第三十五話 十四日目 参加資格
とりあえずは、昼食をのりきり、それぞれの教室へと戻っていく。ただ、問題は桃たちだけではない。散々質問される立場であったファリカとアーフィが顔を向けてきた。
「どうして王女様と知り合いなの?」
ファリカの疑問はもっともだし、ますます俺に対しての視線は集まっていく。
それはまた答えにくい質問だ。廊下を歩きながら、早く教室についてくれと思うが、都合良く道は歪まない。
精霊の使いということを、たぶん桃は表にはしていない。
それはカレッタの反応からおおよそわかった。もしも精霊の使いであれば、王女様だけではなく、桃にも驚いていただろう。
「桃とは幼馴染で、リルナ王女様とは偶然遊ぶ機会があって、その縁があるんだ」
「王女様と偶然に? それはすごい」
「うたがってるね」
「それで騙せるのはアーフィくらい」
「嘘なの?」
アーフィが厳しい目を向けてくる。
……別に騙そうというわけではない。知り合いという状況を説明する手段がないのだ。
だから俺は、深く追及してほしくないという空気を目いっぱいに出す。
「俺は第三王女とは偶然知り合った。というか、平民の俺がそんなこと以外で王女様と知り合えるわけないだろ」
首をひっこめるように肩を竦めると、一応彼女もある程度は納得したようだった。
教室に戻ると、クラスメートの視線の多さにさすがに辟易してしまう。
ハヤトは一体何者なのか……そんなことを疑うような目ばかりだ。
しかし……さすがに声をかけてくる人は少ない。
席について午後の授業に臨もうとしたところで、俺は隣に座っているアジダに肘をつつかれる。
「……おまえ、昼休みのあれはなんだ?」
「あれ? ……ええーと、どれでしょうか?」
心当たりが多すぎる。
あれ、とわざわざアジダも指定してきたのだから、必要以上に答えることはしたくない。
意志の疎通に難があったことで、アジダが地団駄を踏みたげにその場で身体を揺する。
「り、リルナ王女様とどうしてあんなに親しげなんだ!? 俺は王女様のような方にこの剣を捧ぐために、この騎士学科に通っているんだ!」
「……そうですか。それは立派な心がけですね」
「どうしておまえはリルナ王女様と親しいんだ! お、し、え、ろ!」
それこそ、胸倉を掴んでこようとした彼の手を払う。
「偶然ですよ。昔に彼女と偶然出会って、それから今も交流をしているんです。リルナ王女様の、心の広さに感謝ですね」
……これでいいかい、リルナ。
俺が頬をひきつらせ、自堕落なほうのリルナに問う。
すると、アジダも俺のほうを見てきて、何か合点がいったというように頷く。
「確かにリルナ王女様は心が広い。だがな……平民がそう近づいていい相手でもないんだ。彼女には、あれほど美しいモモ様という護衛がすでについている! あまり、近くをチョロチョロするな!」
……その桃も平民なんだぞ? わかっているのか……いや、わかってないね。
「わかっていますよ。なるべく、距離は開けるつもりです。お互いに立場というものもありますからね。けれど、リルナ王女様が声をかけてきたときは別でしょう?」
「そのときは、おまえが断ればいいんだ。おまえのような平民が近づけば、リルナ王女様の立場というものも悪くなってしまう」
「それではリルナ王女様に声をかけられたら、アジダ様はどうするのでしょうか?」
「恐れおおい! 俺は即座撤退!」
「なら、例えば、左右上下が壁で、来た道も戻れなくなっています。正面からリルナ王女様が歩いてきた場合はどうしますか?」
「壁を破って逃げるさ!」
凄い覚悟だ。見習いたくはない。
とにかく、彼がリルナのことをかなり慕っているのはわかる。
というか、リルナはたぶんこの学園の人たちの多くに好かれている。もちろん、全員に好かれるような人間はいないが、それでも彼女は比較的好かれているほうだと思う。
「おまえら、もう授業が始まるんだ。静かにしろ。仲良しなのはいいことだがな」
「な、仲良くなどない!」
「あぁ? アジダ、口が悪くないか? ぶちのめすぞ?」
そういう担任のほうが何倍も口が悪いんだけど。
担任の見た目は、それこそ生徒に混じっても通用するような容姿を持っており、ナイスバディだが、常にこの世のすべてを憎んでいますという顔だ。
担任は腕を組み、全員が落ち着いたところでちらと俺のほうを見てきた。
「ハヤト、おまえどうして王女様と知り合いなんだ? 簡単にでいいから、伝えてやれ。全員がそわそわして、これじゃあ授業にならん」
「……ええと。本当に昔偶然知り合っただけなんです。だから、まあ……運が良いといいますかなんといいますか」
「だそうだ。それじゃあ、授業に入る。今後一切、授業中にこの話題はするんじゃねぇぞ。あ、休み時間は好き勝手にどうぞ」
そっちも規制してほしかったが、とりあえず納得したかどうかはともかくとして、皆が俺の口からの発言を聞いたことになる。
これで、多少は緩和されると良いのだが。
午後の授業を終え、下校前のホームルームで担任が一つ思い出したように言う。
「八日後にある迷宮都市の旅行だが……今回の騎士学科の参加人数はいつもよりも多い。まあ、この中には騎士からの直接の指名でいける護衛もいるだろうが……あくまで、貴族の指名でいけるのは一人だ。それらを除いていける人間は、明後日から行われる大会に参加し、良い成績を残す必要がある。それに……災厄がやってくるのはわかっているな?」
担任の言葉に首を捻る。
災厄とも何か関係があるのだろうか。
「おまえたち学園生の多くは首都での一般人の避難誘導などの手伝いをすることになる。だが……良い成績を残したものには、後方支援などに加わることもできる。……騎士の先輩方にアピールできれば、良いことがあるかもしれないな」
……なるほどな。
学園生に協力しないといけないほどに、人数が足りないのだろうか。
それとも、災厄がそれほどの規模なのか……だったら嫌だな。
「とにかくだ、ある程度の成績を残せという話だ。成績が良くなければ、旅行にはついていけず、学園での訓練……そしてそのまま首都への移動だ。覚悟しておけよ。申し込みは、明日までだ。忘れるなよ」
……そういえば、そんなものがあったか。
俺たち騎士学科の人間は黙っていて迷宮都市にいけるわけではない。
それぞれが力を示したり、誰かしらのコネを使わないといけないのだ。
俺とファリカは無意識に視線をぶつけ、軽く頷く。
すでに、アーフィがカレッタの推薦で行くことにはなっている。俺たち二人は、これから行われる大会に参加して、力を示さないといけない。
「ふん……ハヤト。おまえは参加するのか?」
「そうですね。俺も迷宮都市には行ってみたかったので」
「ははっ、それはまあ頑張るんだな。おまえなら余裕かもしれないがな」
「え、褒めているんですか?」
「違う、勘違いするなばか者がっ。おまえがあっさりと負けると、俺まで弱くみえてしまうだろうが。それだけではやめてくれよという話だ」
というか、別に彼が強いのかどうかも俺は良く知らないんだけどな。
アジダが腕を組み、自慢げに顎をあげる。
「それで? もう申し込みはしたのか? 俺はしたが」
「していませんよ。今日する予定です」
「そうか。何なら、やり方を教えてやってもよい」
「優しいんですね。どうしたんですか?」
「べ、別に優しくなどはないだろうっ。俺はおまえと再戦したいだけだっ。あのときは……その、ちょっと風向きが悪かっただけだっ」
アジダが顔を真っ赤に吠えるため、俺は苦笑しながら頷く。
「確かに、あのときは奇襲のような攻撃の仕方になってしまいましたしね。わかりました今日この後、申し込みを手伝ってもらっても良いですか?」
「そんなこともあると思って、すでに紙を三枚もらってきておいた。おまえたち三人の分だ」
ぺらと紙をとりだし、うきうきと俺に手渡してくる。
……準備いいね。
「あっ、アーフィの分は必要ありませんよ」
「なぜだ。まさか省いていじめているのか!?」
「アーフィは、カレッターズ公爵様の推薦がありますので。申し込むのは俺とファリカだけです」
「どひゃあ!? こ、公爵様の!? そ、そういえば昼食のときもいたようないなかったような……」
……あのメンバーの中じゃ、ずっと黙っていたし、影が薄かったのは同意だったが、忙しい奴だ。
アジダが信じられないものでもみるように俺へと視線を注いでいると、アーフィとファリカがやってくる。
「どうしたのだ?」
「アーフィさん……っ」
アジダが呟き、その胸を見てでへっと目元を緩める。
「スケベだな」
「な、何を言うか! 何も見ていないぞ!?」
「何か見ていたのか?」
アーフィが不思議そうに首をひねり、アジダがふっと顔を外に向ける。
さりげなく敬語をやめたが、指摘されることはなかった。
「あなたの胸」
「む、胸!? へ、変態め!?」
慌ててアーフィが胸を隠して、頬を染める。アジダはまずいとばかりに両手を振る。
「ち、違う! そ、それよりだハヤトよ! 早くこの紙を書くが良い! わからないところは教えてやる! ほら、早くしろ!」
……はいはい。
受けとった申込用紙に文字を書いていく。
……変換はされるが、俺はもとの文字だって何度も見てきている。
自分の文字と、最低限の記入くらいならば問題なくできた。
「ハヤト、ここはなんて書けばいいの?」
「自由記述欄なんだからそれこそ何でもよいんじゃないか?」
大会への意気込みなどを書くのだが、別にそれで評価があがるわけでもないだろう。
ファリカが顎に手をやり、軽く文字を走らせる。
ちらと見たが、書かれている内容におかしな点はない。
「これをどうするんですか?」
「ふん……そんなのも知らないのか。これだから平民は……」
「教えてくれないの?」
「教えますとも!」
ファリカが小首を傾げると、アジダは嬉しそうに微笑む。
……こいつ、平民がどうとかではなく単純に女好きなだけじゃねぇか。
それで、それを指摘するとそんなことはないと慌てて否定する。
「これらは全部、担任に提出すれば良い。誰が提出しても構わないから、例えばだここでハヤトが一人で二枚を提出に行けば、それで十分だ」
「なるほど……つまりアーフィたちと一緒にいたいと」
「ち、違う!」
「ハヤト、私が提出してこようか? たまにはハヤトの手伝いもしたいし」
どうやらアーフィは最近迷宮に入っていないことを気にしているようだ。
……別に、それだけがアーフィの活躍できる場ではない。なんというか、心を癒す的な効果はあるしな、彼女の笑顔には。
「女に任せるのか、ハヤトよ。それはどうなんだ、男として」
「それじゃあ、ハヤト。二人で行く」
ここぞとばかりにファリカが立ち上がり、俺の手をつかんでくる。
と、そこでちょうど教室の扉が開いた。
息を飲むような声と同時に、わっと教室へ伝染するように空気がひりつくように感じた。
「ハヤト。ここのクラスでしたか?」
鈴がなるような美しい声とともに、俺の名前を呼んで首をキョロキョロと回しているのは、リルナだった。




