1話 買出
ギルドの仕事には責任や危険を伴うものも多く、ある程度の信用がなければ請け負うことができないものがある。
鞍馬が今まで毎日やっていた薬草採取は、勝手に採取してきた物をギルドに買い取って貰うだけであり、1日限りの工事現場の仕事等と同じく責任や大きな危険を伴うものとはみなされないが、冒険者ギルドはこういった労働者派遣や素材買い取りだけが仕事ではなく、国から支援を貰い警察権や未開発地域の開発権、場合によっては交戦権まで、ある程度の裁量を任されている。
それらに関する仕事は、ギルドの信頼のおく冒険者しか請け負うことはできないという訳だ。最も鞍馬自身も一ヶ月薬草を採取したから単独で隣国に宣戦布告できるといったことは勿論なく、せいぜい一兵卒としての参加や街の見回りが許されるようになっただけであるが。
残りのお銭は銀貨八枚弱、恐らく、ショートソードかナイフを一振り購入できる程度であるが、治安が劣悪なこの世界において、最低限の自衛の道具は必須になるだろう。
鞍馬自身、採取した薬草や所持金を悪漢に脅し取られることや、みたこともない狂暴な野生生物に追いかけ回されることは何度かあった。
そのためこと人為的なものに関しては、こちらも武器を取り、最低限振り回すことさえできれば、ある程度の危険は回避できるだろうと推測していた。
鞍馬はしばらく酒場にてエリナを待っていたが、冷静になれば鞍馬にとって異性と二人で出かけた経験は今までの人生で一度もなく、初めてのそれがほとんど素性の知るところにない女性とよく知らぬ街を歩くとなれば、円満に終わらせるための難易度は非常に高いのは明らかであることに気が付いた。
そもそも根が引っ込み思案である鞍馬にとって、この世界に転移してからこれまで何度も初対面の相手と意思の疎通をしてきた事実は、いくら己の生命活動の維持のために必須であったとはいえ、奇跡的なことであった。
エリナに対して何を話せばいいのか、考えれば考えるほど苦悩ばかりが増え、とりあえず一杯、どぶろく酒を飲み込むのであった。
どぶろく酒が身体全体に回りはじめたころ、エリナが酒場に到着した。
「ごめんなさい、待たせちゃった?」
鞍馬は緊張を隠し、さも場馴れしているかのように装う。
「そんなことはないよ、俺も今来たところだ。」
咄嗟に口をついて出た文句だが、ギルドでエリナと別れて、一時間程酒場で待機していた鞍馬が、今どこから来たのかはわからない。
「そう……それより大通りの方へ行きましょう、買い物でしょう?」
「あぁ、そうしないとね。ウェイターさん、会計は一緒で頼むよ。」
「鞍馬、酒場は前払いだし、私は今来たばかりよ、冗談のつもりなの?」
「ま、まぁそんなところだよ。フィルアニア流のね。商店の方に行こうか。」
商店に行くより、宿に連れ込んで昇天させてやるのも悪くないが、鞍馬は喉元に上がったオヤジギャグをそのまま嚥下した。
大通りに続く脇道を並んで歩く。泥や糞でぬかるんだ道にどんよりとした空模様、悪臭を放ちながら車を引く汚いまだら模様の老馬、ロケーションはいいとは言えないが、鞍馬の胸をときめかせるには十分なシチュエーションであった。