妹視点 第十七話
第十階層を突破し、第十一階層に下りてから、あたしたちは部屋へと戻ってきた。
第五階層を突破したときには手に入らなかった、第六階層から十階層を操作するアイテムが手に入ったんだよね。
これを使って、モンスターの出現数とかをいじることができるようで、あたしと咲葉はとりあえず第九階層からフレイムウルフとスケルトンが出ないようにした。
あたしとしては、スケルトンはよい狩りの相手なんだけど、咲葉にとっては違うそうだ。
ボスモンスターが落としたドロップアイテムで、腐の盾というものが手に入った。
なんか呪われそうな装備だけど、特にマイナスもないとアナライズでわかったため、ゴブッチにあげた。
あたしはもちろんいらないし、咲葉も攻撃を受けるというよりかは防御するほうが性に合っている。
だから、ゴブッチに盾をつけてより前衛として仕事をしてもらえれば幸いだ。
部屋に戻ってくると、暗い。あかりをつけ忘れていたあたしは、急いで電気をつける。
……もう外はすっかり真っ暗だ。部屋に置かれている時計を見ると、七時前をさしていた。
今日は一日中ダンジョンにいたんだ……。あたしがこんなに体力があるとは思っていなかった。まあ、あたしの場合は途中仮眠時間もあったしね。
咲葉は軽く足を揉むようにしていた。さすがに疲労があったんだと思う。
このままだとすぐには家に帰れないと思うけど、今日はなんとあたしの家にお泊りだ。
咲葉は大きめのカバンから着替えのいくつかを取り出す。
「一日中動いて汗をかいてしまったから……風呂を貸してもらってもいいか?」
「そうだね……それじゃあ、一緒に入ろっか!」
「い、一緒、か……ふむ、悪くないな。むしろいいのだが……大丈夫だろうか」
「何が?」
「沙耶を見て、私の心が果たして持つかどうか……」
もう咲葉はまたそんなことを言って。
なんだかんだいって咲葉は別に本気で何かすることはない。……いや、でも普通に体中は触られることはちょいちょいある。
あれをノーカウントしているあたしが変なのだろうか? 友達同士なら普通だよね。
子犬がじゃれるようなものだと思う。
咲葉が着替えとタオルを用意して立ち上がる。
咲葉とともに風呂場へと向かう。
するすると脱衣所で服を脱いでいると、ぱたぱたと、クワリが飛んでくる。普段なら家の中では部屋から出さないけど、今日だけは特別だ。
「お風呂ってそんなにいいものですの?」
「あれ、クワリって入ったことないの? 臭くなるよ?」
「精霊に汚れというものはありませんのよ」
アイドルみたいなものだろうか。
「それじゃ、入ってみるのが一番だよ」
咲葉の言葉にクワリはどこか疑った目をしている。
あたしは扉を開け、すでにお湯の入った風呂を示す。
「これがお風呂だよ」
「知識としてはありますわよ。ただ、ここまで立派とは思っていませんでしたわ」
我が家のなんて、どこの家庭にでもあるようなものだ。
これでここまで楽しそうにしているのだから、銭湯のような大浴場に行ったときはどうなっちゃうんだろうか。
「ですが、わたくしが入ったら溺れてしまいそうですわよ」
「一応、桶もあるし、そこに浸かるというのもできるよ」
百円ショップで購入した安いやつだ。そもそも、あんまり使うことはなく、風呂の装飾となってしまっている。
それでお湯をすくって、風呂の隅に置く。やがて、クワリは我慢できなかったようで、服を脱いでそこに真っ直ぐ向かった。
気持ちよさそうに浸かっていたが、羽が濡れて大丈夫なのだろうか。
後で飛べなくなったらあたしがもっていけばいいか。
クワリが桶のふちに体を乗せるようにして足をぱたぱたと遊ばせている。
精霊の体はきれいなものなんだなぁ、と思いながらあたしも風呂に入っていく。
「髪を洗うよ」
「別に自分で洗えるよ?」
「たまにはいいじゃないか」
一緒に入るといつもそんなことを言っている気がする。
彼女に体を預けるように床に座ると、咲葉もあたしの背後で正座をする。
お互いに正座をすると、咲葉の頭があたしの頭にのっているように見える。
……この身長さ。同じ年齢なのにひどいものだ。
両親も別に身長は小さくないし、兄貴だってそれなりだ。
だから、きっとあたしもいつか成長する……はず。
彼女が髪をなでるように洗っていく。……ていうか、触っている時間が多い気がする。
何度かあたしの髪に顔を近づけているのが鏡ごしに映っていたけど、しばらくしてきちんと洗ってもらえたからいいか。
次はあたしの番だ。場所を入れ替えて、あたしは立って彼女の髪を洗う。
……正座だと腕をあげた状態になって疲れる。
咲葉はあたしをいじめるために髪の洗いっこを申し出たのかと思うくらいだよ。
「それにしても……沙耶の体はぺたんこで、それでいて幼くて最高だね」
ぎゅっと抱きつかれる。裸で抱きつかれるとどうしても照れくさいものがある。
「ああ、やっぱり沙耶はかわいいよ。うん、大好きだ」
「そういうことあんまり言わないでよねっ。なんだか恥ずかしいから!」
咲葉はこういうことを普通にいうからちょっと苦手なときがある。
ぱしゃぱしゃと泳いでいたクワリが、そのまま足を滑らせて溺れそうになる。
「クワリ!」
ここで死んだらゴブッチも召喚できなくなってしまう。
慌てて両手で救い出すと、クワリはもう涙を浮かべていた。
「も、もういいや……わたくし、お風呂からでる」
「……う、うん。タオルあるから自分で拭いてね」
扉をあけて、足元に用意したタオルの上にのせる。
たぶん大丈夫そうだったので、扉を閉めた。
背後にいた咲葉が腕を組んで口をすぼめている。
「まったく、良い空気だったのに、台無しだよ」
「別にいい空気にはなってないよっ」
勝手にそんな風にしないでよね。
あたしが頬を膨らませていると、咲葉は体を洗っていく。
あたしもさっさと洗って、お互いに風呂に浸かった。
風呂から出て、リビングに戻ってくる。一日中動いていたこともあって、疲れのすべてをお湯に残してきたような気分だ。
タオルを首元にかけながら、冷蔵庫から麦茶を取り出す。風呂上りの火照った体に、冷えた麦茶がうまいのだ。
体にはあんまりよくないような気もしたけど、喉が心地良いならそれでいい。
ぷっはーとあたしがコップを置いていると、咲葉がテレビをつける。
何やら難しい顔でニュースに回していた。えー、今の時間ならバラエティでも見ようよ、と思ってあたしがそちらに向かうと、ニュースにはダンジョンに関する情報が表示されていた。
『来週から始まる、ダンジョン給食について、改めて振り返っておこうと思います』
ダンジョン給食?
ダンジョン給食というものについていくつか書かれていた。
……一部の地域に給食のメニューにダンジョンの食材を利用するというものだった。
自衛の意味をこめて、というのがとりあえずの導入の理由らしい。
「給食にダンジョンでとれたものが入るの!?」
色々と問題もあるようだが、それはもう一週間の間話されてきたものらしい。
反対意見もあるが、それよりも期待する声は大きい。
特に多いのは、対象となると小学生、中学生だ。食材を食べることでレベルアップする、というのだから子どもたちにすればどうしても食べたいと思うはずだ。
レベルアップで魔法でも習得できれば……と期待する気持ちはよくわかる。
「国としては、すべての中学に導入したいのだろうね」
「なんで、中学?」
「理由は簡単で、今はダンジョンへの興味が高いからね。そこから冒険者にあこがれてくれる人を多く作りたいんだよ。だから、魔法の力に目覚めてもらって、そこから冒険者学園を進路希望の一つにしてもらいたいってわけだ」
「……なるほど。けど、別にダンジョンが危険なのは中に入った場合だけだよね? そこまでして国はどうして冒険者を用意したいの?」
「ダンジョンがもたらす利益が莫大になるかもしれないからだろうね。私たちのダンジョンにはないけれど、もしかしたらこの先、未知のエネルギーが見つかるかもしれない。そうでなくても、ダンジョンを操作してほとんど魔物が出ないようにだってできるだろう? あの豊富な土地を何かにいかせるかもしれないじゃないか」
ああ、そっか。
ダンジョンをただのレベルアップの場としか考えていないのはあたしのような人くらいか。
国がダンジョンというものを見て、まず考えるのは利益の有無なんだろう。
たくさんの冒険者を用意して、ダンジョン攻略を進めることが国の利益になると思っているからこそ、こんなことをしようと思ったんだ。
「それに着実に、法整備も整い始めているみたいだしね」
「……そうなの?」
「冒険者に関する法律がいくつもあげられているみたいだよ。まあ、国が言っていた通りあと三週間後までには、公布してダンジョンが一般解放されるんだろうね」
手際がいい、と彼女は付け足している。
事前にダンジョンがあることを日本は知っていたんだから、用意をしておいたんだろう。
「何よりも、一番私が心配しているのは……ここ、だね」
とんとん、と咲葉が次のニュースを示す。
ちょうどそのニュースになり、来週からダンジョン給食になった学校に冒険者の指導が入るというものだ。
「体育の授業がすべて、護身の訓練だそうだよ。……私たちの学校も含まれているのは知っていたか?」
「……え、そうなの?」
「昨日のホームルームで言っていたじゃないか」
「あはは、あたし……寝てたと思う」
最近はダンジョンの疲れが残っていることもあって、眠くなっちゃうことがよくある。
なるべく起きていようと思っても、気づけば寝ているなんてのも珍しくなく、あたしの密かな悩みでもある。
けどまあ、明日はダンジョン攻略もゆっくりできるだろう。
目標は十五階層の突破であるが、無理でも十四階層でひたすらレベルアップに励めばいいんだ。
「沙耶、私たちはすでにクラスメートたちと比較しても異常な力を持っているんだ。下手をしたら、冒険者にまじってもやっていけるかもしれない」
「……う、うん」
「冒険者たちがきたときに、できる限り、力を出さないように気を付けないといけないんだ。できるかい?」
……確かにそうだね。
体育の授業でさえ、かなり手加減してもそれでも加減が難しかった。
あたしは魔法がメインだが、前衛で動き回っている咲葉は特にそれが顕著に出ている。
冒険者の人たちに目をつけられたらたまったものじゃない。
とりあえず、月曜日の授業は気を引き締めないとだ。
咲葉が小さく微笑み、キッチンへと向かう。
「それじゃあ、今日はウルフの肉でも焼いてみようか」
「わかったっ、それじゃああたしは食器とか用意するね!」
「ゴブッチも呼んでいいですの? たまには食事をしたいと思いますわ」
「大丈夫だよっ」
「わかりましたの。ゴブッチ、おいでなさい!」
クワリが声をかけると、すっとゴブッチが出現する。
ゴブッチは剣も盾も持っていない。次元のはざまを倉庫代わりに、すべてゴブッチに預けていたが、きちんと向こうに置いてくることもできるようだ。
ゴブッチはあたしたちを見て、それからもぞもぞと頬をかいた。
「どうしたのゴブッチ?」
「あ、あっしも風呂入ってきていいっすか?」
照れるようにゴブッチがそういって、あたしはこくりと頷いた。
「うん、タオルはたぶん余っているのがあったからそれ使ってね!」
「あざっす!」
意外とキレイ好きなゴブッチが、リビングから浴室へと向かった。




