第九話 三日目 外の生活
呼吸を整えて、俺は剣を持ち直して迷宮を移動する。
生身の体による戦闘が多いため、どうしても体の疲労が目立ってくる。
それに、地球ではそれなりに体を動かしていたとはいえ、動きながら敵と戦うようなことは経験していない。
連続戦闘にでもなったら、体力の面からやられそうだ。ウルフの落とした素材をカードにしまい、周囲に魔物がいないのを確認してから、レベルの確認をする。
なるほどな。レベルアップしたが、ステータスは一切上がっていない。
メニュー画面を展開すると、ステータスポイントが入っていた。
すべての職業の分だろうか、合計で100入っていた。
とりあえず、HPを除いたステータスは合計で十一個。平均で一つあたり約9の上昇か。
明人のステータスを戻ってきたから見せてもらったが、彼のステータスは1レベル辺り合計で60程度の上昇だった。
俺の職業が優秀なのか、サブにセットした職業の分も上乗せされているのか……どっちなんだろうな。
たぶん後者だと思うけど。
俺の場合は、その分能力に差がある。とにかく、問題としては筋力だ。
今回入った100のすべてを筋力に振って、霊体をまとう。
途端に俺の体には力強さが溢れた。
これなら、ウルフをより簡単に狩れるかも……。
迷宮内を移動していく。人が通って作られたのだろう。
草がむけ、薄い茶色の地面が真っ直ぐに伸びている。
少し進むと、道はいくつかに分かれる。
ただ、これだけくっきりと残っているというのは、つまりどれも人が多く通るというわけだ。変な場所に繋がっている、なんてのはないはずだ。
土を踏みつけ歩いていき、足場もしっかりと確認していく。
一人で戦闘する以上、有利な環境以外では戦いたくはない。
目を前、左、右へ……鋭くとがらし、敵の接近へすぐ気づけるようにする。
しかし、それから魔物とは遭遇しなかった。
魔物……少ないなぁ。
一階層だし、他の冒険者も狩っちゃうもんな。
一階層は皆が確実に通る場所であり、肩慣らしに使われることも多いのかもしれない。
迷宮が作り出す魔物の再生よりも、討伐のほうが早いのかも。
まさに、その被害にあってしまった俺は、仕方なく見つけた第二階層への階段を下っていく。
階段は十五段ほどであり、それこそ二階から一階へと降りるような軽い気持ちで下っていける。
何より繋ぐ階段に魔物はいない。僅かな踊り場には、第二階層から戻ってきたのだろうか、疲れたように休憩している冒険者がいた。
彼らは俺をチラと見てくる。その両目には、こちらを見抜こうとする強い観察の色が帯びていた。
「一人か?」
「はい。この先は大変でしたか?」
「なぜわかった?」
「……なんとなくです」
足の向きや第二階層を時々睨むような顔から、なんとなく分かっただけだ。
男は少しばかりの笑みを浮かべ、親指で下を指す。
「今日の第二階層は大量魔物発生日らしい」
「……確か、出現の感覚が早い、でしたか」
そんなこと聞かされてはいないが、それっぽいことを言ってみた。
一応、今の俺は冒険者だ。無知をさらして、何かマイナスがあっても嫌だしな。
「ああ。連続戦闘が基本になるから、一人ならそれこそ無茶をしないことだな」
「ありがとうございます」
「気にするな。平民同士、助け合っていくものさ」
男はそれから息を整えはじめ、俺は階段を下りていく。
本で読んだことがあるが、迷宮の一部の階層、あるいは迷宮そのものの魔物の出現率が上がるという日があるのだ。
男が教えてくれた通り、連続戦闘になることもあるが、魔物が多くいるため、無駄な移動時間がなくなる。
大変かもしれないけど、行くしかないな。
階段を下りて周囲を見る。一つ呼吸をしていると、足音が耳をついた。
……慌てて振り返るとウルフ二体が向かってきていた。
俺はどうにか部分展開でガードする。
危ない攻撃だったな。魔物も本気というわけだ。
距離をあけ、霊体が復活したところで、俺は武器を構える。
右手に持った剣を両手でしっかりと握り、左斜め上へと振りぬく。
ウルフの体を浅くきりつけ、返す刃で迫ってきたウルフを牽制する。
だが、ウルフだってやられてばかりではない。俺の動きをかわし、牙をつきたててきた。
霊体で受けながら、腕を引く。同時にウルフの横を奪うように移動し、霊体が回復するまでの時間を稼ぐ。
回復と同時に突っ込み、ウルフの攻撃をかわして両手に霊体をまとう。
かすり傷一つくらっても、俺の防御力では一撃死だ。だから、無駄に全身にまとうことは出来ない。
ウルフの振るった前足の爪が俺の体を掠める。生身の体に痛みはあったが、根性で捻じ伏せる。
そして、剣を振りぬく。
今度の振りぬいた剣は霊体の腕だ。ウルフも、先の俺の力ない剣に油断していたのだろう。
雑な剣であると、自分でも思う。がむしゃらに振るったその一撃は、ただのウルフを吹き飛ばすのには十分すぎた。
一体を倒したが、もう一体が攻撃してくる。
残ったウルフが爪を振ってくるが、剣で受ける。
さすがにまだ敵の全体重を支えるだけの力はない。けれど、うまく受け流すことができた。
もっと生身を鍛えなければならないな。
ウルフへ剣を叩きつけ、俺は最後の一体も倒した。
再びレベルがあがり、俺はステータスを確認していく。
RPGの序盤はどんどんレベルがあがり、技も増えていき楽しいものだ。
まさにその時期である今の俺は、一度のレベルアップで100単位で増やすことのできるステータスにほくそ笑む。
……筋力特化型。
あとは知らないとばかりに、俺はとにかく攻撃力に直結している筋力の値をあげまくる。
しばらく戦闘を繰りかえす。
この世界に敏捷はない。俺の肉体以上の動きは出来ないため、生身をきちんと鍛える必要がある。
普通に考えれば筋力の上昇であがるような気もするが、この数字は物理攻撃力、と表記するのが正しいのかもしれない。
階段の踊り場を利用して体力を回復しながら、狩りを行い続ける。
完全に作業のようになり、たまに気を抜いて危険な状態になり、そのたびに自分を叱りつける。
なんとも大変な狩りを終えたのは、外もすっかり暗くなってからだった。
迷宮から出て俺は、予想以上に時間が経っていることに驚いた。
夜になる前に急いで宿に戻らないとだね。
道中、今日の成果について考える。
魔石が100近く手に入ったはずだ。ただ毎回ウルフが落とすわけではない。ウルフの毛皮や爪など……そういった武器の素材となるものも多くあった。
武器の強化などは鍛冶師の職業があれば可能だが、どうせHPを使うだろう。俺には意味のない話だな。
とりあえず、夕食を食べるとするか。
宿に併設された食堂におりると、可愛らしいエプロンをつけた若い女性給仕が笑顔を振りまいている。
冒険者たちの宿、といった感じであり、魔石による明かりこそあるがどこか薄暗さの残る作りだ。
迷宮での稼ぎで生活している人は冒険者と呼ばれるらしい。
決して、無職ではない、と本に書かれていた。
食堂は木を中心とした造りだ。魔石を少なくすることで、俺のイメージする酒場といった空気を作り上げていた。
酒をあおっている人々や野生的に肉を手で掴みくらっていく人たち。
城での食事や、日本での食事とも違う……まさに食えれば何でも良いといった感じである。
食堂には様々な匂いが充満しているが、不快感はない。俺も一つのテーブルに腰かけた。
俺のように一人でいる人もたまにはいるようで、嫌な顔をされることはない。
食事に米料理があったので、それを注文してしばらく待つ。
「おまたせしました!」
店員の明るい声とともに運ばれてきたのは、牛丼のようなものだ。
温かな湯気をだした米の上には、いくつもの肉が乗っている。
魔物の肉だろうか。そういえば俺もウルフの肉がドロップしたなと思いながらそれを一口食べる。
魔物肉はあまりまずくはないとも聞いていた。
一口食べた感想としては、予想以上だった。醤油ベースのたれのついた肉類と、ほかほかのご飯が良く合う。
さらに俺は注文してしまった。とにかく、たくさん食べて体を作らなければいけない。
残りの日にちでどれだけできるかわからないが、空腹のまま運動をしても体にはあまり良くないとも聞く。
明日はここでいくつか弁当を作ってもらって、それから迷宮にでも向かおうか。
なんて考えながら、どうにかつめるようにして四杯を食べて、息を吐いた。
腹が張り裂けそうな気分だ。呼吸するたび、体がそのまま地面へとめりこみそうであった。
食堂の入り口には、良く見ると魔物肉の買取を行う旨の文章があった。
せっかくお世話になったのだし、ウルフの肉を引き取ってもらえるかを聞いてみるか。
近くを通った女性店員に声をかけた。
「ウルフ肉を……いくらか持っているんだが売れるんですか?」
「ウルフ肉ですか? はい、大丈夫ですよ! 今から売りますか?」
「はい。お願いします」
「それじゃあ、奥に行ってもらえますか? 店長に話を通しておきますので!」
快活な返事とともに、奥へと通される。食堂から出て、階段横の廊下へと入っていく。関係者以外立ち入り禁止とあり、少しばかり不安になる。
突き当たりまで行ったところで、扉が開いた。
奥は食堂のほうへと繋がっているようだ。
「いらっしゃい。キミがウルフの肉を売ってくれるって人かい?」
「ええ、はい」
若い男性の店長が微笑み、扉を突き飛ばすように全開にする。
中は簡素な作りをしている。店員の休憩場所として使われているようで、長テーブルに一人の店員が座っていた。
食事をとっているところなので、邪魔をしないよう隅の椅子に腰かける。
やがて、店長が俺の近くに椅子を持ってきた。
「今持っているのかな? 一つ二十ペルナで買おうと思っているんだけど」
……確か、宿に泊まったときが千ペルナだったか?
今ウルフ肉が二十個ある。他のウルフの素材をギルドに売れば何とか一日分の宿くらいは稼げるようだ。
王様に金をもらっていなかったら生活できなかったな。
ウルフの肉を二十個ほど取りだし、彼に渡す。お金を四百ペルナもらい、間違いがないか確認しておく。
「最近、この街に来たの?」
「そうですね」
「あ、やっぱり、精霊の使い様を一目みたいって感じかな?」
その言葉に一瞬ぎくりと肩があがってしまった。
その精霊の使いが俺なんだけどね……。
「……うーん、まあそうですね」
「そうだよね、そうだよね。たまに、こうやって精霊の使い様のおかげで街に人が集まってお金を落としてくれて、僕たちは凄い嬉しいんだよね。あ、これお客様に話す内容じゃないね、ごめんごめん」
「いえいえ。俺もそういう話は結構好きですから。精霊の使い様って人気あるんですか?」
「今回の精霊の使い様は、どうやら当たりみたいだからね。わがままな貴族みたいな奴らとは違って、礼儀正しかったって、出会った友人が言っていたかな」
「へぇ……」
それはよかった。
世界に多いのは圧倒的に平民だ。平民に嫌われていては街も歩くことができないだろうしね。
外見的な特徴して、精霊の使いを見極める手段はないようだ。
昨日、俺は迷宮に行かなかったが、街の移動ではかなり盛り上がっていたのだろうか。
貴族にちやほやされるのも慣れないというのに、大衆の前になど出たらどれほど大変だっただろうか。
一人行動をする上で、改めて参加しないでよかったと思った。
顔を覚えられてしまったら、街もおいおい歩けないな。
恐らく貴族たちは、自分たちに高まっている鬱憤などを精霊の使いでごまかしたいのだろう。
だから、まさに救世主様という扱いをしている。人々は、そういった奇跡のような力に期待するものだ。
そう考えると……貴族たちは俺たちをこの世界に留めておきたいはずだ。
城のほうは、大丈夫だろうか。