0話 団結
0話はそろそろ終わります。
その後もデイビー看守の蹂躙は続いた。デイビー看守は昼間の当番であり、常に房の近くで見張り、気まぐれに房の前に現れ鞍馬達に乱暴を働くため、鉄格子にスープをかけたり削るなどの行為は夜間にしかできなくなった。
しかしながら、朝食のスープを飲めるようになるからといって健康状態は改善するということはなく、その状態が更に2週間程も続くと、五人の体はアザだらけになり、初日に鉄格子から避難したことでデイビー看守に目をつけられ、嫌がらせで食事を抜かれることの多かったクワンウンは下半身が浮腫み、意識が虚ろになることも増えていった。
肝心の鉄格子はというと、作業スピードが単純に半減したこともあり、裏面の鉄を錆びさせるには未だに至っていない。誰からともなく浮かんだ提案で、塩分があるからとおまるに溜まった小便も鞍馬の房に集めて鉄格子にかけた。それでも鉄格子は壊れない。
この頃になると、房内での会話は、ほとんどなくなっていた。
夜になると、毎晩セーラの泣き声が聞こえてくる。鞍馬もクワンウンも剛も、故郷を思い出して声を殺して泣いた。家族や、友人、好きな食べ物に趣味、ここには何もないものを思い浮かべた。
裁判も後僅か3日に迫ったある夜、鞍馬は何気なしに五人分のスープを鉄格子にかける作業をしているはずのチュークをみると、音をたてずにチュークはこっそりをスープを啜っていた。チュークはここ数日進んで作業を買って出ていた。このためだったのか。
鞍馬は腸が煮えくり返るのを感じ、チュークに掴みかかった。
「おいチューク!おまえいったい自分が何してるのかわかってるのか!?このスープはおまえに捧げてる訳じゃねえ!我慢して脱獄のために供出してるんだ!」
チュークを押し倒して馬乗りになると、右、左とチュークに拳を突き立てた。
「すまねえ!つい出来心だったんだ!許してくれ!ぐわぁ!そこはデイビーの野郎に殴られた所なんだ!この通り謝るからやめてくれ!」
鞍馬は怒りに任せて手を出したが、地球では殴り合いのケンカ等は今までにしたこともなく、チュークの口上と拳に付いた血を見ると、冷静になり血の気が引いていくのがわかった。
鞍馬の手が止まったとみるや、チュークは鞍馬の耳を掴み思い切り引っ張ることで半転させ、逆に馬乗りになって鞍馬を殴る。
「てめぇよくも殴りやがったな!スープぐらいでゴチャゴチャ言いやがって!てめえはデイビーの野郎からほとんど殴られてねえよな!このデイビーの犬野郎!」
殴られながら鞍馬は、暴行されるセーラ、目をつけられて虐待されているクワンウンとチューク、それに毎回反抗し異を唱え、その度に懲罰棒で殴られ常に顔を腫らしている剛と比べると、デイビーを前に気配を消し、他の四人への虐待を見過ごしている自分を恥じたが、同時に自分の弱点を責め立てるチュークへの憎しみを一層強くした。
「やめてください!なにやってるんですか!?」
争いに気付いたクワンウンが制止する。
「おい耳元でうるせえよ、やらせておけばいいだろ。」
向かいの房の二人もストレスが限界に達して、険悪な雰囲気になっていた。
鞍馬とチュークはマウントポジションを奪い合い、転げ回る、その際おまるをひっくり返し、排泄物まみれになって殴り合いを続けた。
その争いに気付いたセーラは、慌ててベイル看守が近くにいない事を確認すると牢内に呼び掛けた。
「みんな、聞いて!みんなそれぞれが辛いのはわかる!だけど後3日で私たちは裁判にかけられ、奴隷や兵隊にさせられてしまうの。受刑先がここより辛いか楽かはわからない、だけどここには希望がある、もう少しで脱出できるんだよ。団結しなきゃいけない時なの!」
はっと我にかえり争いを止めるチュークと鞍馬、口論をしていたクワンウンと剛も視線をあげた。
「私たちは希望を持たなきゃ駄目!意味のない争いはやめて、やるべきことをやらなきゃいけないはずでしょ!」
半ばヒステリックに言い終えると、セーラは泣き出してしまった。
しばらく無言が続いた後、チュークはこういう。
「おまえさんたち、すまねえ!つい出来心で、我慢できなかったんだ!」
「チューク、悪いのは俺だ。チュークの言うとおり、俺はデイビーの虐待から一人だけ逃避してたんだ!俺は卑怯だ……。」
クワンウンと剛は口を揃えて言う。
「チューク、鞍馬、俺たちは何にも気にしちゃいない。仕方がないんだ……。今はとにかくここを脱出して、身分を得て回復させて、ここで生き抜く力を身に付けてよう。そして、いつの日か地球に、家に帰るんだ!」