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オール1から始まる勇者  作者: 木嶋隆太
第一章 異世界(ハイファンタジー)
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第八十一話



 目が覚めた俺は、とりあえず治療がすんだことで体のダメージのほとんどは残っていなかった。

 それでも、傷がまた開く可能性もあるために、今日は安静にすることを告げられた。

 ……すぐに現実に気づいたが、落ち込んでばかりもいられなかった。

 俺が休んでいる間に様々なことが起きているはずだ。


 ……騎士たちは慌しかった。

 行方不明となった宰相と一部の貴族たち。彼らを捕らえるものもそうだが、宰相に従っていた騎士のあぶりだしが行われているのだ。


 ……宰相側の人間は確かに少ないが、それでも二割程度はいる。

 反乱の意志がそれだけあれば……大問題だ。

 王のやり方が間違っているかどうかは分からない。

 

 ただ、こういった場合は、上に立つものが偉い……正しい。

 そして、この状況で自分の意見を押し通すことができれば……それが正しいことになる。

 例え、それが反乱によって獲得したものだとしても……国の頂点に立ち、意見を述べられればそれが正しいこととなる。


 俺は庭に出てしばらく陽を浴びていた。

 ……ボーっとしながら空を見ていた。

 俺は……ずっとまともに思考が出来なかった。

 おきてすぐに思ったのが、アーフィのことだ。


 毎日目を開ければ隣で目をこすっていたアーフィ。

 ……寝なくても大丈夫だが、一度寝ると寝起きが悪いんだよな。起こすと少し不満そうにしているのが可愛かった。


 ……そんな顔が今日はなかった。

 何をすれば良いのか……考えが浮かばなかった。感情の切り替えは……得意なほうだと思っていた。

 けど、今は……それができない。のんびりと座っていた俺に影が落ちる。


「どうかしたのですか?」

「……桃」


 影の正体は桃だ。風で揺れる髪を押さえながら、微笑んでから俺の横に腰かける。

 

「話は聞きましたよ」


 そこで桃は一拍を置いてから、視線を俺から外す。


「……よかったじゃないですが」

「……何がだよ」


 この場にその答えはないだろう。

 思わず彼女を睨みつけると、桃はその顔に笑みを作っていた。


「いずれは戻らなくちゃいけないんです。……別れを苦しむよりかは、きっぱり諦められるでしょう?」

「……ふざけるなよっ。アーフィは、どうするんだよ!? 一人で苦しんでるのに――」


 俺の言葉を遮るように桃が体を寄せてくる。


「このまま……戻りませんか? 全部……この異世界であったことを忘れて。……アーフィさんのことも忘れて……。私と一緒にずっといませんか? 何でもします。あなたのためなら……前に話しましたよね? 私は、勇人くんのためなら……すべてを捧げられます。私がやることは、わかっているでしょう?」


 そういって彼女は俺のほうへ体を倒してくる。

 頬が赤く染まり、どこか熱っぽい桃の言葉の一つ一つを噛み締め、そして俺は息をはいた。

 ……ああ、俺のやることはわかっていたな。

 上から覆いかぶさるようにしていた桃は、その顔を普段のものへと変えていく。そして……俺から離れた。


「……ごめんな、桃」

「……そう、ですか。やっぱり、私では……ダメですか」


 桃はしくしくと手を目元へと持っていく。

 俺は苦笑しながら首を振った。


「いや、そうじゃないよ。こんな役を押し付けちゃってさ」


 そういうと桃はぺろりと舌を出した。


「そうですよ、勇人くん。なんだか呆然としていましたが、あなたは最初からやりたいことなんて決まっているでしょう? 一度決めたら、人の制止も聞かずに」

「元に戻った……かはわからないけど、やりたいことは見つかったよ」

「勇人くんは、一度決めたらきちんとやる良い子です」


 そういって俺の頭を撫でてこようとしたので、かわす。

 追いかけてくる桃が一瞬霊体をまとって一気に加速して、俺の体を捕まえてきた。

 卑怯め……と俺も霊体をまとって抵抗しようとしたのだが、


「ですが……私だってそんな良い子ではありませんよ? 半分は、本当にこの隙にあなたを私のものしちゃおうと思っていましたよ」


 頬に軽くキスをしてきて、桃は片手を振って去っていく。

 ……ありがとな。


「……ただ、時間はあまりないはずです。もしも……あなたがこの世界に残るのなら、また話は違うかもしれませんが」

「いや、それないよ。必ず……時間通りに戻ってくる」


 俺は俺の救いたいものを救うために強くなった。

 それに、アーフィが入っていないわけがない。

 念じれば……アーフィがおおよそどこにいるのかはわかる。既にこの街を離れている……だが、はるか南のぺドリック国ではない。

 この感じからして……相手はどこかに身を潜めているのだろうというのがわかった。

 

 だから俺はすぐに準備を整えるために、騎士団長達の元へと向かう。

 ……騎士たちが集まっている建物へと向かったのだが、訓練場には、多くの人間が集まっていた。

 あれは、学園生の服か。そういえば……そんな話もあったか。

 訓練場を使い、騎士たちと実際に剣を打ち合っているアジダや、クーナたちの姿があった。


 大会で力のあった人間たちがここには集められている、だったか。

 恐らく、それ以外の学園生も、すでに街に入って、一般人の避難誘導などの指導を受けているだろう。

 彼らを邪魔するつもりはなかったのだが、汗を拭っていたアジダが俺のほうを見てきた。


 そして、驚いたような顔をする。さすがに騎士の手前、声をかけにはこれないようだった。

 俺が近づくと、騎士が俺に気づいて頭をさげる。片手で彼の行動に返事をしていると、アジダが口をぱくぱくとしている。


「……ハヤト? 貴様学園を去ったのではなかったか?」

「アジダ……久しぶりだな」

「いやぁ、久しぶりだ。……まさかおまえがいるとはな。ふん、怯えて逃げ出したのかと思っていたが……さすがだな。まさか、先に城に――」


 といったところで、騎士が声をあげる。


「……おまえ、さっきから精霊の使い様であるハヤト様に向かってずうずうしいのではないか?」

「はへ?」

「騎士さん、別に俺は気にしてないし、むしろ、そっちのほうがいいからいいよ」

「そ、そうですか? なら……仕方ないですね」


 騎士は口を閉ざしたが厳しい目をアジダに向けたままだった。

 アジダは酸素を求めるかのように口の開閉をくりかえし、指差してくる。


「……セイレイノツカイ?」

「まあな。けど、気にしなくていいよ」

「ドヘェェ!?」


 アジダが両手をあげ、奇妙に片足をあげたポーズで固まった。 

 しばらく彼が落ち着くのを待ち、ようやく彼が思い出したように声をあげた。


「そういえば、アーフィは一緒ではないんだな。いつも一緒にいたわりには珍しい」

「アーフィは……その」


 俺の顔を見てアジダが何かを感じたのか、ぐっと近寄ってくる。

 

「どうした? 何かあったのか?」

「……いや」


 ……あまりはっきりとは伝えられない。

 だが、彼がここにいるというのはなかなかにラッキーだ。

 今の俺がこの城内で信じられる人間は、少ない。アジダは貴重なその中の一人だ。

 簡単に事情を伝えると、アジダは目を厳しくした。


「それで……どうするつもりだ?」

「これから助けに行くんだ。……ただ、俺には時間があまりないんだ。そこだけが、心配だな」

「時間、か。向こうの世界に戻る……ってことか。アーフィには話しているのか?」

「……まあな」


 アジダはしばらく悩むように首を傾げてから、腕を組んだ。


「さすがだな、おまえは。……迷いなく、助けにいけるだなんて」

「いや、迷ったよ。……けど、俺にはやっぱり難しいことなんて考えられないんだよ。やりたいことを絞って、それを実行するしかないんだ」

「……それが凄いんだよ。とにかくだ、何か協力できることがあったら相談してくれ」

「ありがとな、アジダ。俺からいいたいことは一つだ」

「なんだ?」

「災厄との戦いを、無事に生き残ってくれ」

「……ああ、わかったよ」


 アジダがこくりと頷いて、俺は彼から離れた。

 訓練場から騎士の建物へと入る。俺に気づいた騎士が、騎士団長たちがいる作戦会議室に連れて行ってくれた。

 黒羽、竹林たちの姿もそこにはあった。俺に気づくと、黒羽は視線だけをよこし、竹林が笑いながら手をあげる。


「ハヤト殿、どうしたんだ?」


 騎士団長が声をあげる。……テーブルにはこの街の地図があり、あちこちにチェックが入っている。

 ざっと見た感じ、魔法などのトラップや、騎士たちの配置について打ち合わせをしているようだ。

 

「ハヤト、おまえには当日、前線に立ってもらう」


 黒羽はちらと俺を見て、先にいってきた。

 少しでも断れないように彼がそういってきたのだろう。それは正しいが、俺は首を振った。


「勝手かもしれないが……俺はアーフィを助けに行かせてくれないか? ……散々、わがままをいって作戦に参加できないことになるかもしれないが」


 黒羽の目が厳しく尖る。


「……何を言っているんだ? 確かに気の毒かもしれないが、おまえは日本に戻りたくはないのか?」

「戻りたい。だけど、今ここで戻ったら俺は心残りがあるんだよ」

「おまえを中心に作戦は組み立てているんだ。なのに、どうするつもりだ? 今さら変えるのか? それに、敵はかなりの強敵なんだろう? 勝てるかどうかもわからないのにいくのか?」

「全部……分かってるよ。けど……やっぱり、アーフィを放っておけないんだよ。俺にとって、大切な奴だから」


 黒羽が呆れたように目尻をあげる。

 一触即発のような空気が生まれる。それでも俺は、自分の考えを変えられない。

 アーフィをこのままにするつもりは毛頭ない。

 しばらく睨みつけてきていた黒羽の肩を、竹林が叩いた。


「あんまり意地悪するなよなぁ。おまえ、今日の作戦会議は勇人なしで考えるっていっていたじゃねぇか」

「……わざわざ言うなよ。こいつが折れて、戦力に加わってくれたかもしれないだろ」


 黒羽がそっぽを向いた。

 ……最初から、俺のことを考慮してくれていたのだろうか。


「ハヤト行ってきていいぜ? ただ、おまえが戻ってくるときには、災厄もなくなって……戻る機会を失うかもしれないけどな?」

「そんだけやってくれるなら十分だけどな」

「勇人に任せていた部分を全員でやれば可能だってのっ。オレだって強くなったんだっ」


 だろ? と竹林が全員に視線をやる。

 みんなが、頷きアーフィを連れ戻すように言ってくれる。

 感謝したい、レベル上げを手伝ってくれたこと……などなど。

 アーフィ、おまえかなりみんなに好かれているみたいだぞ。


 彼らの言葉をしっかりと聞き、強くうなずく。

 ……ここまで言ってもらい、チャンスをもらったのだ。

 これで、情けなく敗北したなんてあってはならないな。

 俺は彼らの言葉をしっかりと胸に抱き、騎士の建物から出た。

 そして……すぐにリルナの元へと向かう。


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