第三十三話 十四日目 出会い
「二人とも……凄い強いんだな」
クラスメートからあまり注目されていなかった俺だったがあの戦いでクラスメートからは一目おかれることになる。
それに対して俺は、出来る限り控えめに対応する。
「まあ、それなりにはですね。これでも、ずっと迷宮にこもって、ひたすらに身体を鍛えていましたから」
「身体を鍛えるって……結局大事なのは霊体だろ? 霊体がなかったらどうにもならないだろ」
更衣室で話しかけてきた男子生徒がそう言ってくる。
「そうでもないですよ。霊体が使えなくても、ある程度戦えるようになることで、霊体での戦闘も質があがります。両方を鍛えないといけないんですよ」
そんな風にやんわりと意見を伝える。
さすがにクラスメートからの多くの質問に苦労もある。
ファリカとアーフィが初めにくらっていた質問攻めを、今されている。
ファリカたちは多少落ち着いてきたこともあってか、俺のほうにお手並み拝見といった顔を向けている。
確かにこりゃあ、面倒だ。
教室の視線は確かに多い。好意的なものもあったのだが、疑いの目が消えることもない。
「……何か、職業技をつかったんじゃないの?」
「それか、魔法だな。普通に考えて、あんなのおかしいからな」
魔法、職業技だとすれば担任のストップが入っていただろう。
まあ、それを見破れる人は少ないだろうし、疑われても仕方ない。
「ズルして粋がっている、最低な奴だな」
「だから平民は嫌なんだ。アジダ様も可哀想にな」
「いや、あれはあれで良いだろ。アジダはアジダでうるさいしな」
……まあ、俺を嫌っていても、アジダが負けたところが見れて嬉しいという人間も多いようだ。
貴族というのも仲のよしあしが激しそうだ。
四時間目の授業は教室で受けるのだが、アジダが戻ってきたのは、四時間目が始まった途中だ。
俺を睨みつけている彼は、何か言いたいことでもあったのか口をもごもご動かして、結局座った。
授業は一瞬だけ中断されたが、すぐに再開する。
四時間目が終わったところで、席を立つとアジダがこちらを見て、舌を出した。
……なんというか、こいつ子どもすぎるな。
子どもだと思うと、途端にこの行動も可愛げのあるものに見えてくる。
だから、俺は苦笑しただけで何も言うことはしない。
「ハヤト、昼飯を食べにいきたいわ」
「そうだね。ファリカは?」
「もちろんいく」
ファリカも立ち上がり、俺に対しての嫉妬のような視線がいくつも生まれる。
……誘わなければよかったかもしれない。
気づいたファリカが俺の腕をとってこようとしたので、すかさず手をひいた。
廊下へと出て、昨日脳内に叩き込んだ地図から食堂の位置を思い出す。
食堂は貴族学科の人も一緒に利用しているため、それなりに礼儀正しくする必要がある。
というか、貴族学科の人だってこの校舎を利用しているから、あまり目をつけられるような奇行は控えるべきだ。
廊下を歩いていると何やら騒がしい。
このあたりは貴族学科のクラスがある廊下だ。騎士学科の人たちが、とりあえずといった感じですれ違う貴族の人たちに頭を下げている。
貴族の人が廊下を走るなんてあまりしない。もちろん、騎士だって貴族の前では大人しくする。
では、誰なのだろうかと視線を前に向けると、
「昼休みには僕に会いに来る予定だっただろぉ!?」
俺に泣きつくようにしてぶつかってきた。
甘いとろけるような容姿を持ちながらも、発言や行動のすべてで台無しにしてしまっている公爵のお坊ちゃん、カレッタだ。
「お、おい……あれって誰だ? 見たことない平民だけど」
「お、俺たちのクラスに入った新しい生徒だ」
なんて、廊下の隅にいた人々の声がいくつも重なる。
俺たちへの視線は多い。何より、俺は予想以上に目だって困惑しかない。
驚いたような視線と、恐怖するような視線。
恐らくは俺という人間に対して、どのように評価を下して良いのかが分からないのだろう。
……というか、平民貴族問わずに、どこか警戒しているのは、やはり身分的な問題だろうか。
カレッタ、公爵様だしな。気にくわない奴を消し飛ばすなんてこと簡単に出来そうだ。
俺たち三人はなれたように一瞥し、アーフィが片手をあげる。
「カレッタ、どうしたの?」
「……ああ、やはり優しいのはアーフィだけだよぉ。みんなして僕への態度は酷いものなんだ」
アーフィは頬をひきつらせている。それは俺たち全員の気持ちの代弁だ。
カレッタに会いに行くなんてすっかり忘れていたからな。
周囲のぼそぼそとした呟きに対して、ファリカがちらと見る。
一瞬廊下にいた人たちは警戒したが、ファリカが甘い笑顔で手を振ると、一瞬でファンの視線に変わった。
「いやぁ、やはりこうやって自然に話してくれる人がいるというのは楽しいね! 僕は、学校生活を今満喫しているよ」
カレッタはやはり頭のネジがいくつか吹っ飛んでいる男だ。
「それじゃあ、一緒に昼食と行こうか」
肩を組んできたカレッタに顔をひきつらせながらも、仕方なく共に廊下を歩いていく。
背後にいファリカとアーフィが適当に話をしているのを耳にしながら、カレッタが話したそうに見てきた。
仕方なく、俺は適当な質問をぶつける。
「貴族ってのは、毎日何を学ぶんだ?」
「たいしたことじゃないよ。貴族としての立ち居振る舞い、貴族同士の交友がメインさ。それこそ、頻繁的に旅行に行くなどして、現地の情報を目で見たり……だね。今は各自、またはグループで迷宮都市について調査をして、まとめて、発表するという感じだね。……あいにく、僕は友達がいなくて一人ですべてやっているのだけどね」
寂しいこと言うなよ。手伝うつもりはないけど。
「いいじゃないか。立派な発表を期待しているぜ」
「そうだ! 別に協力だけなら騎士学科の人でもいいじゃないか! そもそもだ。どうして貴族と騎士学科が同じ場所にあるのか……それは、将来自分の懐に入れたい騎士をスカウトするためなんだよ! そこで、僕はキミたち三人に協力を頼もう! 拒否はなしだよ。今日から一緒に情報を集めようじゃないか!」
一人興奮気味に語るカレッタが、逃がさないと俺の肩をつかんでくる。
調べ学習で、発表、か。
俺も中学の頃に修学旅行とかであったな……と思い出す。
カレッタの突然の誘いに、アーフィは顎に手をやり、目を丸くしている。まるで理解していないし、アーフィはそもそもそういった作業は苦手だと思う。
それよりも、問題は周囲の視線だ。公爵と知り合いということは、公式に明かされていたわけではないようで、皆のきょとんとしたような顔が終わることはない。
「あまり時間もないし、さっさと昼を食べに行こうぜ」
「僕も腹はぺこぺこだし急ごうかっ。特にアーフィは食いしん坊だから、時間がいくらあっても足りないだろう?」
カレッタに指摘され、アーフィはこくこくと頷く。
カレッタのテンションもすっかり高揚したようで、ずんずん進んでいく。
彼は友達がいないとい言っていたが、公爵という立場の人間に声をかける人は少ないのかもしれない。
そうなると、立場が良すぎるというのもまた大変なのだろう。
カレッタに僅かな同情をしていると、ちょうど教室の扉が開いた。
「リルナ様。今日は何を食べましょうか」
「そうですわね。私は何でも構いませんわよ。モモ、何か食べたいものはありますか?」
「私も別になんでも――」
聞きなれた名前と声がして、俺は思わず首をぐるっと向けてしまった。
それは相手も同じだったようだ。
教室の入り口にいた桃と、リルナが驚いたように目を見開いていた。
その近くには、見慣れぬ二人の貴族もいる。リルナたちが立ち止まったことで、彼女たちの時間も止まったようだった。
俺たちに気づいて、ファリカが首を捻る。俺の視線の先を見て、それでもまだ理解ができないようだった。
「どうかした?」
ファリカの声を聞いて、俺はようやくはっと止まっていた脳を動かす。
「……桃とリルナだよな?」
貴族と同じ格好をしていて、一瞬気づくのに遅れる。
俺の言葉に、すぐ近くにいた貴族が反応し、その貴族の護衛か使用人だろうか。
そいつが反応して俺の胸倉をつかんでくる。
「おい、貴様! リルナ王女様に向かってその口の聞き方はなんだ!?」
「待ってください」
たぶん、普段ならば冷静に対応できただろう。
けれど、今ばかりは俺もさすがに混乱している。
思考回路にゴミでもつまったような感じだ。
「……桃」
「……勇人くんですか? どうして、こんなところにいるんですか?」
驚いたような顔をしている桃と、その隣で美しく微笑んでいるリルナ。しかし、リルナの表情もちょっと驚いたようなものだ。
それでも、学園ではしっかりと猫をかぶっているようだった。
桃はしばらく俺の顔を見て、嬉しそうに微笑んでいたが、その視線がつつ……と俺の背後に向けられる。
「ここにいる理由の前に、その後ろの方々について、聞いても良いですか?」
……ちょっと、怒っています?
べ、別に桃と付き合っているわけでもないし、こっちの二人だって彼女とかではない。
だから、俺は堂々としていた。
落ち着いて話せば良いだけだ。
そんな俺の腕に、ファリカの腕が巻きつけられ、反応が遅れてしまった。
「おや、ハヤト。そっちの人たちはもしかして新しい女か?」
なんて能天気にカレッタが近づいてきて、リルナの顔を見て一気に青ざめたものになる。
「……お、王女様!? し、失礼しました!」
桃の目がつりあがる。
……カレッタの手伝いなんて絶対にしない。そう心から思った。




