0話 回想
1ページ辺りの分量、少ないでしょうか
およそ人里から離れているであろう森を倉 鞍馬はさ迷っていた。
数時間前に遡る、鞍馬は目を覚ますと森林の中で横たわっていた。
直ぐに現在地が全く覚えにない場所であることに気付いた彼は、狼狽しつつも曖昧な記憶を整理して現状の分析を試みた。
鞍馬はアウトドア趣味もなければ木こりでもない。都心部のアパートに居住し、最寄りのコンビニエンスストアやファストフード店、書店やレンタルビデオショップが生活圏のほぼ全てである不登校ぎみの大学生である。
朝方、自室にて眠りについたところで途切れている彼の最後の記憶と現在地との因果関係は皆目見当も付かず、何らかの事件または事故の渦中にあることは明白であるが、彼は最後の記憶から現在に到る空白の時間を埋めることより一刻も早い帰宅を優先することにした。
立ち上がると自分が裸足であること、自分の服装が眠りについた時と同じジャージ一式であることに気付いたが、同時にジャージのズボンのポケットに僅かな重みを覚えた。
はっとして中をまさぐると、携帯電話が入っていることに気付く。
現在地の確認、救助の要請、先ず何をするべきか決めるより早く、すぐさま慣れた手つきで携帯電話を取りだし電源を入れるも、電波状態が圏外であることに気が付き、落胆して電源を落としポケットに戻した。
周りには背の高い針葉樹が生い茂り、日中であるにも関わらず太陽の位置は把握できなかった。
また辺りに人間の痕跡は一切なく、立て札や切り株から方角を判断することもできないため、彼は高台か、もしくは尾根等の見晴らしのいい場所に向かって歩き、周囲を把握しよう、運が良ければ携帯電話の電波も入る。
途中で登山道や獣道を見つければそれを辿って帰ることができる。とそう考え、なだらかな勾配を登り始めた。
足元は落ち葉の積もった土であり、雑草は少なく、大きな石を避ければ裸足でも問題なく行動できること、また道中危険な害獣に出くわさなかったことは彼にとっては不幸中の幸いであった。
失意というべきか、虚脱感に包まれた状態でしばらく歩くと、前方から水の流れる音が聞こえてきた。
同時に自身の喉の渇きとに気が付き、一心不乱に音のする方向へ向かった。
朝方眠りについた事実、空腹状態、太陽を視認こそできないが空の明るさを考慮にいれると、現在は正午当たりだろうか。
あまり携帯電話のバッテリーを消費させたくない。いざというときの連絡手段、地図情報機能の利用に制限がかかってしまうから。
と、そんなことを考えながら早足を進めると、森が少し開けた場所に沢というべきか小川というべきか、ともかく水場に突き当たった。
水分を十分に補給し終え、周囲の景観を確認していると、水場から10mほど離れた木の裏側に、人がもたれる様に座っているのが目に入った。恐らく男性のものであろう、木の側面からはみ出ている黒いトレーナーを来た右肩とパーマのかかった茶髪の後頭部の一部が見えるだけで、表情や顔付きは視認できない。
このような人気の全くない空間に人がいることは本来滅多になく、鞍馬の身の上を鑑みると訝しむべきではあるが、そういったことは一切考えず、咄嗟に大きい声で呼び掛けた。
「おーい、そこのあなた、助けてください!遭難しています!すいません!」
しかし返事はない。男のシルエットもピクリともしない。
距離を考えても声は届いているはずである。もう一度、より大きい声で呼び掛ける。
「すいませーん!」
やはり返事はない。鞍馬は、駆け寄りながら声をかけ続ける。
「寝ているんですか?突然すいませーん!」
返事のないまま、男のもたれかかる木の付近に詰め寄ると、男の正面に回り込んだ。
男は俯いているため顔表情こそ読み取れない、黒いティーシャツにデニムパンツ、バスケットシューズという場違いな格好の男は、左肩口から右脇腹にかけて、袈裟懸けの様な形の大きな裂傷を負っていた。
裂傷からの多量の出血を確認し、呼吸している気配等も感じ取れない。鞍馬は呟いた。
「寝てるっつーか、永眠?」