2話 退散
「も、もう動かねえよな……。」
力の抜けた巨大ゴブリンの腕を払いのける鞍馬。しかし未だに首に残る感触と死の恐怖で混乱している。
「テツヤ、大丈夫?今すぐ止血するから。」
エリナがテツヤに駆け寄る。吹き飛んだ片足の付け根を布できつく縛る。
「さっきはごめんね……、いろいろと動揺してて。」
「あぁ、もういいよ。」
ソンヒョンが目の前の巨大ゴブリンの死体を眺めながら疑問を呈する。
「こいつどうする……やっぱ、耳?」
「いや、頭ごと持ってこう。少しは金額に上乗せさせねえと、割に合わねえよ……。」
「しかしなんだったんだろうね、こいつは一体。」
「さぁな、俺もかなりのゴブリンを狩ってるが、こんなにデカくて強いのは初めてだ。」
「こいつがゴブリンのボスかなんかなのかな……。」
鞍馬は、剣をノコギリの様に左右させ、巨大ゴブリンの首を斬る。
「私とソンヒョンで先導するから、鞍馬はテツヤに力を貸してあげて。」
部屋の入口付近で、マサトの生死を確認しながらエリナが言う。
そして腰に付いているレリックと思しき球体を無理やり抜く。レリックから飛び出た先端が刺さっていた箇所からは、ほとんど出血していない。やはり不思議な物体だと、鞍馬は思った。
「これも持ってて。刺さらないようにバックかなんかに入れてて頂戴。」
それを投げて渡すエリナ。鞍馬は咄嗟に避けるが、地面に落ちたそれをおっかなビックリしながら拾う。
なんとか切り落としたゴブリンの首はソンヒョンが抱える。頭だけでもかなりの大きさである。
「早く行きましょ。ウカウカしてるとまたゴブリンに襲われるよ。もう絶対敵わないでしょ。」
確かに。と思い、鞍馬は急ぎ足で支度を済ませ、テツヤを抱える。
広間を出て、しばらく廊下を歩く。鞍馬はなんの気なしに尋ねる。
「エリナ、さっき、ゴブリンに締め上げられながらいいかけたことってなんだったの?」
エリナは赤面する。
「え、あ、あれ?別になんでよないよ。」
「ならいいんだけど。」
すると、鞍馬に背負われているテツヤが口を開く。
「おい待て、静かにしろ。足音か?」
テツヤが言い終える前に、鞍馬達にも聞こえた。
足音だ。それも、かなり多い。ダクトの張り巡らされた天井にこだまし、どこから聞こえるのかもわからない。
「足音だ!ヤバい、どっちから聞こえる!?」
「わかんねえ!とりあえずそこの部屋に入れ!」
一行が入った部屋は、ジダニ豚の養殖場だった。
柵に囲われた、ジダニ豚の群れの中から声が聞こえる。
「ブラックアイ、生きてたのか!早く隠れろ!」
声の主はアレスであった。アレスは、巨大ゴブリンが現れるより前、恐らくグィホンの爆発に一行が気を取られてる間に広間を脱出していたのだろう、と、鞍馬は推察する。
「テメエ見ねえと思ったらこんなところに隠れてやがったのか!」
テツヤがアレスに怒りを顕にすると、アレスは焦り出す。
「バカ!声をあげるな!すぐ向こうにゴブリンの大群がいやがるんだ!」
「マジかよ!早く言えよ!早く隠れろ!」
かなり強めのウィスパーボイスでテツヤが急かす。
一行はジダニ豚の養殖場に入るが、かなりの臭さに顔をしかめる。衛生環境の整っていないフィルアニアに来てから、臭いに困ることは非常に多かったが、今回はその中で最悪の悪臭だった。
「くっさい……。」
「ガマンしろ!」
「痛い!ネズミに噛まれた!」
「声をあげるな!」
悪臭に耐えながら、小一時間程身を隠していた。
途中、何かゴブリンの鳴き声が聞こえたり、足音が何度も通りすぎたり、気が気ではなかった。
そしてゴブリンが部屋に入って来た。息を殺す一行。足音は近付いてくる。
運よく、巨大ゴブリンの頭部に豚が群がり、カムフラージュしてくれてはいるが、仮に見つかって仲間を呼ばれたら終わりだ!一行は必死で声を殺し、気配を忍ばせるが、それでも足音は近付いてくる。
そして鞍馬が顔を上げると、目の前まで来ていたゴブリンと目が合ってしまう。
ゴブリンが口を開く、終わった。今の状態で大勢のゴブリンを相手にすることはできない。鞍馬は、悟った。




