第七十一話
午後になり、アーフィと桃にはレベルあげに向かってもらう。彼女たちは次の戦いでもっとも必要な戦力の一つだ。
少しでも強くなってもらわなければ困る。
「ハヤトはこないの?」
悲しげに目を伏せてくれたけど、俺もやらないといけないこともある。
ただ、最近はあまり彼女と二人で迷宮に行ったり、遊びに行ったりといったことがない。
もう、それほど、一緒にいる時間もないのだ。
少しは時間を作ったほうが良いだろうか。頭の片隅におきながら、俺は彼女たちを見送った。
俺はそれから、順位表を見ながら歩いていく。
目的は、最弱の魔法使いグループたちとの接触だ。
彼らは無所属……というかまあ、どちらかといえば黒羽寄りだ。
けれど、黒羽、明人たちのどちらにもあまり期待されていない存在だ。もっといえば、微妙すぎるためにそれぞれ居場所がなくなり、どうしようもないという状況だ。
だから、俺はそいつらに接触し、仲間にならないかと誘う。
長い通路を歩いて行き、時々すれ違う貴族、メイド、騎士の様々な視線を浴びながら、やがて俺は一人の魔法使いのもとへとやってきた。
光、土、水の魔法使いが、それぞれ2人ずつ、合計6人いる。
彼らは揃って順位表でビリのほうにいる。その中の一人、土魔法使いの竹林の部屋をノックする。
部屋にいることは、昼食の際にメイドに確認している。
「……どうしたんだ?」
「こうして話すのは初めてか?」
「ま、そうかもな。おまえたち、俺とは違って目立つグループだったしな」
明人たちは確かに目立っていたかも。俺たちはそれぞれ性格こそ違かったが、一緒にいることが多かった。
特に明人がいることが目立つ大きな原因だ。彼が微笑を振り負けば、それだけで人が集まる。
部屋にあげてもらいながら、出来る限り穏やかな表情で話す。彼からすれば俺はどちら側の人間かはわからないだろう。
竹林の顔に警戒の色が見える。けれど、それでも俺の話を一応は聞いてくれるようだ。
「それで、どうしてここにきたんだ?」
「なにも、変な話をするためじゃないよ。まず、お互いに理解を深めようじゃないか」
「理解? なんのだ?」
彼は怯えている様子を見せている。
……元来そういう性格なのだろう。
霊体を目にまとっているおかげか、彼の心が手に取るように見える。感じるのだ、大きな恐れを。
「俺は、地球に戻るために戻ってきたんだ。それであんたたちはどうなのかなって思って話がしたくなったんだよ」
「……あんたたち。つまり、オレたち底辺にいる魔法使いたちのことを指しているのか?」
「言い方は厳しいかもしれないけれど、そうなるね」
竹林は顎へと手をやり、しばらく悩む様子を見せる。
俺をじっとみてくる。俺の真意を汲み取ろうとしているようだ。
隠す必要もない、すべてをさらけだす気持ちでじっと彼をみる。
やがて竹林はふー、と息を吐いた。よっぽど緊張しているのか、額には汗が浮かんでいる。
「オレたちをどうするつもりなんだ?」
「チームを組まないか?」
「チーム? オレたちなんて騎士と同じ程度の力しかないんだぜ? 第一、みんな戦闘なんてできない臆病者だっての。どうにかレベルを5まであげたけど、それ以上戦うことができずにいたような奴らさ」
「なら、この世界に残るのか? 戻りたい気持ち、その理由はなんでもいい。戻りたい気持ちがあるなら、戦うための力が必要なことも理解出来るはずだ」
竹林の顔には強張りが生まれる。歯噛みした彼はぐっと拳を固める。悔しさか、彼の体は震えている。
睨みつけるように彼はこちらを見上げる。
「……わかってるよ。けどな! 俺たちには戦うための優遇されたステータスがあるわけでもないッ! 職業技だって、他人の補助ばっかりだ! ……散々に、おまえの友達に利用されたあげく、レベル差がついて、捨てられたんだよ! オレたちはそれぞれで迷宮に入って、レベルを上げようとしたさ。けど勝てないんだよ。武器は杖しか装備できない。杖にはさして攻撃力がないせいで、オレたちは職業技に頼るしかない。にもかかわらず、職業技はカスなんだ。これでどうやってレベルあげしろってんだ?」
彼がまくしたてるようにして、溜め込んでいた感情を爆発させる。……よかった。
彼らの心はまだ死んではいない。ならば、俺がレベル上げを手伝えば十分に戦力として期待できる。
「ステータスを見せてくれないか?」
「なにが言いたいんだよ。おまえだって、どうせ、あいつらと何か企んでいるんだろ?」
「企むはずがないだろ。あいつらには散々に言われたからな」
Lv5 キョウ・タケバヤシ 職業 土魔法使いLv1
HP210
筋力92 体力89 魔力164 精神128 技術80
火20 水18 風32 土60 光34 闇23
職業技 アースウォール
さらに事情を聞いてみたところ、どうやら彼らは全員職業技にめぐまれなかったらしい。
ステータスも他の精霊の使いに比べて伸びが良くない。彼らだけで狩りに出ても、魔物を狩るのに時間がかかりすぎるという問題がある。
そもそも戦闘自体に慣れていないしね。使える武器もロッド、杖などで、決定打にかけるらしい。
経験値はその戦闘でのトドメをさした人に入る。あとは、ダメージを与えた人もなのだが、やはりトドメをさした人に多く経験値が入る。
その点アーフィは凄い。アーフィは霊体をもっていないからか、弱らせたとしても経験値を奪われることがない。
彼らにも同じように訓練をつけることができるだろう。
「レベルあげなら、俺たちが手伝う。経験値を効率よくためる方法はいくらでもあるんだ。だから、迷宮に一緒にいかないか?」
「……」
手を差し出すが、彼はどこかまだ疑いの目を持っている。
それを感じ取りながら、俺は小さくうなずく。
「別に今すぐじゃないよ。ただ、あんまり時間もないんだ。明日には……竹林を含めた魔法使いメンバーで狩りに行きたい。だから、それまでに考えておいてくれないかな?」
「……わかったよ」
竹林が短く言って、俺も笑顔で頷いた。
去ろうとしたところで、竹林が短く声をあげる。
「……おまえ、何かちょっと変わったか?」
「変わった? そうか?」
「いや、別にオレもおまえのこと良くしらねぇけどさ。……なんか、雰囲気が柔らかいというかなんというか」
……前の俺はそんなだったか?
まあ、けど……仲の良い人以外とはあまり関わらなかったな。
竹林の部屋を去ったあと、リルナに会いに行く。
部屋にはいなかったが、城の中庭にあるテーブルで紅茶を飲んでいるという話だったのでそちらへと向かう。
彼女はピンと背筋を伸ばし、皺一つないドレスを着て優雅にティータイムを楽しんでいた。
本当に別人だよな、こいつ。
こちらに気づいたリルナは穏やかな笑みとともに
「リルナ、前の精霊の使いたちは結局どうなったんだ?」
「前の? ……うーんとね、みんな元の世界に帰っていったよ」
「本当か?」
「うん。だって、誰も残らなかったからね」
「……そうか。その前の精霊の使いってのは、俺たちと同じ地球の人間だったか?」
「うーん、違ったと思うよ」
……となると、もっと別の世界がいくつもあるんだな。
けど、毎回数人はおかしくなっているという話もあった。
そいつらも大人しく戻ったのか? 疑問が残る。
リルナへの用事はそれだけだったが、彼女が無理やりに紅茶を勧めてきた仕方なく一緒に飲む。
その後、書庫で情報収集していると、アーフィが城へと戻ってきたのがわかった。
眷属としての力は便利だな。部屋に戻ると、アーフィと桃と合流する。
「ハヤト、無事に終わったわよ」
「……あの、勇人くん? アーフィさんの力、異常じゃないですか? 敵をボールみたいに扱っているのですが」
……まあ、桃はそれほど星族について詳しくなかったようで、察することはできなかったようだ。
桃の発言でアーフィははっとしたように顔を青ざめる。
いや、アーフィには事前にこうなっても大丈夫と話してある。俺のほうに不安げな顔を向けてくるアーフィをみて、桃の追及の目が厳しくなる。
「桃、それについては後でリルナも交えて話そうと思っているんだ。そのときでいいか?」
「……気になりますが、話してくれるならわかりました」
桃にもそうだが、何よりリルナに話しておきたいのだ。
……俺がいなくなった後、アーフィを任せられる奴はリルナくらいだ。
まあ、ファリカとか、事情を話せばカレッタも手を貸してくれるかもしれないけど、俺としてはリルナが良いと思った。
王女という立場の彼女ならば、星族の立場も変えられる……かもしれないし。
桃と別れ、部屋にアーフィをあげる。
アーフィはもうずっと不安そうだ。
「は、ハヤト。私、どうしようかしら!」
「……アーフィ。ずっと考えていたことがあるんだ」
そう前置きをすると、彼女はごくりと唾を飲み込む。
「……アーフィ、桃とリルナにおまえの秘密について話してみないか?」
アーフィの表情は固く強張った。




