0話 一会
ブックマークが1つずつ増えていくのを見て、胸が踊っています。
「なぁ、ここから逃げて冒険者として金を貯めたらネカフェを開かないか?」
ある日、剛が提案した。
「気が早いと言うか、現実的とは思えませんね。そもそもこの世界にはネットワークが存在しません。」
「だったらコミックとか本でいいだろ。それとも他に俺らの経験が生かせる職業があんのかよ。」
諌めるクワンウンに剛が説得を試みている間、鞍馬はチュークにネカフェの説明をする。
「お前さんそりゃ無理ってもんだ。この国の本はほとんど焚書されちまって、残ってるのは聖典やら農書くらいのもんだよ。」
三人は顔を見合わせる。
聞くところによると、どうやらマニスタン帝国の誕生した数十年前、異教徒を強く弾圧する、マニスタン国教のサジュード正教の政策によって、ほぼ全ての書物や焚書され、多くの知識人は処刑されたという。
サジュード正教の教えは取り立てて悪質な、いわゆるカルトチックなものではないものの、ほぼ全ての地域共同体に教会を作り、戸籍や租税を管理し、マニスタン帝国にも軍閥由来の上級王と並列して教皇が君臨している程、帝国内で幅を効かせているという。
自然科学と宗教は得てして対立しやすいのが世の常であるのだが、フィルアニアより遥かに優れた文明を持つ地球人の召還が、今後のマニスタン帝国の政策に如何に作用するのか、鞍馬は不安に思うのであった。
鞍馬が牢に入って1週間程たったある日、ソーンの牢屋に大きな変化が起こった。
それは明け方のことだった。
ソーンの砦の牢屋の棟の入り口と鞍馬達の房のある棟を結ぶ扉が開閉される音で鞍馬達は目を覚ました。続いて使ってない房の2つの内の一つ、鞍馬とチュークの隣で、剛とクワンウンの斜め向かい側の房の鉄格子のドアが開閉されだ。
顔を上げると鉄格子の外にはバーデン所長がいた。
「ブラックアイ、お仲間が来た。裁判まで面倒みてやってくれ……。」
申し訳なさそうに告げると、バーデン所長は持ち場に戻っていった。
構造上隣の房の中は見えないが、高い声ですすり泣く声が聞こえる。本来声をかけるべきかもしれないが、鞍馬にはなんて声をかければいいかわからない。鞍馬は、俺ってやっぱり人生経験少ないのかな、等と考えて泣き止むのをしばらく待った。
「あの、大丈夫ですか、俺は鞍馬です、日本から来ました。あなたはどこから?」
返ってきたのは女性のか弱い声であった。
「私はセーラ、私も日本から来ました。いったいどうなってるんですか?」
こんな状況にも関わらず、うお、やはり女人じゃないか、と多少気分は踊るが、鞍馬は現在これまで一度たりとも肉親の女性から好情好意を向けられたことはなく、生来の対人スキルの不得手さも合いまって、どうすればいいか悩んでいた。
「俺は剛、ここはフィルアニアっつって、なんだかワープしてきたみたい。でも脱獄できっから安心してくれよ。」
見た目が派手で、女性慣れしていそうな印象もある剛が助け船を出すも、説明の筋道が通っていなく、これでは理解できないだろう。
「クワンウン!起きてくれ!俺らには無理だ!」
クワンウンはオンラインゲームが好きな勉強家であるが、見た目は非常に清潔で異性にも人気が出そうな風体であるし、何より非常に論理的な説明ができる男だ。
ここは手柄を譲ってやろう、と半ば押し付ける形でクワンウンに説明を任せた。
クワンウンはセーラに対して期待通り筋道の立った説明をした。セーラもセーラで柔軟な思考を持っており、大筋は理解できている様子だ。すると必然的に会話のキャッチボールのペースが早まっていき、異性に対した不要な気遣いを念頭に自身の言うべき事を言い、尚且つセーラの自身に対する評価を上げられるような台詞を考えている鞍馬には、到底ついていけないのであった。そして剛は剛で、事態の説明よりも会話への参加が目的となる形で、意味のわからない相槌や捕捉を繰り返していた。
学生であるセーラはクラスの親睦を深めるための酒の席に参加していたのが最後の地球での記憶であり、やはり鞍馬達と同じ日ほぼ同じ時間にフィルアニアで目を覚ましたという。
目を覚ました後は、ソーンの村の外れにある農家に拾って貰っていたが、事態を把握した農夫に通報され、駆け付けた衛兵に拿捕されたというところであった。
「農夫のおじさんはいい人だと思っていたのに……、私たち地球人は野良犬か害獣みたいに捕まえられて、こんな檻の中に連れてかれる……。奴隷に出されるのなんて絶対に嫌……。」
べそをかき続けるセーラを必死でなだめ透かしていた3人は、そっぽを向いて寝ているチュークの表情が苛立ちで歪んでいることに気付かなかった。