第四十三話 十六日 事件について
簡単な話だ。
彼は例え平民だとしても手を抜くつもりはない。完膚なきまでに潰す……と言っていた。
つまりそれは、俺の実力をある程度は評価したということだろう。
だから、事前に他の参加者に根回しをした。
逆らうものはほとんどいない。彼の考えに同意した人、立場上どうしても従うしかない人と事情は様々だろうが……どちらでも構わない。
壁際を背にしていたおかげで、前方から襲い掛かってきた四人にも問題なく対処できる。
一人目の剣を左の剣で受けながし、力の向きを変えるように右の剣で殴りつける。
男の体真横に吹き飛び、二人を巻きこんで転ぶ。俺の脇へ槍が伸びる。
左の剣をもどし、その槍の先にぶつける。男の両腕が弾かれ、そのがら空きの体へと右の剣を突き刺す。霊体が一瞬で崩壊する。
これで、参加者三十人中、俺の攻撃をくらって弾かれた二人はまだ霊体を保っているようだが……これで、二人は倒した。
威圧するように見やると、さらに仕掛けようとしていた数人が臆したのか一歩下がる。
実況による様々な言葉が聞こえ、観客たちから歓声があがる。
……けれど、今はあまりそれらが気にならない。気にしていられるような状況ではない、というのが正確なところだ。
グランドは俺を見て、不服そうにしている。彼は、仕掛けた平民が弱すぎた……とでも考えているのかもしれない。
このまま数を減らしていってしまうと、グランドのもとに届く前に参加者が決まってしまう。
「グランド。あんたびびって後ろで見ているだけなんだな」
声を張り上げるように伝えると、後ろのほうにいたグランドの顔が苛立ったように揺れる。
「……平民の分際で舐めた口をききやがってッ。たかが雑魚を倒したくらいで調子に乗るなよ……」
「そういうなら、あんたが出てくればいいだろ?」
「……公爵様の後ろ盾があるからといって、あまり吠えるなよっ!」
剣を向けてやると、いよいよグランドの琴線に触れたらしい。彼は苛立ったように長剣を持ち、霊体の身体で軽く振ってみせる。
観客たちからすれば、試合が止まっているのだ。何が起こっているのかわからない状況に、野次のいくつかも投げられる。
グランドが観客席をちらとみてから、小さく笑う。
「ここにいるすべての人間が証明となる。……平民。確かにおまえは平民の中ではそれなりに強いのかもしれない。だが……所詮はその程度だ。すべての原因を叩き潰す!」
グランドが剣を振り上げ、駆け出す。
グランドの突き出した剣を全力の一撃で破壊し、左の剣で彼の霊体を殴りつける。
派手に回転しながらグランドの身体が吹き飛び、壁へとめり込んだ。
○
『なんとなんと! 生き残った十名に、昨年度九位のグランド様が残りませんでした! 始まってすぐに、平民の……ハヤト様に勝負を挑んだのですが……いやぁ……ハヤト様! あのときの気持ちはどうでしたか?』
……試合終了後のインタビューを受けながら、俺は適当な笑みと当たり障りのない発言で誤魔化すしかない。
一撃だったな……。
加減をしないで放った一撃が、まさか薄い結界を突き破り、闘技場の壁までも傷つけてしまうとは思っていなかった。
驚いた学園生たちは、グランドがやられてから俺に手を出してくることもなかった。
俺に挑むのは無謀すぎると判断したのだろう。
おかげで、壁際でただ剣を持っているだけになった。
観客から「自分から動け!」という罵声のようなものも届いていたが、そんな危険を冒すなんてことはしない。
インタビューを終えると、途端に視線がどっと増した。
俺という人間に興味を持つ人が増えたようだ。
それは、闘技場から観客席へと行っても変わらない。
ぶつぶつと俺に対して怒りのようなものを向けている人もいる。
あまり積極的に戦わなかった俺への憤りのようだ。
「おめでとう。順当な勝利だったね」
客席に腰かけていたカレッタが片手をあげる。
「ありがとう。それよりも……リルナがここに来なかったか?」
「それよりもって……まあ、王女様のほうが大切かもしれないが、確かに来たよ。驚いたよ、心臓が口から飛び出すかと思ったね」
「心臓は好き放題後で出してくれ。リルナはどこにいるって?」
「おいおい、酷いことをいうね……。彼女はまた夜に屋敷にきてほしいだそうだ」
「そうか」
……まあ、これから色々と話をするには、余裕もないか。
「ハヤト、余裕だった」
ファリカが隣の席を示してきて、俺は軽く頷いて腰かける。
「ファリカも問題なく突破したな」
「……そうでもない」
そういって彼女は痛むのか右腕を押さえる。
「……相手、かなりの筋力だった。まともにやりあえば、ひとたまりもない」
「槌姫だっけか?」
「そう。……リーグ戦でもしもぶつかったら、厄介」
……確かにそうだな。リーグ戦で上位に入らないと、俺たちは迷宮都市にいく権利がない。
リーグ戦の後に残る、トーナメント戦まで生き残りさえすれば、あとはどうでも良い。
○
夜になり、俺たちはリルナの屋敷の門を叩いた。
……そう、俺たちだ。
俺とさらにもう一人、保護者のようについてきたのはファリカだ。
ちなみに、アーフィはリルナたちと話をして、そのまま屋敷についていったために、現地での集合となる。
昼間の熱狂はまだ冷めてはいない。学園のほうでは夜のパーティーが始まっているが、俺たちは不参加となっている。
……通常、リーグ戦まで進んだ人たちは参加するらしいのだが、俺たちはそれ以上にリルナたちとの用事を優先した。
リルナの屋敷へ到着すると、準備の良いメイドたちがすぐに案内してくれる。
夕食も今日はこちらでいただく。そのために、カレッタは悲しそうであった。
……けど、一応カレッタも誘ったのだ。だが、彼は公爵としてパーティーに参加しなければならないらしい。
食堂に到着すると、三人の姿を見ることができた。
リルナがちらと俺を見た後にファリカを見る。全員の視線がファリカへと向けられたが、深く詮索されることはなかった。
席につくと、スープが運ばれる。
「ハヤト。今日の事件について、騎士から話は聞いておきました。アジダさんも誘いましたが……何やら家のほうで少しばかりの用事があるらしいです」
「そうか」
……大丈夫だろうか。というか、明日アジダが会ったとき、散々に言われそうだ。
「騎士からの話では、事件の目撃者はいないらしいです。あの宿に泊まったのも、あの人一人だけ。彼はどうやら旅人のようです。あの宿では名前を記録していたらしいです。名前はハウエストといいます」
「……旅人?」
「……どうかしましたか?」
「一つ、俺が戦闘中に考えていたことを言ってもいいか?」
「戦いに集中していなかったんですか……?」
「事件が気になっていたんだ。……なんだよ、そんな攻めるように見ないでほしいね」
肩を竦めていると、リルナたちは視線を合わせて苦笑した。
「……ちょっと待って。事件って何?」
「……ああ、そうだった」
ファリカには話さえもしていなかった。
今日あったことについて簡単に話をしてから、本題へと入る。
「あのとき……俺たちがあの宿にいく前にみた人間たちを覚えているか?」
「……誰でしょうか?」
「俺たちとは別に、白い肌をした謎の人間複数名が去っていただろう? ……たぶんだが、そいつらと殺された男は同じ仲間か……まあ何かしらの関係者だと思う」
「……そういえば、いたような」
「旅人が……そもそもあれほど白い肌というのもおかしくはないか?」
「……そうですね」
「となれば、だ。嘘をついているのか、あるいは太陽を浴びないような場所で生活をしている人間、ということになる。そいつらが偶然、この街にやってきて、何者かに襲撃された……どうだ?」
「確かに……可能性はありますね。……もしや!」
そこでリルナが気づいたようだ。
俺はまだ確信はなかったが、彼女の反応でなんとなく理解した。
「迷宮都市に詳しかったよな、ファリカ」
「……う、うん」
ファリカに注目が集まり、少し困ったような反応をとる。
ファリカとしては自分が迷宮都市出身なのはばれたくないのかもしれない。
「前にファリカは迷宮都市にいったことのある人と話をしたことがあるらしい。そのときに聞いた冒険譚についてはこの際省かせてもらおうか。それで、ファリカ。迷宮都市っていうのは昼と夜というのはあるのかな?」
「ある。けど、迷宮内の太陽は魔石の明かりのようなもので……実際には太陽と同じ力はない。だから、日に焼けるといったことはない」
「……だそうだ。つまり、あの被害者は迷宮都市の人間の可能性が高い。もっといえば、迷宮都市の連中は集団であの場にいた。……何か、心当たりはあるか?」
「……ありませんね。そもそも、迷宮都市に長く住んでいる人という条件になりますし……私たちも行くことのできない迷宮都市の市民たちだけが入れる地区の人ということになるはずです。しかし、その地区に住んでいる人はあまり外に出ることはできないそうですが……」
「……精霊特殊部隊」
ぽつりとファリカは、どこか憎々しげな様子で呟いた。
彼女の怒りを悟られる前に、俺は嘆息がちに肩を竦める。
「ファリカは迷宮都市の旅人から話を聞いたときに、随分と精霊特殊部隊について悪く聞かされたいたらしい。なんていったって、その旅人の片腕を奪い取ったとかなんとか。それでファリカ。その精霊特殊部隊っていうのはなんだったかな?」
ファリカが横目で感謝を伝えてくる。このくらい気にするな。
勝手に話題にあげて、むしろ謝罪したい気分だ。
「……まず、迷宮都市のシステムについて、簡単に話をする。迷宮都市に生まれた人間は、生まれてすぐにその手に精霊の契約を結ぶ」
「精霊契約……。確か、魔法を使えるようになるものでしたか?」
「うん。精霊魔法と呼ばれるもので……これはそこまで強いものではない。……生活で使用できる程度水、風、土、火などを使えるようになるくらい。国を守るための……騎士団のようなものとして、精霊特殊部隊というものがある。教祖様の家系であるとされている、シェバリア家によって、その精霊部隊は中位、あるいは上位の精霊契約を行い、より強い魔法が使えるようになる。その部隊は、特例でシェバリア家の判断で外に出ることもできる。何か悪いことを企んでいるはず」
そう締めくくったファリカに、リルナが眉間に皺を寄せるように顎へと手を伸ばした。
「……私たちはあまり分かりませんね」
「そうね。ところで、迷宮都市の食事はどんなものなのかしら?」
アーフィの目がきらんと光る。
……これからいくことになる場所であるため、どうやら食事状況が気になるようだ。
確かに大事だ。けど、今聞くことかい?
「迷宮で狩った魔物による食事が主」
「なるほど……新鮮でおいしそうね」
アーフィはのん気だなぁ。
そのほのぼのとした彼女を視界にいれながら、俺はいくつかの可能性を考えていく。
迷宮都市の奴らが何かを企んでいて……それに気づいた何者かがしとめたというのか?
だが、あの複数人たちはどうして別々に行動していた?
……それか、あそこにいた白い肌をした人たちは全員無関係だったというのか?
……わからないな。
そこでリルナが思い出したように、顔をあげた。




