第六十八話
「おはようございます、ハヤト様」
やってきたメイドに案内されるままに城内を歩いていく。
まだボーっとしているアーフィと並んでいると、視線がいくつも集まった。
俺に気づいた貴族たちは一瞬遅れて、俺が誰かを認識する。
認識してからの顔は、様々だ。
素直に驚いたような顔。
今さら何をしにきたのかといった顔。
とにかくみんなに共通しているのは、俺を馬鹿にしたように見ることか。
やがて、リルナの部屋へと到着する。
……あれ? 朝食はクラスメートたちととるんじゃないのか?
とりあえずは中にはいると、すでに桃がいた。
「合流してから食堂にいくのか?」
「……食事の時間はそれぞれになっているんです。朝まで色々と忙しい人たちもいますからね」
桃が濁して言ったが、まあ理解はできた。
わざわざ食堂で集まって食べるなんてのは、俺が去ってから一週間だけだったらしい。
リルナの部屋に運ばれてきた料理を口にしながら、俺が去ってからの城での出来事について話を聴いていく。
全員で迷宮を攻略していった。そして一つを攻略したところで……段々と崩れだしたらしい。迷宮内での活躍によって、パーティメンバーの経験値がバランス悪くなっていく。
活躍した人にばかり経験値が集まり、後方支援しか出来ないような回復系の職業技を覚えてしまった魔法使いは、もうどうしようもないらしい。
順位表を取り出してみると、確かにしたのほうに、水、土、光魔法使いがいた。
これらは、最初から他の人間の霊体を治す魔法しかなく、活躍することができなかったらしい。
……つーか、申し訳程度に俺ともう一人のオール1を同率三十位で書き残さなくてもいいってのに。
「迷宮の攻略が終わったところで、迷宮にあった宝箱から魔器が手に入りました。その、所有権を争ってそれぞれが戦い……手にしたのが明人くんでした。明人くんたちはいつも三人で行動し、どんどんレベルを上げていき、他の追随を許さない勢いで成長していました」
「……なるほどな。それで、現状は?」
「明人くんを中心にしてのグループが一つあります。それと……もう一つは、三位の黒羽くんを中心としたグループです」
「派閥が二つに別れたのか」
「はい。明人くんたちを中心とした、この世界に留まりたいと思う派と、黒羽くんを中心とした帰還したい派……それと、私のような無所属ですね。今はこの三つのグループで完全に別れてしまっていますね」
「はい! これが、二つのグループの順位だよ!」
ぺらとリルナが紙を渡してきた。
……明人のグループは、上位の人間たちばかりで構成されている。
黒羽のグループは下位ばかりだな。
黒羽が三位で、次は二十位……。
こりゃあ、黒羽のグループが完全に敗北しているな。まあ……お互いに考えのすれ違いはあれど、押し付けることがなければ争うこともないだろう。
「別に、直接戦うわけでもないんだろ? だったら、いいんじゃないか?」
「……そうなのですが、ことあるごとにちょっかいを出してくる貴族やクラスメートもいるんです。そうなると、どうしても無視はできないんです」
「面倒なことになってるんだな。帰りたくない奴らの代表は……明人か。後で話しをするとしようか」
「それも……うまくいくか」
ぼそりと桃が不安なことを言ってきたけど、まあさすがに俺たち日本じゃ友人だったしな。
朝食を終えた俺はすぐに席を立つ。
「ハヤト、私はどうすれば良いかしら?」
「ここから先の問題は俺たちだ。とりあえずは、待機していてくれ。何かあったとき、リルナたちをよろしくな」
「……了解だ」
「あっ、待ってよ! パパに報告をしないと!」
「そうだったな。なら、ちょっとばかり行ってくるかね」
「うん! それじゃあ、二人ともちょっと行ってくるね!」
リルナがすぐに立ち上がり、彼女とともに部屋の出口へと向かう。
……アーフィと桃を二人きりにするというのは大丈夫か?
二人が一体どんな会話をするのか少しばかり気になる。そもそも桃は余計なことを教える性格をしているしな。
心配の気持ちを抱きながら桃を見ると、ぐっと親指を立ててからかうように口角をあげた。
まるで安心できねぇな。部屋を出てから、スキップでもしそうなリルナを横目に歩いていく。
そして……久しぶりの王の自室へとやってきた。
騎士二人が俺に気づくと、訝しむような顔とともに敬礼をする。
……俺の立場なんてそんなもんか。
リルナが話しをすると、すぐに通される。その際、騎士が軽く俺の背中を叩いた。視線を向けると、馬鹿にした顔があった。
「……精霊の使いのくせに、オール1のステータスで今さら何をしにきた?」
「……」
言い返すだけ無駄か。
力なんてのは自分からひけらかすものではない。
必要のない争いほど、無駄なものはない。
部屋へと入ると、王が満面の笑顔とともにかけてくる。
え、抱擁しろってか? 両腕を広げてくる王を避けるわけにもいかず、俺は彼の巨体を受け止める。
ずっしりとした身体は汗ばんでいる。……昨日結局風呂には入っていないし、明人との再会は風呂の後にでもしようかな。
「おぉ! 生きていてくれたか! 本当によかった! それだけでわしは嬉しいんじゃよ!」
ばしばしと背中を叩いてくる王は、それから首を捻るようにリルナを見る。
「……そういえば、おぬしたちは迷宮都市で出会ったのかの? あれは……どうだったんじゃ?」
「それは――」
リルナがあのときのことについて説明する。
……色々と問題はあったが、無事であることを知ると王はようやくホッとしたように息を吐く。
それからリルナは穏やかながらもどこか強い態度とともに王を見やる。
「ねぇパパ。……あの宰相さんって、昔迷宮都市に行った事ある?」
単刀直入だなおい。
「……むぅ、たぶんないんじゃないかのう。それを、迷宮都市のあやつが言っておったのかの?」
「いや、そうじゃないんだけどね。それならいいよ」
「そうかの? ……そういえば、あそこで戦っていたのはおぬしだったのかの?」
……どうやらあの場について俺かどうか疑問があるようだ。
まあ、彼の中でもまだ弱いステータスを持った俺しか知らないのだしそうなるか。
俺が小さく頷くと、王はニコリと笑った。
「なるほどのぉ。どうやったのかは分からぬが、強くなる手段があったのじゃな! 後は、無事に災厄を片付けてくれれば、それで全部解決じゃのっ」
王が笑い、俺も微笑を返した。
とりあえずの報告を終え、王の部屋を後にする。
リルナと並んで歩き、周囲に人がいないのを確認したところで、リルナを見やる。
随分とのん気な顔をしている。彼女の質問は、結構ひやっとしたんだぞ。
「……おまえ、良く聞いたな」
「うん。もしも、宰相さんが悪いことしているなら、私が止めないとだから。パパも、信頼しているから、疑えないと思うんだ」
王としてそれはまずいだろう。
……けれど、王の前に一人の人間だ。どれだけの仲の深さかはわからないが、宰相のことをリルナも信頼しているようだ。
もしも本当に何かを企んでいたのならば……つらいだろうな。出来る限り、力になってやろう。
「けど、他にやり方があるだろ?」
「こっちには最強の手札があるんだよ? ある程度の無茶をして……私がピンチのときは、助けてくれるよね?」
「助けないかもだぜ?」
「えー? 私を守らないで、死んじゃったらモモが悲しむかもだぜ?」
「……おまえ、頭良いというかずる賢いというか」
「へへ、どっちも褒め言葉だね!」
……彼女はどこまでを考えているかは分からない。
けれど、現状俺というそれなりに強いカードがあるのだ。
そして、相手は俺を知らない。
俺の実力を知らないため、王女のリルナが邪魔となれば、すぐに行動してくるだろう。
だが、それを撃退する力がある。
行動すれば、何かしらの痕跡が残り、敵の正体が掴みやすくなる。だからこそリルナは、あえて無茶とも思われるようなさっきの質問をしたのだろう。
俺が見た感じでは、たぶん王は嘘を言っていない。
「それじゃあ……次は明人たちか」
「そっちは、頑張ってね! 案内はメイドに任せるよ!」
……まあ、リルナがいても状況をややこしくするだけか。
リルナの自室まで戻ってきたところで、メイドに部屋を案内してもらう。
明人の部屋まできたところで、メイドがノックをする。
しばらく待たされる。いないのだろうか。
「明人様は今の時間は楽しんでおられるでしょう」
「……ああ、そうか」
明人もしているんだな。
もしかしたらこの世界で誰か好きな人を見つけられたのかもしれない。
結構女性関係で困っていることが多かった彼だ。友人としては嬉しい部分もある。
しばらくしてから、扉が開けられる。中から出てきたのは上を羽織っただけの明人だ。
……彼の後ろには、獣人だろうか。複数の女性がベッドで寝ていた。
……少し驚いた。それは明人も同じだったようだ。
彼は、疲れたような顔で俺を睨んできた。
あの温厚な笑顔はどこにもない。そこには大きな侮蔑だけだった。
「どうしたんだよ、今さら」
「……少し話がしたいと思ってな」
「話? まったく、キミは野暮な奴だな。今俺はここで楽しんでいるんだ。見てわからないか?」
「見たら分かったよ。出来れば見たくはなかったけどな」
ばっと手を広げた彼が示した先にいた獣人たちは戸惑いながら俺のほうへ視線を送ってきた。
全体的に幼い顔たちだ。
……彼の趣味について、今はどうでも良い。
俺はここへ、一つだけ報告にきただけだ。
「俺は災厄を蹴散らして、元の世界に戻る。おまえはどうするんだ?」
「……くっははは!」
そう伝えると、彼は途端に大きく笑い出す。
額を押さえていた彼は、それから愉快そうにこちらを見下してきた。
「オール1になってしまったキミに、何ができるんだ?」
「おまえが、俺に投票したのか?」
「さぁ、どうだろうね?」
……そういった彼は大きな嘲笑を浮かべる。
わからない。彼の本心が見えてこない。
ここまでの悪意を存分に前に出されると、さすがに見破れなかった。
というよりも、彼から俺に対しては嘲りしかないのだ。
嘘を隠そうとしていれば見えるのだが、果たしてこれは――いや、もういい。
「……おまえ、本当にどうしたんだよ。そんなに、自分のステータスに酔っているのか?」
「酔う?」
そういった彼は霊体をまとい、同時に何かを放ってきた。
真っ直ぐに飛ばされてきたその弾丸のようなものを俺は即座に展開した霊体で防いだ。
だが、それで霊体は消滅し、にやりと彼は笑った。
さらに、彼は俺を威圧するように右手に先ほどの力を溜めていた。
「その程度の霊体で、何ができるんだ?」
「……いいから、質問に答えろ。自分のステータスが成長して、そんなに自慢したいのか?」
「その言い方はやめろっ、気に食わない。俺は自分の力を理解し、そしてこの世界でならトップになれることを理解した。だからこそ、俺はこの世界に残るんだよっ」
「……そうか。わかったよ。なら、邪魔だけはするな。本気で帰りたい奴にちょっかいを出すような真似はするなよ」
「ははっ、別に邪魔はしていないさ。ただ、訓練をつけてやっただけだよ」
彼には何を言っても無駄なのだろう。
……軽蔑に近い感情が浮かびあがる。もう、俺は明人とともにあの高校生活を送ることはないだろう。
俺は彼と顔を合わせているのさえ気分が悪くなってきて、背中を向ける。
「ああそうだ。桃は戻ってきたのかい?」
「……戻ってきたよ」
「そうか。……やはりキミか」
ぼそりと呟いた彼には、憎しみが込められていた。
明人を見返したが、彼はすでに部屋へと入っていった。
……後、光一郎と純也の二人か。
二人はせめて、少しはまともな状況でいてほしい。
メイドにたのみ、彼らの部屋へと案内してもらった。




