表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オール1から始まる勇者  作者: 木嶋隆太
第一章 異世界(ハイファンタジー)
70/143

ファリカイソウ5

 家族を失った私は、シェバリア家に引き取られた。

 これには、シェバリア家と仲の良い家から様々な意見が出たらしい。

 精霊使いの私は、この家にはふさわしくない、とか……。

 ……なんでもよい。


 私は無感情に彼らの話しを右から左へと流していく。

 と、グラッセが苦笑するように私のほうに来た。


「……大変だったね。僕はキミに同情するよ。両親が裏切るなんて……最低だね」


 ……グラッセは私の嘘をそのままに信じ、そして憎しみを抱いていた。

 優しいのだろう。

 私を気遣ってくれる言葉はありがたかったが、それらはすべて私の心にグサグサと突き刺さってくる。

 

 グラッセはそんな私に毎日声をかけてくれ。

 ……一応は婚約者ということもあるからだろう。

 その家で私は毎日精霊への祈りをこめる。


 それらに、感謝の心はない。すべては、憎しみで形作られていた。それでも、私が天罰を受けることはなかった。

 時々、グラッセの部屋に呼ばれて、彼の話を聞く。


 彼が話す内容は、本当に意味のないものだった。

 たぶん、私を元気付けようとあれこれ話題を持ってきてくれたのだろう。必死に彼が色々と話してくれるが、私はただ頷くだけだ。

 

 彼は悪い人ではないのだと思っていた。けれど、敵側の人間だ。話を聞く価値はないと思っていた。

 相当につまらない奴だと思われていたかもしれない。


 けれど、グラッセは毎日楽しそうに話をしてきた。

 ……ここにいて話が出来るのは彼くらいしかいない。


 それが何年か続いたある日のことだった。

 グラッセが当主を引き継ぐことになった。まだ十四歳と若かったのだが、バイドの体調が急変したことが影響していた。

 そして……それからグラッセの態度が急変した。……そりゃあ、毎日あしらうように扱っていたのだ。

 愛想をつかされたのだと思っていたが、どうも様子が違う。

 まるで、別人にでもなったかのように、グラッセは変わった。


 当主としての自覚か……私の大嫌いな前当主バイドのような目を、話し方をするようになった。


「ファリカ。おまえはどうして俺の言うことを聞かない?」


 そういって彼は私を強くにらみつけた。

 ……その眼差しにはなんだろうか、グラッセの普段の目がまるでなかった。

 ――彼も結局はここの人間だった、のだろう。


 私は彼に強く睨みつけるだけだ。そうすると、首を絞められ、殴られ、蹴られる。

 ……まだマシなほうだ。

 迷宮都市では未婚の女性に対して、無理やりに性行為などをすることは禁止されている。


 精霊様によって禁止されているからこそ、私は無事でいられる。

 ここが、外の世界ならばもっと酷い扱いを受けていたかもしれない。そこだけは、ここの精霊に感謝していた。


 地獄のような日々が続いた。

 ……あれからどれくらいの月日が経っただろうか。


 その日、私はグラッセの言葉に少しの不満をみせ、地下牢へと入れられていた。体にはいくつかの打撃の痕が残っていたが、もうこの痛みにもなれた。

 私は放り入れられたパンを右手で掴む。


 今日は国の偉い人が来ているとかで、グラッセが地下牢へ来ることはもうないだろう。

 私は壁にくくりつけられている鎖をにらむ。右手だけはそれによって拘束されていた。けれど、それ以外は自由で近くに転がっている剣をつかんで遊ぶ。

 無力さが胸にうまれ、私は顔を顰める。

 いつか……復讐できる日は来るのだろうか。


 その日を思うと、どうしても涙が出てきてしまうのだ。

 不可能に近いことだから……。

 こういう暗い、一人の夜は……どうしてもあのときのことを思い出してしまう。


 少し……寝ていたのかもしれない。

 目元にはうっすらと涙が浮かび、私はそれをあいている手で拭う。

 そこで、異変を感じた。


 地下牢の入り口が騒がしかったのだ。そして、人が吹っ飛ばされて来た。

 かつかつと、一定の速度で誰かが迫ってくる。

 ……グラッセ? だとしたら、どうして部下を吹っ飛ばしたの?

 疑問と恐怖で、私はしばらくそちらをじっと見る。


 魔石のわずかな明かりに作られた影が、揺れながら近づいて来る。

 やがて現れたのは一人の男だ。

 彼は私に気づくと迷いなく近づいて来た。男は……仮面をつけていて誰かはわからない。

 けれど、見たこともない体格だ。もしかして……今日やってくるといっていた外の人か?


 だとしたら、この状況はなに? ……私が、狙われている?

 不安が胸を襲う。彼は倒れている男の体を調べている。

 男の服をはいだが、結局目的の物は見つからなかったようだ。 


「ちょっと待ってろ」


 彼はそれから、諦めたように剣をつかみ、牢屋へと数回たたきつける。ばきんと、頭まで響く音とともに扉が壊れた。

 彼の顔をちらとみた私は、すぐに近くへと手を伸ばす。転がってきた剣をつかみ、壁を破壊して腕を引く。


「待て待てっ。俺は敵じゃないぞ!?」


 男が叫ぶが……敵じゃない、なんていう奴を疑わないわけがない。

 私は霊体をまとい、仮面をつけた男へと向かう。忌々しいが、自分の命には変えられない。

 魔法を発動し、彼へと火を放つ。生活の補助程度の魔法、陽動になればと思ったが、その魔法はあっさりと剣によって薙ぎ払われる。


 相手は格上だ。それでも私は彼へと跳び、剣を振り下ろす。

 そして、息を飲む。彼は霊体さえまとわずに片手で剣を止める。

 異常な力……勝てるわけがない。彼の右手があがる。


 恐怖が全身を包み、何やりも成し遂げなければならないことが頭へ浮かぶ。ここで、死ぬわけにはいかない……!


 だから、暴れようとしたのだが、彼の拳が私を捉えることはなかった。優しくポンと頭を叩き、それから私の手の甲を撫でた。

 そっと、風がその手の甲を撫でた。……不思議な、今までに見たこともない力だ。

 その風が、私の手にかきこまれた紋章を、拭い去る。


 忌々しかったこの力がなくなり、私は彼へと顔をあげる。


「あなた、何者?」


 行動の理由がわからない。彼は困ったような様子を見せてから、仮面を外す。

 精悍な顔つきの彼はどこか澄ましたような様子に笑みをつくる。


「おまえを助けに来た」

「助け、に?」

「こっちのグラッセを仕留められればそれでいいんだが……さすがに難しいか。まあ、目的はおまえの救出だし、とにかく逃げるぞ。時間がない」

「……ま、待って。私は……」

「このままここにいても、おまえは子どもを生むための道具にされるだけだ。復讐だって成し遂げられない」


 ……どうしてここまで事情を理解しているのだろうか。

 疑問はあったが、それよりもずばり指摘されて頭にきた。


「あなたに、それを言われなくてもわかってる! けど……」

「わかってないね。けど、ここで一人でいなくても、近いうちに協力者が出て来るさ。ゆっくり力をつけて、それで改めて戦えばいいだろ?」


 まるですべてを諭すように、彼は穏やかに笑った。

 ……彼のいうとおりだ。

 今の私ではどうしようもない。仮に……彼の救出を拒み、機会を窺っていたとしても……成功する自信はなかった。


「わかってる……わかった」


 それが一番だろう。可能ならそうしたかった。けど、私にはこの方法しかなかった。

 彼は私の手をつかみそのまま迷宮を移動する。

 警備がいたのだが、彼はそれこそ呼吸するように倒していく。

 凄い……。私を庇いながら、まるでそのことを感じさせない綺麗な剣だ。

 そして、彼は探索者の職業を持っているのか、迷宮を一つずつ移動する。


「どうして一気に移動しないの?」

「なんでもいいだろ」


 何か意図があるのかもしれない。

 彼は自分の理解を超えた存在だ。……その彼に、あれこれ指摘するのは間違いだろう。


「それに、私のことをどうして知っている?」

「頼まれたからな、おまえに」


 意味がわからない。けれど、彼は何も語らなかった。やがて、外へと出る。

 久しぶりにみた外の空に私は眩しさを覚える。


「……ありがとう」

「礼はいいよ。それよりも、これからのおまえは自由なんだ。楽しく生きろよ」


 楽しく、か。果たして私は一体何をすれば良いのだろうか。

 ただ、今しなければならないことがある。


「……あなたの名前は」


 彼は困ったように腕を組んでそして、静かにいった。


「ハヤトだ。ハヤト。またいつか、会えるときを楽しみにしているよ、ファリカ。何をすれば良いのかわからなかったら、どこかで、用心棒とかをするといいかもね」

「……用心棒」


 ハヤトはその瞬間に姿を消してしまった。

 ……何も残らない。彼のいた場所には温度さえも残らない。

 まるで、先ほどまでのことはすべて夢だったのではないかと思えるほどだった。


 けど、またいつか……そういった言葉を胸に、私は前に進む。

 あの場所から助け出してくれたハヤトが何者かはわからない。けど、凄く嬉しかった。


 迷宮から誰も出てくることはなかった。追手を出す余裕もないのだろう。

 私は街につき、そこで外の世界の仕組みを理解していく。国から国へとあらゆる、仕事をこなし、自分の腕をあげていく。


 そして、一つの劇団に入った。

 劇団で用心棒をしていれば、きっとどこかでハヤトとまた出会えるのかもしれない。

 

 世界を旅する彼らならば、きっとまた会う機会があるはず。

 そして、お礼を伝えるんだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ