0話 決行
鞍馬は頭が真っ白になった。何故こんなことをするのか、チュークはスパイかなんかだったのか、だとしたら今の今まで引っ張ってなんのメリットがあるのか。
頭が混乱したままデイビー看守に言った。
「ま、待ってください、裁判が明後日に控えて、そんなことするはずないでしょ、俺が削ってたら今頃とっくに脱獄してます。」
「脱獄?もしそうだったら無事に裁判は受けさせねえからな。どれどれ鉄格子を見せてみろ。」
夜、暗い中で奥の鉄格子をよく見るために、房の鍵を外す。
もう終わりだ。脱獄計画が露呈した後の罰則、脱獄できずに裁判を受け、受刑先での残酷な生活、それらが頭で回るなか、なすすべなしと鞍馬は固まっていた。
「だいたい裁判は明日だぞ。」
鉄格子を見るために屈んだデイビー看守がこちらに振り返り、そう言うや否や、チュークが後ろからおまるでデイビー看守の後頭部を思い切り叩き、仰向けに倒した。
バカン!と大きな音を立て、おまるから飛び散った糞まみれで倒れこんだデイビー看守、チュークはそれに覆い被さると、デイビーに何度も拳を振るい、首に手をかける。やがて動かなくなったデイビーの懐から剣と金を奪い取る。
鞍馬は我に返ると、房の鍵を奪い取ろうとデイビーに手を伸ばす。
「おまえさんそいつは無駄だ、裁判を明日に控えてるから、警備が厳重になってて朝バーデンの野郎が来るまでこいつすらも牢屋の外へは出れねえ様になってるんだ。だから簡単に俺らの房の鍵も外しただろ。他の房の鍵ももう一枚のドアの外、探してもみつからねえよ。」
「チューク!それなら早く他の房を解錠してくれ!それより裁判は明日なのか?」
チュークは鉄格子を蹴る。錆びた鉄格子はいとも簡単に壊れる。
「裁判は明日だ。俺はこの時を待ってたんだ。今なら逃げ出しても裁判のために司祭まで呼んでるから残りのやつらの裁判で俺らの捜索には手が回らないからな。この鉄格子だってずっと前からボロボロだった。余裕過ぎてスープをかける必要もなくなったから飲んでたんだ。おまえさん達と違って死刑が決まってる俺があんな悠長な真似するか?普通。」
「じゃあ解錠っていうのは……。」
チュークはデイビー看守から奪った剣を鞍馬に突き付ける。
「嘘に決まってるだろ。解錠できたら今頃とっくに脱獄してる。大きな音を立てないで俺の言うとおりに行動しろ。」
チュークに剣を突き付けられながら、鞍馬は壊れた鉄格子から外に出る。
「嘘だと言ってくれよチューク、みんなお前を信用していた。俺だって仲間だと思ってたんだ!」
「おっと声が大きい。今おまえさんが生きてるのは俺の情けだ。残りのお仲間に申し訳ないんなら今すぐぶっ殺してやったって構わないぞ。黙ってたら一緒に脱獄してもかまわないが、少しでも音を立てたら殺す。」
今騒ぎを起こしても、セーラ達を助けることはできない。どころか騒ぎを起こしてしまえば、異変を察知した番兵が牢屋に流れ込んで来るだろう。
「おまえさん勘違いしてるかもしれないが俺は必要性がなければ殺さねえ。デイビーのやつを殺したのは見回りの時間を考えないでバーデンが来るまでバレないからだ。おまえさんが騒ごうとすれば殺す。必要性があるからだ。」
鞍馬はチュークに従う他なかった。
壊れた鉄格子越しに鞍馬は向かいの房を見る、クワンウンと剛は何も知らずに寝ている。
チュークに言われるまま走り出して何度か振りかえって鞍馬のいた房の隣の鉄格子を見たが寝ているセーラの背中が見えるのみであった。