7 氷の魔女は研究熱心
少し早い昼食を終えた私たちは、いよいよを持って「付き合って欲しいところ」へと向かうこととなった。
マットソン少佐は何やら上機嫌で、迷いの無い足取りで通りを歩んでいく。
「さて、どこへ向かうかまだ説明していなかったと思うが」
「ええ。どんな用事?」
私が相槌を打つと、マットソン少佐は苦笑して何やら小さな声で呟いた様だった。
「……ああ、そうだよな。君はデートだなんて思っちゃいない」
「今、なんて?」
「いや。今日行きたかったのは魔術製品展示会なんだ……と言ったんだ」
魔術製品展示会。それは文字通り魔術を利用して製作された品物を展示し、同時に買い求める事ができる一大イベントである。
私は胸の内に好奇心が渦巻くのを止める事ができなかった。
魔術師としての素質を持って生まれるものは人口の10%に満たないと言われており、多くの一般人は生活に魔術を利用できる状況にない。魔術石といって魔力を溜め込む性質を持った石を使って、灯りを取ったりという事は古くから行われてきたが、それも魔術師から買い付けられるのはごく一部の層だけ。それに魔術師本人と言えども、私の様に一つの属性の魔術しか使えない者も多く、結局は一般と同じ様に生活していることも珍しくはないのだ。
せっかくの魔術をもっと生かすことはできないのか。そんな考えが生まれたのはつい最近、産業革命と同時期のことで、以降の研究開発には魔術省研究部も大いに関わっている。近頃は市場にも出回り始めていると聞いてはいたのだが、実際に売られているのを目にしたことはない。
「興味あるか?」
「そうね。あなたは何か気になる品があるの?」
「いや、特にこれというものがあるわけではないが、何か寮で使うのに良いものがあるなら買おうかな」
「そう。承知したわ」
私は気合十分に頷いた。なるほど、私はマットソン少佐の品定めのお手伝いに呼ばれたのだ。
ああ、それにしても楽しみだ。魔術製品展示会には実際に開発に携わった先輩方が仕事で赴いており、とても面白かったとの評判を聞いていたのだ。私も個人的に拝見したいと思っていたのだが、こんな形で連れてもらえるとは何という幸運なのだろう。
「良かった。君が楽しめると良いんだが」
マットソン少佐はどうやら私の期待を感じ取ったようで、安堵したように微笑んでいる。私は気恥ずかしくなって、あえて彼の瞳を真っ向から見据えた。浮ついた気持ちでいるつもりはないと解って頂きたかったのだ。
「私のことはいいの。良いものを探すのでしょう」
「ああそうだな、頼んだぞ。やっぱり真面目だな君は」
私が真剣に話しているというのに、マットソン少佐はますます目を細めて笑うのだった。
会場は想像していたよりもずっとにぎやかな様子で、私は思わず圧倒されてしまった。
もっと硬いと言うか、関係者しか集まっていないようなイベントかと思っていたのだが、まず会場自体が大きな公園を満遍なく使っている事から、幅広い層の集客に成功している。
風船を配るピエロがいるかと思えば、スナックを売る屋台も出ているし、果ては購入者用の抽選会場やスタンプラリーまで配置されているのには驚いた。各企業のブースにも力が入っていて、目玉賞品は前面にアピールして呼び込みの声も盛んだ。
なんというかこれは展示会というよりも。
「驚いたな。展示会っていうか、ほとんど祭りみたいだ」
どうやらマットソン少佐も同じ感想を抱いたようで、感心した様子で周囲を見渡している。
「マットソン少佐」
「ああ、どうかしたか?」
「早く。早く行きましょう」
頭の片隅に品定めをお手伝いしなければという意識はある。あるのだが、好奇心が膨らみすぎて、画期的な品物の数々をこの目に収めたくて仕方がなくなってしまった。務めはきちんと果たすので、同時に楽しむことを許して頂きたい。
私は一人大興奮しているものの、相変わらず表情筋が動かないのは流石の安定感だ。今度はマットソン少佐も気付かなかった事だろう。
しかし、何やらマットソン少佐は口元を押さえて肩を震わせている。これはもしかして、笑っているのだろうか。
「どうしたの」
ただ純粋に疑問をぶつけてみたのだが、それをどう捉えたのか、彼は急に慌て始めた。
「いっ、いやすまん! 悪気はないんだ。ただ、可愛いなと思っただけで」
「可愛い……ああ、あのピエロのこと?」
少し離れたところで風船を配るピエロを目で指し示すと、マットソン少佐は何やら遠い目をしてその光景へと視線を流す。
「いや、そうではなく」
「それなら風船の方? 貰ってく」
「いやいいんだ。あれは子供のものだ」
何故だか食い気味に断られてしまった。それにしても流石はマットソン少佐、他者への思いやりを忘れないその心には敬服するばかりだ。
実際に見て周ると、どの会社の展示も素晴らしいものだった。便利そうな商品をマットソン少佐に解説していったのだが、そこまでピンと来るものはなかったご様子。
そんな彼の足が止まったのは、そろそろ一周しようかという頃の事だった。
「魔力の無料測定を行っておりまーす! そこの素敵なカップルさん、いかがですか〜?」
「素敵なカップル? それは俺たちの事か」
マットソン少佐は何やら物凄く真剣な目で、呼び込みのお姉さんを見返している。
きっと誤解されたのが不愉快だったのだろう。私は申し訳なくなって、せめて訂正しようとしたのだが。
「ええ、勿論です! とってもお似合いのお二人さん、魔力の測定はいかがです? 最新の計測機で体験して頂けますよ〜」
「そうだな、測ってみよう!」
「ありがとうございます! ではこちらへ!」
マットソン少佐はこれ以上ないという程の笑顔で応じると、魔力の計測を即断したのだった。
これはどうした事だろう。不愉快なのかと思ったら、むしろ上機嫌に見える。
「これは良い機会だ。つい嬉しくなって二つ返事をしてしまったが、俺は最近魔力など計測していなかったからな」
なるほど、マットソン少佐は自らの魔力について気に掛けていたのか。それなら納得だ。
通常、魔力は16歳までに目覚める。なのでそれを超えたら計測の義務は無くなり、一般人として暮らすことになるのだ。
ちなみに計測器では属性と魔力値を算出する事が出来るのだが、魔術の使えない一般人でも平均50程度、魔術師で平均700程度の魔力を有していると言われている。因みに最大計測値は1000だ。
「何を隠そう俺は昔から空を飛ぶのが夢だったんだ。十六歳を過ぎて魔力に目覚めた例は存在するわけだから、この夢が敗れ去ったと判断するにはまだ早い…!」
マットソン少佐は気合十分といった様子で腕をぐるぐる回している。新緑の瞳が燃えるように輝き、今から模擬訓練でも始まるのかという程の闘志が、全身から滲み出ているようだ。
なんだか子供みたいで微笑ましい。ご立派な軍人さん相手にそんな事を思うなんて失礼にも程があるから、口に出したりはしないけれど。
「事前に予想値を決めて貰って、前後5の範囲で言い当てた方には景品を差し上げているんですよ。いくつにしますか?」
「以前は50程だったからな。希望を持って100にする」
「100ですね、かしこまりました。では、ここへ向かって思い切り息を吐いてもらいます。全て出し切ったらマウスピースから口を離して下さいね」
「ああ、わかった」
無機質で巨大な計測器に繋がれたチューブの先、咥えやすいように楕円形に作られたマウスピースを、マットソン少佐は躊躇いなく咥える。そして思い切り息を吹き込み——算出された値とは。