2話 極地
「作戦の内容はだいたいわかったけど、それって最短で明後日には仕事が終わって、1週間もあれば家に帰れるってこと?」
一通りの説明が終わったあと、グィホンが尋ねる。
「そうだ、ただし帰るのは大通り沿いの豪邸だぜ!」
テツヤは演技がかった口調で囃し立てる。鞍馬も冷めた心境を隠していきり立つ仕草を取る。
メンバーの興奮が収まったあと、鞍馬は何気ないふりをしながらも尋ねる。
「この作戦てフィルアニアでも普遍的な方法なの?大勢でベースキャンプを作って、前進キャンプから少人数でアタックするっていうのは。」
ソンヒョンが口を開く。彼もまた冷静な口振りであった。
「そこに気付くか、そうなんだよ、地球では極地法って言って探検や登山ではよく使われる、比較的確実で安全な方法なんだけど、フィルアニアでは全く馴染みがないみたいだ。どころか、こんなところで一辺集合したりすることもないらしい。彼らは普段はギルドで請け負ってから全て自分でやっていたらしい。」
「つまりは……どういうこと……?」
二人の口調につられて、一同水を打ったように静かになる中、チカとエリナが疑問を呈すが、ソンヒョンは構わずに続ける。
「考えたんだけど、ギルドの上層部にも地球人が混ざっているんだと思う。」
「なるほど……、推測の域は出ないけどあり得る話だね。」
鞍馬はこうは言うが、あまり確信は持てないでいた。確かにブラックアイはフィルアニア人と比べて知識や教養に優れてはいるが、フィルアニア人達は押並べてブラックアイを見下している傾向がある。
そもそもブラックアイという身体的・民族的な特徴を指した呼称が最大の証拠でもあるし、事実ギルドやシーロンの街でもブラックアイが差別や嫌がらせを受けている所は多々見かける。
フィルアニア人と比べて、ブラックアイの出店した商店は強盗に入られやすく、街を歩くブラックアイは暴漢に身ぐるみを剥がされやすい。
単純に武芸に秀でていたり危機意識が低いせいということもあるだろうが、これらは確かに事実としてある。イースタンプロミスの結成理由の一つにも、フィルアニア人による差別がある。
そんなブラックアイが、出世には血筋は育ちを重視する、地球でいう公職であるギルド、それもならず者が多い冒険者ギルドで上層部に君臨することは、簡単ではないはずだ。
しかも、ブラックアイの集団召還は僅か数ヶ月前である。
よって、話半分に聞いておこう、と鞍馬は考えた。
ミーティングが終わり、鞍馬とソンヒョンソンヒョンはテツヤに命じられてベースキャンプ近くの川へ鞍馬は水汲みに行こうとすると、テツヤは自ら護衛ついでだと言い、同行を志願した。
ベースキャンプから水源である川はとても近く、その上まだ人も多い。テツヤの意図を掴みかねているまま水汲みに向かい、革の水筒に水を汲んでいる最中、真面目な口調でテツヤは口を開いた。
「さっきの話だけど、ギルドのお偉いさんに地球人がいるのは事実だ。全体ミーティングの後、作戦指揮官の女に聞いたんだ、『周囲に混乱していたパーティーも見かけたけど、極地法は一般的な作戦じゃないんですか?』って。そしたらさっき言った様に答えたんだ。」
鞍馬は返答する。
「それがどうして……?」
そしはソンヒョンが何か閃いた様にこう言う。
「なるほど、極地法っていう名称は地球の南極探査かなんかの時に出来たものだ!本来フィルアニア人には自動翻訳されずに聞こえるはず!」
「そういうこと、テレパシーで会話ができる仕組みはわかんねえけど、これは地球人が教え込んだってことだろ。」
鞍馬はようやく気付く。
「よくとっさに思い付いたね。それじゃあなんでミーティングの時に指摘しなかったの?」
「俺達がこれからやることには関係ない上に、会議を長引かせてもいけねえからな。」
なるほど、確かにフィルアニアには貴族や大地主なんかも存在するように、血筋が決め手になることが多い反面、実力主義的な一面もあるからな、それにだからどうしたって話だけども、と、鞍馬は軽く考え、汲んだ水をテントに持って帰る。
帰り際にソンヒョンが呟く。
「地球人がここで実権を握って、世の中は大きく変わるんじゃないか?」
「少しでも早くブラックアイの保護なんかの待遇が改善されることを願うよ。ここに来てからずっと湿った部屋か外で寝てて、これじゃあキノコと人権のレベルが変わらないからな。」
鞍馬は軽口を叩くが、テツヤは真顔のままこう呟く。
「新しい兵器や戦法が増えれば戦争が増える。例え地球人が力を持っても、周りが無力なままだと、医療や福祉よりも、増えるのはプランテーションばっかだろうな。」
プランテーション、植木細工のことではなさそうだ。暗い着地点を避けるためにミーティングでこの話を流したのかと鞍馬は気付く。
同時に、この件に関してのテツヤの思慮と頭の回転の速さに気付いた。
鞍馬の感心を他所に、テントに戻りグィホンやユミコとふざけた話をするテツヤ。昨日のグィホンといい、イースタンプロミスの仕事組を理解するためにも、この依頼の参加は間違っていなかったと感じる鞍馬であった。