第二十八話 十二日目 選択肢
すっかり陽も傾き始めているが、また一時間後に最後の公演が行われるらしい。
内容はさっきとは別のものだが、もう一度見るのはさすがに疲れてしまいそうだ。。
「ハヤト? 戻らないの?」
まだ、話していなかったな。
「ちょっと用事があってな。ついてきてくれ」
疑問が残る顔で、アーフィが首を捻る。
報酬については別に受けとらなくても良いと思っていたが、このまま無視というのも悪い気がした。
受付の人たちが一段落ついたのを確認してから近づく。
「すみません。俺はハヤトっていいます。あのファリカさんから話とか聞いていませんか?」
「ハヤトっていうと、さっき何かあったっていう?」
女性の疑いまじりの視線。
何かについてしっかりと伝えないと、ファリカから報酬はもらえそうにない。
それもそうか。
ファリカに対して一目でいいから直接会いたいという人は後をたたないだろう。
今もあちこちでファリカやもう一人の男性の役者に会いたいと、男女が押しかけていて大変な様子だ。
「さっきの、街で二人に襲われた事件でそれの報酬です」
「そうなんだ。あれキミがやったんだね。いやぁ……処理するの大変だったんだよ。こっち来て……そっちの子は?」
「俺の仲間のアーフィです。一緒じゃないほうがいいですか?」
そう聞いた瞬間、アーフィの口があんぐりと開いた。
「うーん……そこは良く分からないけど、仲間ならいいんじゃないかな?」
受付の女の子が快活に笑って、劇の会場から別室へと案内してくれる。
扉を進んだ先の扉が開かれ、中にいたファリカが劇の衣装のままに姿を見せた。一瞬微笑んだが、アーフィをみてすぐに表情が引っ込んだ。
「中入って」
けれど、特に指摘されることはなかった。
部屋は控え室のようで、テーブルと椅子だけが置かれた簡素な部屋だった。
ファリカが椅子に腰掛け、俺たちにも一つずつ椅子を示してくれる。
「こっちは俺の旅の仲間のアーフィだ」
「さっき、隣で一緒に見ていた人。知っている」
……よく観察しているものだ。
アーフィはふむとなにやら思案するように顎へ手をやっている。ファリカも何かあるのか、考え込むような顔である。
女同士でテレパシーでも繋がっているのだろうか。
「あれ? この人さっき……あそこにいた人と似ている……?」
あれ? アーフィ全然気づいていなかったの?
思わずずっこけそうになった俺とは対照的に、ファリカは平然と首を振った。
「あれは私の双子の姉」
「そ、そうだったの!? 良く似ているわね……」
「けど、途中で入れ替わってもいる。私たちのどちらが本物か、見分けついた?」
「ぜ、ぜぜん分からなかっわた! いつぐらいに変わっていたの!? す、凄いわ! ハヤトはわかった?」
おいファリカ、困って俺を見るんじゃない。俺は助け舟をだすつもりはなく、そのまま黙った。
「……さっきのは嘘。私は双子じゃない。あそこにいたのは私」
「ファリカ……。なるほど……凄い綺麗だったわ! あんな場所であんな演技ができるなんて、凄いわね。私にはとても無理よ」
「練習をしっかりとすればあなたもできるかもしれない」
ファリカが手を差し出し、アーフィも鼻息荒く手をむける。
俺はじろっとアーフィをみる。アーフィは俺の視線に気づき、小さく頷く。
興奮しているときの彼女は加減を誤る可能性がある。
アーフィとファリカの握手が終わってから、ファリカはテーブルに置かれていた袋をこちらへと両手で渡してきた。
「ハヤト、さっきはありがとう。報酬金の……これ」
「ああ、ありがとな」
「それと、少し聞いても良い?」
「なんだ?」
袋が少しばかり開いて、中が見えた。
それなりに金は入っているし……ざっと五千ペルナほどだろうか。依頼の相場を知らない俺からすると、かなりの高額のように感じた。
「あなたって今何歳?」
「突然聞いてくるね。俺の顔が老け顔とか言いたいのか?」
「違う。私と同じくらいにみえたから聞いてみた」
「ああ。俺は今年で十七だよ。ほとんど似たような年齢だけど?」
それにしても、ファリカが十六歳というのは改めて驚かされる。見た目からするともっと小さいと思うんだけどなぁ。
金を受けとったことで、鈍感なアーフィでもさすがに何かがあったことに気づいたようだ。
「ハヤト……何かしたの?」
「ああ、少しな」
アーフィの追及の目にファリカが答える。
簡単に劇の前にあった戦いについてを伝えると、アーフィが申し訳なさそうに目を伏せる。
「……ごめんなさい。私がもっと気を張っていれば!」
「気を張っていてどうにかなるのか……?」
「ハヤトの危険に気づいて、助けに行けたはずよっ、ごめんなさいハヤト! たぶん私はそのとき、チョコアイスを食べてはしゃいでいたところよ……っ」
「せっかくのデザートを放り投げてまで来なくていいからな」
それでもアーフィは悔しそうに拳を固めている。
ファリカがしばらくアーフィを眺めながら、にやりと唇を歪める。
「もしかして、彼女さん?」
「いや、違う」
そういうことをいきなり聞いてくるなっての。
アーフィとはまだ出会って一週間くらいだ。
アーフィはしかし、俺をみてにやりと笑う。
「ふふ、彼女……そうね。私とハヤトは少しだけ特別な関係でもあるのよ」
「おい、アーフィ」
止めようとした俺の口を小さな手が押さえつけてくる。ファリカのからかいの目が俺を射抜く。
「それはどういうもの?」
ファリカの目は真剣そのものだ。さすがにアーフィもそこまで突っ込まれるとは思っていなかったのか、顔を赤くして口をパクパクさせる。
「そ、それはね。私は……そのあれよ」
「どこまでしたの?」
「ど、どこまで? ……うぅ」
アーフィの限界を超えたらしい。わりと早い限界であったが、ファリカはすずいと顔を近づけるのをやめない。
「ファリカ、俺とアーフィは本当に何もないよ。だから、それ以上からかうのはやめてあげてくれないか?」
ファリカは、からかうのが好きなようなので、素直に言うしかないだろう。
「なら満足」
ファリカはとりあえずそれでひいてくれる。
それから俺たちに視線を向けてきた。
「二人に聞きたいけど、劇はどうだった? 楽しめた?」
「アーフィ、とりあえず、思いの限りを伝えてみたらどうだ?」
「ええ……その……緊張するけど……こほん!」
一つ咳払いをしてから彼女はファリカに爛々と輝く瞳で伝えていった。
むしろ、ファリカが困るというほどの反応であったのか、ファリカが途中で言葉を止めてようやくその感想は終わった。
……まあ、アーフィの感想は凄い! 凄かったわ! ○○がとても凄かったの! という凄いの酷使だったからね。
「ハヤトはどうだった?」
アーフィが話してくれたことで考える余裕があった。俺は集団面接などで前の人の発言をアレンジして話すような人間だったから、こういったことは得意だ。
「なんていうか、輝いていたな。職業技を使っての場の盛り上げや、音楽を場面に合わせて明るいもの、暗いものと使い分けていて、環境がとても整っていた。そんな素晴らしい背景や音楽といったものに負けることなく、演じている人たちの声は後ろのほうにいた俺たちに良く届いた。……ああ、ここでの声っていうのは単純に耳に届くものじゃない。なんていうか、胸の中に届くというか頭をガツンと殴ってくるような衝撃があったというか……とにかくこういう心を震わせてくるものはまた見たいって思ったよ」
「そう」
本当に楽しい時間であった。精霊の使い、という言葉が出るたびあの精霊が脳裏によぎるということさえなければ、完璧だった。
まあ、それはファリカたちには関係ないことだ。
ファリカも次の演劇があるだろう。衣装に問題がないかどうかの確認や、芝居の中身の確認など……あまり知られたくもない部分も多いだろう。
「残りの劇も頑張ってくれ」
「ありがとう」
「本当に楽しかったわ。また機会があったらみるわっ」
ファリカにアーフィが一生懸命に声をあげると、ファリカは口元を緩めて片手を小さくあげた。
会場を出て、しばらく歩く。まだ夕方で帰るには少し早い。
「高いところは嫌いか? あそこから街全体が見れるらしい」
街一番の高さを誇るという展望台を指差す。
今から昇れば、夕陽が落ちていく様子や、街にある魔石の街灯が点灯していく様子が見れるかもしれない。
それはきっと、地球にいてはなかなか見ることの少ない景色だろう。
完全に俺は旅行気分でアーフィに声をかけたが、彼女もそれに反対してくることはない。乗り気に俺の手を掴んで走り出す。
身体がひきずつられるように街をすぎていかな、すぐに展望台の入り口についた。
途中何度か霊体使ってダメージ逃がしたから俺は無事だ。アーフィが興奮しながらも加減できるようになるまで、まだまだかかりそうだ。
塔の階段を上っていき、やがて辿りついた塔の頂上からは、街を一望することができた。
世界を照らしていた太陽が沈み、月や星が夜空へ煌く。
それらに負けないように、街灯もぽつりぽつりとついていき、街を照らしていく様子は圧巻だった。
強い風が吹き、髪が揺れる。隣にいるアーフィは片目を細めていた。
太陽や月が見えるということは、ここはどこかしらの惑星なのだろうか……。
それとも、もはや次元さえも違う、まるで別の世界なのだろうか。
……なんというか、冷たい風やこういった感傷的な光景に、地球を思い出して少しだけ寂しくもなってしまった。
「学園に行きたいのか?」
「……行ってはみたいわ。ただ、不安もあるの。私が……あまり人と関わると、相手にも迷惑になってしまうかもしれないわ」
それに、おまえの負担だって増えてしまう。
そうアーフィが付け足して、顔をうつむかせた後に笑った。
「私は旅も好きよ。こうしてハヤトと一緒に世界を見て回ると、なんだか自分が少しずつ成長できているような気がするの。それに私、まだハヤトにお金借りっぱなしだったしね。だから、学園はまたいつかでも良いと思っているの」
たぶん、そう簡単にその機会は訪れないと思う。
冗談をいう彼女に、俺は苦笑して一度視線を下げる。
学園という空気を味わうと、余計に地球を思い出してしまうから、あまり行きたくはなかった。
学校、友人……そういったものは果たして本当に必要なのか?
考えないようにしても、たまにそんな思考が俺の心をつついてくる。疑わないようにしている。
すべて精霊が俺たちを騙すためにやった……と思っていても、ずっと仲が良いと思っていた友人たちの誰かが俺を恨んであの場で騙していたのかもしれない……そんなことを考えると、友達とかそんなものすべては無意味なものなのではないかと思う。
俺はアーフィに酷なことをさせているのではないか?
一人でいることが多かったアーフィはきっと一人にも慣れている。
ならば、余計なことをして、傷ついてしまう可能性を作るような今の行為はしないほうがいいんじゃないか。
違う……首を振って俺は悪い思考を追い出す。
「相手にも迷惑、とかそんなことを言うのダメだ。種族なんてのは瑣末な問題なんだよ。おまえなら、きっといつか……人と星族を繋げるような奴になれるよ。その練習のためにも、学園に行くと良い」
「……あなたは?」
窺うような瞳に、俺はコクリと頷いた。
「学園にかかりっきりにはなれないけど、迷宮都市には興味あるしね。学園に入学して、その迷宮都市への旅行に参加させてもらう予定かな。それ以外はほとんど迷宮にこもる予定だけどね」
「一緒に、きてくれるの?」
「そうなるね」
嬉しそうに微笑まれると、照れてしまう。
「そろそろ戻ろうか? カレッタへの報告も早いほうがいいだろうしね」
「そ、そうね!」
俺たちは展望台をおり、暗くなった街の中を貴族街のほうへと歩き出した。




