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オール1から始まる勇者  作者: 木嶋隆太
第二章 地球(ローファンタジー)
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第十九話

 第五十階層のボスを倒したところで、奥へとつながる扉が開かれた。


「この先に……お兄ちゃんがいるのかっ」


 立ち上がった冷歌だが、すぐにぐらっとふらついた。

 彼女はそれでも立ち上がろうとして、俺はその肩を掴んだ。


「今のままいっても、兄貴が心配するだけだぞ。少し休んでからにしようぜ。今更焦ったって変わらないしな」

「……そうだな」


 この先、まだまだ続くかもしれない。

 一応冷歌には体調を整えてほしい。


「ここにいたら、またあいつでてきたりしてな」


 俺が冗談を飛ばすと、彼女はそれこそ本気で嫌そうな顔を浮かべた。そして、すぐに第五十階層の先におりる扉の前まで移動した。

 俺も彼女の隣に座った。


「それにしても、あー頭痛いぜ」

「最後の魔法、すごかったな。それと、咄嗟にカバー、ほんと助かった」


 あれがなかったら、少なくとも俺は致命傷をおっていたかもしれない。魔法がないとああいう敵との戦いが本当に面倒だ。

 何が中距離に対応できる武器でも手に入ればいいんだけど。


「勇人、あれだして」

「買ってたお菓子か?」

「さすが勇人、あれ食べて魔力少し回復しておく」


 クッキーだったか。魔力を回復するために作られたものだ。

 がっつりは回復しないが、何も食わないよりかはマシだ。


「いろいろ食いまくってるけど、カロリーは大丈夫なのか?」

「その分運動してるからいいんだぜ。つーか、そういうの聞くなんて無礼だぞー」

「いや、少し気になったからな」


 俺も飲み物を出して、のとを潤わせる。はあ、運動の後の麦茶はうまい。

 口元をぬぐいながらアイテムボックスにしまうと、冷歌が立ち上がる。

 軽く何度か運動したあと、尻についた汚れを払うように叩く。


「あたしは、もう大丈夫だぜ」

「覚悟は決まったのか?」

「……そんなもん、とっくにできてるぜ」


 冷歌の兄と会い、それから先何があるかはわからない。

 ……あんまりよい結果にはならない。そんなことを思いながら俺はこの迷宮に潜っている。

 大精霊が俺に助けを求めたこと。

 それと彼女の兄貴が無関係……とも思えなかった。

 

 言葉で説得できればそれが一番だ。だが、きっとそれは難しい。

 ならば、やりあうしかない。結局、どれだけの知能を獲得しようとも意見がぶつかりあえば、最後は力で決めるしかない。

 

 体の調子を確かめる。もちろん、完全な状態と比べればいまの俺はあまりよくはない。

 そこは気持ちでやり切れば良い。冷歌か全力を出すのならば、俺も彼女を助けてやりたい。その先に俺の求める未来もあるのだから。


 扉の先は、俺の家にある迷宮と同じだ。

 迷宮の操作が行えるようになっていて、出現する魔物の数を調節だけしておいた。

 部屋の中で俺が操作を行っていると、冷歌が声をあげた。


「ここに、歪みがあるぜ」


 彼女が右手に魔力を集める。そして、まっすぐに氷を放つ。まるでガラスが砕けるようにそこから歪みは広がっていく。

 俺たちが通るには十分すぎる穴が完成し、冷歌はどこか調子良さげに笑う。


「それじゃあ、この先にいくか」

「本当に入って大丈夫なのか?」


 だって、どんな原理なのかさっぱりわからない。


「まあ、大丈夫、だと思うぜ! 運が悪くなればな!」

「前半だけで止めてくれれば安心できたのによ」

「へへ、あんだけ強いんだからたまにはびびった姿もみせてもいいんだぜ」


 からかうように彼女が笑い、こめかみをぐりぐりと押してくる。

 痛い痛いと逃げ出すようにして、冷歌が先に中へと入る。


 俺も急いで彼女を追いかける。一瞬、もわっとした空気が顔を覆う。それから、その層を抜けた先に光が見えた。

 空は夕焼けだろうか。まるで、世界の崩壊前といわれても不思議ではないほどに不気味な赤色だ。

 先に入った冷歌はじっとそこをみて固まっていた。


「知っているところなのか?」

「あたしの、出身の世界、だぜ」


 ……どういうことだ。

 だって、冷歌の世界は。


「崩壊、したんじゃないのか?」

「……もうなくなったはずだ。だから、これは……たぶん偽物だ」


 彼女はそれを払うように首を振る。しかし、景色が変わるはずもない。

 ぐっと歯ぎしりをたてながら、彼女は空を睨みつける。


「いやだ、いやだ。もう、ここを思い出したくねぇんだよ! なんだよここは!」


 必死に首を振る彼女を落ち着かせようと俺が踏み出すと、そっと、彼女の肩を押さえるように一人の男がいた。

 青と黒の混ざった髪に、どこか人懐っこさを混ぜた笑み。

 ……聞かなくてもわかった。彼が、冷歌の兄なのだろう。


「お、お兄ちゃん?」


 突然現れた彼に、俺はまったく反応できなかった。警戒していたのだが、彼は俺と冷歌に軽く笑みを向けてきた。


「ああ、そうだよ」


 柔らかな笑みを浮かべた彼は、それから冷歌をとんとんと叩いた。

 冷歌はその動きにぶわっと両目に涙をためた。


「お兄ちゃん……お兄ちゃん!」

「よかったな、会えて」


 冷歌はそれはもう嬉しそうに兄貴へと抱きつく。

 兄貴のほうも嬉しそうに彼女を受け止める。

 感動の再会はそれからすぐに終わる。冷歌がぐしぐしと顔をぬぐい、それから俺に視線を向ける。


「紹介するよお兄ちゃん」


 兄貴に向けて、冷歌が視線を向ける。

 すると、兄貴さんは俺のほうを鋭くにらむ。


「まさか……彼氏さんを連れてくるとは思ってなかったよ。ちょっとふさわしいかどうか、確かめさせてもらおうか」


 ……こいつシスコンかよ。

 兄貴の言葉に、冷歌はばっと顔を真っ赤にした。


「かか、彼氏!? ちげぇよお兄ちゃん! 勇人はただのパーティーメンバー、仲間だ! お兄ちゃんにようじがあって、ここまで一緒に来てくれただけだって!」

「そうか。それはよかったよ。勘違いで。お兄ちゃん、もう少しで犯罪者になるところだったよ」


 にこっと、柔和な笑みをみせる。

 あいつ、こわっ! シスコンとかあり得ないな、ひくわ。


「俺は勇人だ。あんたが大精霊について知っているってきいて、訪ねに来たんだ」

「オレは、啓だ。そうかい。ならとりあえずは、こっちにきてくれ。オレの拠点を案内するよ」


 それにしても、わざわざこんな場所を使っているとはな。

 俺がキョロキョロとみていると、冷歌がこっちにくる。


「兄貴の近くじゃなくていいのか?」

「別に、とりあえず会えたからな。それよりどうだ、お兄ちゃん、すごいだろ?」


 立ち居振る舞いのすべてに無駄がない。

 彼にいまたとえ長剣を叩きつけても、容易に処理されてしまうだろう。

 確かに凄いな。……とりあえず、今のところ問題もなさそうだ。


「ここが、とりあえずの拠点だよ」


 彼がちらと手を向けた先には、少しぼろい木の家があった。

 冷歌がそれを見て、また目元を緩めた。


「地球の生活になれていると、あまり使い勝手は良くないかもしれないけど」

「確かに、日本は特に便利だよな」


 冷歌が同意の声をあげる。


「本当にね。トイレのウォシュレットなんて、初めて使用したときは感動したものさ」

「お兄ちゃん、いきなり変な話するなって」

「ああ、ごめんごめん」


 彼らはそれは仲良く語り合う。

 混ざる隙がまるでない。ぽつーんと彼らについて中へと入る。


「あれ、まだ午後二時なんだ」


 部屋の見える位置にあった時計の秒針は一切動いていない。


「いや、あれ壊れてないか?」

「お恥ずかしながらね。調子がどうも悪くて。オレは腕時計を使っているよ。時間は三時過ぎだね」


 結構経ったな。

 簡素な椅子が三つあり、俺は少し首を捻る。


「自由に座ってくれていいよ。ちょうど、あるんだしね」


 よかったよ、俺だけ床に座る羽目にならなくて。

 啓が飲み物を持って来て机に置いた。


「それで、オレに大精霊について聞きたいんだったっけ?」

「ああ。大精霊を追っているって話に聞いたからさ。なんでわざわさまこんな場所を拠点にしていたんだ?」

「それは大精霊が次元のはざまにいると考えられたからね」

「なんだと?」


 大精霊はなにをやっているんだか。


「けど、なかなか見つけられていないのが現状だよ。ここからなら別の次元のはざまにいけるから、ここを利用している、というわけだ」

「次元のはざまの旅か。そりゃまたなんとも大変そうだな」

「やっぱり、お兄ちゃんはこの世界を助けようとしてたんだ。みんな、お兄ちゃんのこと逃げたって非難してたんだ……」


 ……兄貴さんも、冒険者学園に通っていたのだろう。

 迷宮が発生して大変な時期に学園にいないということで、彼を馬鹿にするものもいたのかもしれない。

 泣き出しそうな彼女の頭を、啓は撫でる。


「ごめんね。辛い思いをさせてしまって。でも、この次元のはざまの移動はオレと、冷歌にしかできないことなんだ。誰にも言えなかったのは、たぶん、理解されないことだしね」

「……あ、れ?」


 冷歌は何度か頷いた後、目をしょぼしょぼとこする。

 やがて、彼女はゆっくりと目を閉じた。机に倒れこむようになった彼女を、啓は受け止めてベッドへと運ぶ。

 冷歌がぴったりと収まったそのベッドをちらとみてから、啓はこちらへと歩いてくる。

 俺は手元のコップをつかんでから、中身をぐるぐると回す。


「寝かす魔法か?」

「そんなに強力ではないけどね。信頼してくれている相手には通用するけど、例えばキミには微塵もきかないよ」


 警戒しないでくれとばかりに彼は両手をあげた。


「まずは、ここまで彼女を連れて来たこと、感謝をしようかなありがとう」

「別に。俺の目的と一致したから、ここまできたんだ。それに、あいつの力にもかなり助けられたしな。礼をいいたいのはこっちだぜ」

「それなら、この件に関しては終わりでいいね。さて、本題といこうか」


 彼は軽く笑みを浮かべ、肘をつく。


「オレはね。キミを待っていたんだよ」


 彼が小さく笑い、時計の針がかちっと音を上げた。

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