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オール1から始まる勇者  作者: 木嶋隆太
第一章 異世界(ハイファンタジー)
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第五十五話 二十三日

 竜列車のほうへと歩くアジダは、ふらふらとした足取りだ。

 既に満身創痍といった感じだな。

 アジダは移動中も常にベルナリアに気を張っているために、こんな様になっているようだ。


 ベルナリアがあと少し表情が柔らかければ、こんなすれ違いもおきていないだろう。

 というか、アジダも怯えすぎだ。

 竜列車も人気があるようで、常に管理されているすべての竜が縦横無尽に飛んでいる。


 迷宮内といっても、天井までは非常に高い。その中で、自由に飛びまわる竜の背中から人が落ちた。

 結界がばふんと人間を受け止める。とはいえ、あれを見せられるのはひやっとする。俺の時は、出来る限り温厚な竜になってもらいたいものだ。

 

「また二人組みか」


 アジダが前のほうを見て、既に計画をたてているようでベルナリアから離れ、俺の後ろに並ぶ。

 ……今度はさすがに学習したようだ。彼もどこか小馬鹿にした様子だ。

 

「今度の組み合わせはどうしようか」


 一応俺も優しさがある。アジダにも選択肢を与えるように問いかけると、真っ先に反応したアーフィ。


「一緒に乗りましょう」


 叫んだ彼女に割り込むようにアジダが手をあげようとしたが、アーフィがそちらを見て悲しそうに目を細める。


「……アジダも乗りたいの? ハヤトと」

「……くっ!」


 ハヤト、という言葉に反応したようで、アジダも頬をひきつらせている。

 改めて意識すると、あまり喜ばしい状況ではないことに気づいたようだ。当たり前だ。男同士で乗りたいなんて、周りに誤解される。


 アジダの発言に、ベルナリアが俺をライバルと認めたようにごくりと唾を飲む。

 ……俺にそっちの趣味はないから。

 ベルナリアを否定しながら、ちょうど竜列車を終えた人たちの会話が耳に入ってくる。

 竜列車を褒める言葉が多く、空中を舞う楽しさがあるらしい。


 一応……飛ぶコースというのが決まっているようで、竜は一定のルートを飛んでいた。しかし、竜も魔物で気まぐれだ。

 いくら、魔物使いが操作しているとはいえ、竜が自分の意志を通して自由に飛んでしまうときもあり、そういったときに気を抜くと落とされるようだ。


 落馬ならず……落竜すると、恐怖がぐっと心を支配するが、下は結界があるし、最悪霊体を纏えば問題ない。

 というか、乗っている人は、言われなくとも全員とりあえずで霊体をまとっている。

 

 ……強制、ではないようだがアーフィが少し心配だ。彼女を絶対に落としてはいけない。

 アーフィなら、着地を見事に生身で成功するだろう。そうなると色々とまずい。


「次の方たち前へ進みください!」


 管理している竜は七匹だ。

 同時に十四人ずつがこれに乗れるのだが、あまりペースが早いというわけではない。

 俺たちの順番となり、アジダは迷うように視線をさまよわせる。

 ベルナリアはなかなか自分を誘ってこないアジダに、苛立ってきたのか指で腕を叩いている。


 リズムを刻むような彼女の動きに、アジダは観念したように近づく。

 それを見届けてから、俺は管理員の誘導で竜の背中に乗る。

 二人分の革席が用意されており、俺はアーフィを前にして背後に座る。

 いつでも彼女をキャッチできるよう、霊体も発動しておく。


『それでは! 空の旅を楽しみください!』


 辺り一帯に響く声に反応するように、竜は広げた翼を揺らした。

 ゆっくりと上昇し、さらに竜の体を風が包んでいく。

 どうやら竜の飛行には、風の力が関係しているようだ。


 竜は一気に空へとあがり、テンションがあがってきたのがその場でぐるんぐるんと動く。席にしがみつくようにしてこらえていると、竜が顔を向けてくる。

 「やるじゃねぇか」とばかりに何度か竜は鳴く。


「もっと早く飛んでもよいわよ!」


 アーフィが叫び、俺は顔をひきつらせる。

 上下左右が分からないような動きを繰り広げられ、ひたすら笑っているアーフィに俺は口から何かがこみ上げてくる。


 二度とアーフィと竜には乗らない。そう決意しながら、アーフィと竜を観察する。

 お互いにとても仲が良く、アーフィはまるで竜の言葉がわかるように声をかけている。


「言葉がわかるのか?」

「はっきり……というのではないけど。なんとなく……こんな気持ちなのかな、というのはわかるわね」


 だからこそか、俺たちが乗っている竜は他の竜とは比べ物にならないほどに鋭く飛んでいく。

 うっかり話をしていると、舌を噛む。

 俺は全力で体を低くしてしがみつき、後ろをみてきたアーフィが微笑んでいる。おまえ、前見てなくて怖くないのかよ。


 これにはさすがに管理員も慌てたようで、竜の名を叫びとめてこようとするが、アーフィが片手を振り続けていると、その声も次第に薄れていく。


 アジダが落ちたのを確認したところで、時間が終わり地上へと戻っていく。

 ふらふらとしながら俺は降りたが、アーフィは満足げな微笑みだ。

 ……やはり星族は人族よりもあらゆる点で優れているんだな。

 

「お、お二方大丈夫でしたか!?」

「楽しかったわ!」

「こっちは死にそうだったな」

「そうなのか? ハヤトも楽しそうにしていたではないか」


 一体どこを見てそう思ったのか。

 俺が必死にしがみついている姿をみた、アーフィが楽しそうにはしていたが、俺自身はまるで笑顔は浮かべていないはずだ。


「あの竜……普段から力強いのですが、それでも言うことを聞くいい子なんですよ。よっぽど、二人を気に入ったんでしょうね」


 たぶん、気に入られたのはアーフィだ。

 頭をかきながら、さすがに疲れた体を休ませるために近くのベンチへと向かう。

 足を引きずるようにしたアジダと、両目を真っ赤にしているベルナリアを目撃する。


 片手をあげて二人に声をかけると、ベルナリアもアジダも死にそうな顔でゆっくりと近づいてきた。

 まるでゾンビが動いているようだ。

 アジダは到着する前に力尽き、俺はベルナリアをちらと見た。

 

「二人とで、楽しい経験が出来たみたいだな」

「こ、こんな……恐ろしいもの! なくすべきよ!」

「かなり受けているみたいだけどね」


 今も人々の列は絶えることがない。


「楽しいわっ。けど、こんな……ひぅ……」


 思い出したのか泣き出しそうになっているベルナリア。

 アジダが慰める言葉の一つでも伝えれば良いのだが、そのアジダも満身創痍である。


「……もう俺は、無理だ。休憩だ、休憩にしないか!」

「なら、あっちで食事というのはどうかしら?」


 アーフィの示したほうはカジノなどがある地区だ。

 建物内には、食事をする場所もある。

 ここに座っていてもそれが分かる良い匂いが届いてくる。

 ベルナリアも賛成のようで、二人を連れてそちらへと向かっていった。


 建物内にはいると、窓もほとんどないカジノが一階部分にはあった。

 光は魔石で確保されており、静かな空気の中で、人々はカードや、ルーレットで様々な賭けを楽しんでいる。


 学園生の姿もちらほらと見える。まあ、貴族たちは金があるため、負けたところで遊びの範疇で片付けるような奴ばかりだろう。

 カレッタたちの姿はない。すでにカジノに飽きて、別の場所に移ったのかもしれない。


 二階にあがると、飲食店のような作りとなっている。カジノ利用者向けの店のようで、静かな雰囲気は変わらない。

 ……少々金がかかりそうだが、たまにはいいか。

 

 迷宮内で稼いだ金もあるし、王様からもらった金だってまだ残っている。

 席に案内してもらい、柔らかなソファに腰かける。

 俺とアジダが隣同士に座ったのをみてから、アーフィが俺の対面になるように腰かける。


 アジダの正面にベルナリア……となり、アジダは相変わらず顔がひきつってしまっている。

 ……さっきの竜で二人は何をしていたのだろうか。

 お互いに悲鳴をあげ続けていたとかだろうか。

 何も進展していないことに少々のがっかりはあったが、料理を注文する。


 運ばれてきたお茶を飲みながら、俺はアーフィの先ほどの竜列車の感想をひたすらに聞いている。

 アーフィは大層楽しかったようだけど、二人はアーフィの言葉を聞くだけで思い出すのか、アジダは口元を抑え、ベルナリアは耳を塞いでいる。


「二人ともどうしたの?」


 ……無自覚に爆弾を投下しているアーフィに、ベルナリアがなんでもないと強気に咳払いしてみせる。

 いい加減、ベルナリアに任せていても話が進展しない。多少、無謀ではあると思ったが、俺は話のきっかけを切り出す。


「そういえば……二人は幼馴染なんだろ?」

「……そうね」


 ベルナリア、だから怒ったような顔をするなって。

 俺が厳しく見たが、彼女は変わらない表情である。

 アジダが「やめろ馬鹿」、とにらんでくる。


 友人に隠していた秘密をばらされるというのは案外つらいものだろう。

 俺も隠し事を友人に暴露されたときは、殴ってやろうかと思ったほどだ。


「今こうして久しぶりに一緒にいるが、ベルナリアはどんな気持ちなんだ?」


 ど真ん中の直球だ。

 ベルナリアは顔をしかめ、腕を組む。いつもの仏頂面を浮かべる。


 ぼそぼそと何かを呟いているのか、口を動かしているのはわかる。しかし、耳に届くほどの音にはならない。

 ……アーフィ、どうにかしてくれ。

 じっと彼女を見続けると、アーフィは恥ずかしそうに頬をかいた。


 ……そうじゃないけど、可愛いなアーフィは。

 アジダは頬をひきつらせ、何かを言おうとしている。

 何も言わないベルナリアに完全に萎縮している。あげていた顔が段々とさがっていく。


 ベルナリアの恥ずかしがりと、アジダのこの怯えきった態度の相性は最悪だな。

 ……俺が直接伝えてしまおうか?

 なんてことも考えたが、時間はまだまだあるし……そこまでの強硬手段をとる必要もないだろう。


 食事が運ばれてきて、それからは静かに――時々アーフィの声が場に生まれるだけの環境での食事が続いていった。

 午後にまだ回る予定の場所はある。

 ……ベルナリアだって、少しずつ前を向こうとしている。

 だからきっと……大丈夫だろう。これは二人の問題で、必要以上に入っていくことは良くない。



 


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