2話 狩猟
ギルドのアドミッションフィーを完済し、エリナの属するブラックアイコミュニティに参加してから二週間が経ったある日、鞍馬はシーロン郊外の森にいた。
高低差がなく、平坦で腰程の高さの松に身を隠し、前方10メートル程の距離にいるゴブリンの様子を伺っていた。
そのゴブリンは単体で身の丈は120センチほど、装備は木の棒と腰簑のみ。多くのゴブリンと同じく、小柄にガリガリの体、ポコリと間抜けに出ている腹、鈍い茶緑の肌色に大きな頭。
装備の軽装さから推測すると、恐らく群の中でも下っぱ、狩るには最適の相手である。
剣を鞘から抜き、身を隠しながらジリジリと近寄る、距離凡そ5メートル、ゴブリンが視線を下げ足元を見た瞬間、鞍馬は明後日の方向、鞍馬とゴブリンを結ぶ直線の延長線上に足元の小石を投げる、コツリ、と、投げた石が木に当たると、その瞬間鞍馬は飛び出す。
反射的に音のする方向を向いたゴブリンが物音に気付き反対側を向き直る時には、鞍馬は剣を野球のバッティングの様にステップし、横払いの形でショートソードを振り出していた。。
こうなると既にゴブリンは防ぎようがなく、鞍馬が思い切り振ったショートソードは、ゴブリンのこめかみ辺りにインパクトする。
鈍い音を立ててゴブリンは崩れ落ちる。鞍馬の先の丸くなったショートソードでは一刀両断に切り裂くことはできず、ゴブリンの頭蓋骨を陥没させ、衝撃を逃さずゴブリンを3メートルほど吹き飛ばす。
ゴブリンは既に虫の息で、傷口からは血が吹き出し、手足はピクピクと痙攣痙攣している。
目線は虚ろに鞍馬の方を向き、懇願の様な諦観の様な複雑な表情をこちらに向ける。
鞍馬はそのゴブリンに近寄ると、まずゴブリンの足元に落ちていた、武器である木の棒をゴブリンの手の届かない場所まで蹴飛ばす。そしてそのままもう一度ショートソードを大きく振りかざすと、虫の息のゴブリンにもう一度思い切り振り切る。
手足の痙攣が止まり、血を吹き出す、既に事切れたゴブリンから血まみれの右耳にショートソードをあてがい、ノコギリの様に上下させて無理やり切り取る。
「合格おめでとーう!」
鞍馬の背後から飛び出した東洋人3人、シーロンの冒険者ギルドのブラックアイコミュニティ、イースタンプロミスのメンバーの一部、エリナとユミコ、ソンヒョンが鞍馬に称賛の言葉を送る。
この二週間、剣術やサバイバル術を一から鞍馬に教えたエリナは鞍馬の勝利を自分のことの様に喜ぶが、指南役として釘をさすことも忘れない
「これでやっと一人前ね。毎回今回の様に不意討ちできるとは限らないから、常に注意を怠らないこと。」
ユミコも続く、「さすがだね!覚えるのが早いよ!たぶん!」
家事全般を担当しているユミコはほとんど戦闘をせず、髪も長く、武装もクロスボウだけである。そのため感想も単純極まりない。
「耳をなくすなよ、ギルドに提出しなきゃゴブリンを何体倒しても意味がないからな」
ソンヒョンは普段はメンバーのスケジュールやコミュニティの金銭を管理している。
3人は感想を次々に述べるが、未だ手に残る、ゴブリンの断末魔、命を奪う会心の一撃の感触に鞍馬の興奮状態は収まらず、3人の声は右から左に受け流される。
鞍馬が加入したブラックアイのコミュニティには現在計10人のブラックアイが所属しており、他の7人は生活費や家賃、来る移籍探索の準備にかかる費用を稼ぐためにギルドの仕事に出掛けている。
そのため鞍馬に同行している3人は、主な仕事が家事や金銭・メンバーのスケジュール管理である非戦闘員である。
しかし非戦闘員といっても、最低限身を守るための武芸な身に付けているため、イレギュラーな事態の発生に備えて同行し、監視・監督をしていた訳である。
今日は最終テスト、一対一の状況でゴブリンの狩りであるため、普段から同行している指南役のエリナの他にユミコとソンヒョンも物見半分に訪れていた。
ゴブリンの殺害を狩りと称するのは、ゴブリンはゴブリン同士で意思の疎通こそ行うが言語をもたず、道具を使い群れを作るが社会を構築しない、そのため異種ではあっても高い知能を持つためそうではないオークやエルフとの戦闘を交戦と称するのに対し、ゴブリンとの戦闘は狩猟に分類され、鞍馬の身分でも請け負えるのである。
帰り道、ゴブリンの死に顔が頭から離れず、鞍馬は狩猟と交戦の相違点を考えたが、答えは結局わからなかった。