1話 転機
鞍馬が目を覚ますのは日の出と同時かそれより少し早いくらいだ。目を覚ますとまず、あらかじめ桶に汲んでおいた水を飲み、顔を洗い、口を濯ぐ。この世界の水にもようやく慣れ、今では下痢も治りかけている。
生活排水を隣の建物の壁しか見えない窓から吐き捨てると、服を着替える。
この世界の服は基本的に麻のチュニックである。どれも非常に粗くザラザラしているため、睡眠時の寝間着としてはこの世界に来た時に身に付けていたジャージを着ている。
ジャージを脱ぎ捨てチュニックに着替える。下着はない。 (これは、同房したチュークが特殊な趣向をしていない場合のみ、という条件付きで初日からわかっていたことだが)。
支度を終えると、宿舎の部屋を出る。鍵は付いていないため、貴重品は全て持ち歩くか、職員の猫ババに目を瞑りギルドに預けるしかない。
宿舎を出てギルドに向かうと、エリナとばったり出会った。ギルドに登録した日以来なので、凡そ一か月ぶりだろうか。以前と比べると、身に付けている装備が頑強になっている気がする。
「あら、あなたは鞍馬だよね?私のことを覚えてる?」
覚えているもなにも、あれから人の名前を覚える機会はほとんどなかった。
「おはよう、エリナだよね。君もギルドに?」
「そうなの。何か新しく実入りのいい仕事があるか偵察。あなたはギルドの宿舎に泊まってるの?」
「そうだけど、君たちはどこか別の宿に泊まってるの?」
「私達は地球人で集まって大きめの家を借りて共同生活してるの。この前の話だけど、あなたも加わらない?お金も貯まってきたし、規模だって少しずつ大きくなってるのよ。仕事だって分担してやっているから安全だし、メンバーもみんないい人ばかりよ。」
「うぅん……俺も今の環境に満足はしていないし、考えさせてくれ。今日ギルドへの参加料を支払い終えて装備を買いに行って、明日から始まる新しい仕事には不安があるんだ。」
セーラ達のことが頭を過り、結果的に一度裏切り働き、彼女らを見殺しにしてしまったことから、連帯を取ることに対する嫌悪感というか忌避感が抜けない鞍馬ではあるが、明日から始まる可能性のある戦闘を含む仕事に一人で挑むのは無謀であるとは以前から感じていた。条件次第では参加を考えるのが得策ではないか、と、鞍馬も考えを改めていた。
「薬草収集はもう終わりなのね!それはよかったわ。仲間のみんなも心配していたの!武器を買いに行くのなら、私も一緒に行っていい?私も市場に用事があるし、相場のわからないあなただけで行くと多分ぼった
くられちゃうわ。武器屋の人、本当に人が悪いの。」
鞍馬が毎日毎日薬草収集をしていることはシーロンのギルド内では悪目立ちしていた。荒くれ者の集まりである冒険者ギルドでは、鞍馬のように安全度を最大限に追及して報酬と折り合いを付けるタイプは珍しく、罵笑の対象となることが大いにからである。
「そういってくれるのは嬉しいよ。こちらこそお願いだ。買い物に付き合ってくれ。」
「いいわよ、私は依頼を確認して仲間に報告に行くから、アドミッションフィーを支払い終わったら酒場か宿舎で待っていて。」
フィルアニアには正確な機械式の時計というものは存在せず、転移した際に腕時計を持ち込めなかった場合、教会が定期的に鳴らす鐘の音や日の傾きから時間を推測する他なく、待ち合わせも困難である。
「わかったよ。宿舎にいてもどうしようもないから酒場にいることにする、そろそろギルドに付くね。また後で。」
「うん、待っていてね。」
鞍馬はギルド受付にアドミッションフィーの分割金の残金を完済し、身分証でもあるギルドカードに印章、というかハンコを貰う。これで以前より多くの仕事を受けることができるようになった。