0話 念通
協議は続く。
「これは英語じゃなくて日本語だよ、おいチューク、お前や衛兵が喋ってる言葉はフィルアニアでは何語って言うんだ?」
剛の問いにチュークが答える。
「お前さんたちはたまに訳のわからない言語で会話してるが、それが元いた世界の暗号か?俺が使ってるのはフィルアニアの共通語だよ。マニスタン帝国民も他の国のやつもオークもエルフも共通語だよ。」
「はぁ?お前らからかってんのか?おい鞍馬、俺たち全員使ってるのは日本語だよな?」
剛の狼狽も理解できる。しかし出会ったばかりで、且つ房の違うクワンウンとチュークが示し合わせてからかうことはできないだろうし、何の意味もない。
鞍馬ははっとしてポケットの携帯電話の電源を付けた。
ほぼ同時にクワンウンもポケットからスマートフォンを取り出していた。
鞍馬は録音を開始するとこう言った。
「剛、クワンウン、順番に何か喋ってもらえないか?」
「何言ってんだいきなり。これでいいかよ。」
「私も音声通訳アプリを起動しました。これでいいですか?」
鞍馬は待ったを入れる。
「待ってくれ、次は韓国語で喋ってくれ。」
「わかりました。これでいいですか?」
おいてけぼりになったチュークは顔をしかめながら言う。
「お前さん達のそれは一体何だ?それがなんとかってやつか?」
「え?…え?…」
チュークの発言を聞いた瞬間、クワンウンは豆鉄砲を喰らった鳩の様に、驚いて言葉をなくした。
チュークとクワンウンに返答はせず、鞍馬は録音を停止し、すぐに再生する。
『剛、クワンウン、順番に何か喋ってもらえないか?』
『何言ってんだいきなり。これでいいかよ。』
『So I'm booting up translating-app too.Is OK ?』
会話していた時は日本語に聞こえたが、録音されていたのは確かに英語であった。しかし衝撃は続く。
『待ってくれ、次は韓国語で喋ってくれ。』
『알겠습니다. 괜찮아요?』
会話時の日本語を声色も同じであるが、こちらも会話時は日本語であったが録音では韓国語になっている。
『●▲#○◆□◇▽△』
チュークの声であることは確かだが、何を言っているか全く聞き取れない。
言語形態も、アクセントも、全く聞き覚えのない言葉であった。
クワンウンの通訳アプリでも全く同じ結果になった。
鞍馬と剛は言葉を失い、顔を見合わせる。
「どういうこと?…」
「どういうことも、俺らとクワンウンとチュークはそれぞれ別の言葉を好き勝手喋ってるけど、俺らが聞き取るときはテレパシーかなんかで勝手に訳されてるんだろ。」
「いやいや……そんなことは……」
クワンウンが静かに喋る。
「剛の言うとおりです。なぜなら、私が英語から韓国語に切り替えた後、皆さん全員流暢な韓国語を喋り出した。」
「俺は、英語も、韓国語も、もちろんフィルアニアの共通語も全くわかんねえぞ……。」
「俺もほぼ同じ……英語も義務教育程度だよ……」
スマートフォンの通訳アプリも利用し、しばらくこの現象について協議した結句、導きだした結論、というか事実の羅列であるが、母国語、又は多国語を自分以外の人に対して発する場合、声帯・舌・唇等の動きは発せられたままであり、発せられる音も発せられたままであるが、対話する相手に伝わる時、自動的に翻訳されて伝わるということ、翻訳されても声は発言者のもののままであり、翻訳は機械的な物ではなく非常に優秀な和訳であること、この現象がみられるのは口頭の言語に対してのみであり、暗号や文字には作用されない、翻訳される言語の範囲に関しては、現在のところ日本語、英語、韓国語、フィルアニア共通語への影響が観測できたが、これが中国語やクリンゴン語でもそうかと言われると、現段階ではわからない。
また、どういう原理でこのようなテレパシーによる対話が可能になるのか等、現在必要なのは学説的な理論の解明ではなく、この自動翻訳の利便性を用いた脱獄であるというのが、三人の総意であった。
「なあチューク。」
「なんだい鞍馬、不思議の国から来た三人の秘密の会議はようやく終わったのかい。」
しかしただ一つ明確にわかったことがある。
「自慰って意味わかるか?」
「なんだいきなり、我慢できないんなら向こう向いててやろうか?」
鞍馬たちの日課でフィルアニアで成り上がることは、極めて困難であるということだ。