0話 邂逅
クワンウンとやらの説明は俄に信じ難く、鞍馬は困惑のあまりしばらく無言になった。遭難中に出くわした怪物、男の死体や衛兵、チューク、自分がおかれている状況を考慮すれば、単なるジョークとは思えない。しかし現実から遊離した説明であることに代わりはなく、その中途半端な整合性は鞍馬を更に悩ませる。
困惑の治まらない鞍馬は、口をついて出た、本旨とは全く関係のない事を返してみる。
「しかしクワンウン、流暢にしゃべるんだな。」
クワンウンは不思議そうに答える。
「いえいえ、剛さんと鞍馬さんこそ。」
そんなことを喋っている場合ではない、とばかりに鞍馬は今一度頭の中の疑問をを整理した。
「そんなことより、ここに来てからこの牢屋に入るまで、緑色の斧を持った怪物を見かけたんだが、あれは?」
「それは恐らくオークという人種です。」
「大奥?」
鞍馬も冗談を返したが、反応は三者三様だった。
「オーオク?なんですかそれは?」
「大奥っていう日本の歴史上のお話があんだよ。」
「おまえさんさっきからたまに何言ってるんだ?」
俺にはジョークの才能はないみたいだな、そう思いながら鞍馬は続ける。そのままの雰囲気で故郷や趣味などの世間話をしばらく続けた。現実味がなく、縁のある人物とも遭遇し、どこか気楽になっていたのであろう。鞍馬は肝心な疑問を思い出す。
「ところでチューク、そういえばここはどんな施設で、俺らはどうなるんだ?無宿人と言われて、公正な裁判を期待してる訳じゃあないが……。」
「おいおい、俺もお前さんで3人目だから忘れていたが、俺達はかなりヤバいぞ。ここに入れられたらお仕舞いだ。盗難を犯した俺は一月もすれば死罪、無宿人で身分のないお前さん達はどこかで奴隷になるか戦争に駆り出される。奴隷は鉱山か農地で働かされるが、食事も衛生も最悪でお前さん達じゃ恐らく次の冬を越せないだろうよ、戦争に駆り出されても、録な防具も持たされずに陽動の囮か最前線の捨て駒になるのが落ちだ。」
鞍馬は絶句した。
「ええ……。最前線君は嫌だ……。」
そして少し得意気な顔を見せたチュークは急に小声になり、鞍馬に耳打ちする。
「だけど安心しろ、お前さんが起きる前に三人で相談してたんだが、後でしかるべき時に話すがクワンウンが考えた脱獄できる手段がある。俺たちを信じてくれ。」
それを聞いたクワンウンはニヤリと笑う。
「そんなことを言って、よしんば脱獄できたとして俺ら身分のない無宿人は脱獄したあとはどうするんだ?衛兵に見つかる度にどつかれて連れ戻されてたらきりがないぞ?それはあんたも同じなはずだ。何か案があるのか?」
「それも安心しろ。脱出したらここから50キロ離れたシーロンの街に行って冒険者の登録をする。そうすれば新しい身分を与えられて奴隷や歩兵より少しはまともで自由な仕事も得られる。」
「冒険者の仕事は義勇兵、賞金稼ぎ、遺跡発掘にリージョンの調査、運び屋やら物探し、果ては収穫の手伝いみたいな簡単なお使いまであるからいつでも人手不足なんだ。無宿人のお前さん達も犯罪者の俺でも目をつぶって雇ってくれる。」
リージョンとは、フィルアニア大陸の丁度中心部に、一年ほど前からできた円形の遺跡群である。"リージョン"は完全なる未踏の地であり、そこで手にはいる鉱石や遺物には高い価値があるといい、各国の職に溢れた者やならず者達が集まっているという。
何故かウキウキの剛がたまらず割り込んでくる。
「実はさっきから考えてたんだけどよう、こっちに来る前にやってた仕事やら知識を活かせば、簡単にこの世界で成り上がれるんじゃねえか?」
「俺は大学の教育学部生で、学校も行かないで自慰ばかりしていた漂流教員志望だが、何が役に立つって言うんだ。剛はなにやってたんだ?」
「俺は……フリーター……ネカフェバイト、後は、主に自慰かな……クワンウンはどうだよ!」
「私も、ネットゲームと……自慰です。」
「お前さんたちは一体何を話してるんだ?」
鞍馬は呆れる。しかしこの世界で始めて出会った三人、これから仲良くやれそうではないかとどこかで今後の生活を楽しみに思っている自分がいることに気付く。
今までになかった刺激がある生活。
仲間との生活。
お調子者の剛に冷静なクワンウン、ニヒリストの鞍馬にこの世界の案内役のチューク、上手くやっていけそうな気がした。
「そうか…ところでクワンウンはなんのゲームやってたの?MMOとかだったら少しは役に立つかも。ほら、今のゲームってすごいし、この世界もファンタジーの様な雰囲気だから。」
「えっと…Cruel of Dutyです。知ってますか?」
突然剛は答える。
「それ俺もやってた!」
鞍馬も言う
「CODは俺もやってたぞ!でもそれ……。」
三人の声が揃う。
「FPSなんだよなぁ……。」