風船を、ふわりと、なるべく自然な動きになるように注意しながら操っていく。不思議そうに風船の動きを見守る親子の目の前まで戻したところで、少年は風船から垂らされた紐を再び手にしたのだった。


「わあ! 風船が帰ってきたあ!」

「不思議なこともあるものねえ」

「良かったなあ、気に入ってたんだもんな!」

「うん、せっかくピエロさんがくれた風船だもん!」


 親子三人は笑い合いながら帰って行く。私はその微笑ましい背中を見送り、ほっと胸を撫で下ろした。


「今の、君だろう?」


 唐突に声をかけられて顔を上げると、そこに居たのはやはりマットソン少佐だった。黒っぽい包みを手にした彼は、軽く息を弾ませているようだ。


「今のとは?」

「風船。取ってあげたのは君だろう?」

「……どうしてわかったの?」


 私は驚いて、質問に質問を重ねるという無作法を犯したのだが、彼は全く気にしていないらしく、ただ朗らかに微笑んでいる。


「君ならそうするだろうと思った。それだけだよ」


 その声がとても優しく響いたのは、気のせいではなかったように思えた。なぜそう思うのか聞こうとしたのだが、彼が包みを差し出してくるので、質問を諦めることにした。


「これは?」

「チョコレートだ。以前は王侯貴族の食べ物だったが、最近になって一般にも普及しつつある。食べてみないか?」


 チョコレートを目にするのは初めてだ。貴族だった頃の私の暮らしぶりは必要なものだけ与えられるというものだったし、ましてやこの様に屋台で売られる様になっていたとは知らなかった。


「ありがとう。頂くわ」


 私は差し出されたものを恐る恐る受け取った。食べやすく棒付きキャンディーのような形状に固められたそれは、ナッツやフルーツがふんだんに練りこまれていて見た目にも鮮やかだ。


「チョコレートを量産するにあたって産業革命が助けとなったのは確かだが、実のところ魔法も随分と役に立っているらしい」

「そうなの?」

「ああ。カカオの加工には炎の魔力を込めた魔法石を応用し、冷却には氷の魔力を込めた魔法石を利用しているそうだ」


 言いつつ、マットソン少佐は景品を片手で押しのけてからベンチに腰掛け、包みを広げたかと思うと一口でチョコレートを平らげてしまった。なんという豪快な食べっぷりだろう。


「うん、美味い。嫌いでなければフレヤ嬢も食べてくれ」


 私は小さく口を開けて、その黒く平べったい食べ物に噛り付いた。

 その瞬間、口の中に広がる濃厚な甘み。今まで食べたことのない豊かな味わいが心の内に沁み渡るにつれ、私は目を大きく見開いていた。


「な、美味いだろう?」

「そうね、好きよ」

「え」


 何故か呆けたような顔をされてしまって、私は困惑して彼の瞳を見返した。何か変なことを言っただろうか。


「どうかした?」

「……何でもないんだ。ただ、ちょっと錯覚を起こしたというか……! う、うおおお!」


 マットソン少佐は呻き声を上げて膝に突っ伏してしまった。

 本当にどうしたのだろう。心配になってきた私が心の中でおろおろし始めた頃、彼は気を取り直したように体を起こした。


「うん! チョコレートな! 美味いよな! 気に入って貰えたなら良かった」


 やたらと元気に笑うマットソン少佐は、もしかすると私を元気付けて下さっているのだろうか。その疑問は彼が次に紡ぎ出した言葉によって確証に変わった。


「フレヤ嬢は自分の魔力を怖いと思っている様だが、同じ氷魔法がこんな風に役立つこともある。君は君の思うまま自身の力を使えば、きっとそれは誰かのためになるさ。だって君はそういう人だからな」


 マットソン少佐の、この強さと優しさがどうして私に向けられるのか。それがわからないことが何故だかもどかしく感じられて、私は胸を押さえて俯いてしまった。

 苦しいのにこうして二人で座っていたいなどと、矛盾したことを考える。その思いが伝わったわけでは無いのだろうが、マットソン少佐は何も言わないまま、じっと側に付いて下さったのだった。


 だからこそ、私は気が付いていなかった。

 物陰からこちらを伺う影があったことを。黒くうごめくその影を、マットソン少佐が鋭い目で見据えていたことを。


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