第十一話
昼飯を食べた俺は、財布の中身を確認してぱたんと閉じる。
なんとか、家に帰る分は残っている。泊まることに関しては何も考えていないが。
外に出ると日差しが鋭くこちらへと差し込んでくる。
「そういえば、あんたなんでこっちに来たんだ? 観光、ってわけじゃねぇよな?」
「俺にはここでやらないとならないことがあって……まあそれにはおまえにも協力してもらいたいんだよ」
「協力って何だ?」
冷歌ならば、ほかの冒険者に話すよりかは信用できる。
ていうか、現状冷歌に頼るしかない。このまま無駄に一日を過ごすわけにはいかない。
冷歌はそれなりの実力者だし……もしかしたら知っているかもしれないしな。
「ああ、そのだいせい――」
言いかけたところで、彼女が俺の手をつかんだ。
その表情は険しい。彼女に引っ張られるままに走り出す。
……なんだ? 俺が考えていると、いくつかの嫌な気配があった。
冷歌の横を走りながら、俺はそちらに意識を向ける。
「一体、何事だ?」
「……冒険者を狙っている人間がいる、やつらがいるってこと」
冒険者に接触してくるということはそれなりに自信があるやつらなんだな。
こちらに迫る気配は一つではない。
今は町中だ。敵も積極的に仕掛けてくる様子はない。
しかし、冷歌は悩むように眉間にしわを作った。
それは俺に向けられている。
「おまえ、巻き込まれちゃったかもな」
「……そのくらいは覚悟の上だ」
「覚悟って……そうかよ。なら、もうちょっと付き合ってくれよ」
「どうするんだ?」
「とりあえず、仕留めないことにはおまえだって安心できねぇだろ?」
ぎゅっと俺の手を握る力がさらに強くなる。同時に走り出した彼女とともに、建物の間へと入る。……最近、平和とはかけ離れた日常ばかりだな。
全部大精霊のせいだな。後で何をしてもらおうか。
陽の光の届かない路地裏は、急激に温度が下がったように感じた。
いや、違うか……。原因は路地裏ではない。
俺の隣にいた冷歌が、氷を生み出していったからだ。
銃弾が飛んでくる。それを氷の壁が防ぐ。
「……おいおい」
銃声はほとんどない。
それに、敵は一人ではない。俺たちの左右を囲むように現れ、みな拳銃を構えている。
……相手も何かしらの能力を持っているのだろうか。
冷歌が彼らに厳しい目を向ける。
「ここは日本だぜ? あんたたち、こんなことしてただで済むと思っているの?」
「おとなしく、我々について来てくれればいい」
日本語に問題はないようだったが、どこか特徴的なイントネーションだ。
「行くわけねぇだろっ」
片手を向けてきた男はそれから拳銃を俺へと向ける。
……狙いは、冒険者ではなく俺か。
放たれた銃弾を見ながら、俺が体を動かしていると氷の壁が現れる。
「勇人、おまえはここで待ってろ。あたしがすぐ終わらせてくるから」
彼女がデバイスに手をやり、そこから剣を取り出す。それをもって男へと駆け出す。
銃弾が彼女へと襲いかかるが、それらすべてを剣ではじいて見せる。
それが、冒険者としての能力の高さなのだろう。
冷歌の動きは大雑把だ。雑魚を払うような大振りの連続。
敵をなめているのか、それとも冷歌はそこまで技術的なうまさがないのか。
男は冷歌の剣を軽くさけて、足払いをかける。間近で銃弾を放つが、氷の盾が冷歌を守る。
「きかねぇよ!」
一般人と冒険者の差をあらわしたような力技に男が姿勢を崩す。同時に、ころっと一つの道具が転がる。
閃光手榴弾と表示され、冷歌がえっと目を開きながら戸惑う。
強い光に俺たちは顔を覆う。冷歌がその場で悲鳴をあげるようにして、転がる。
冷歌を押さえようと二人が、さらに俺のほうにも一人がやってくる。
手を貸した方がよさそうだ。俺のほうにかけてきた男を一瞥して、その腕をつかむ。
霊体を展開して、冷歌のほうに放り投げる。
同時に走り出し、冷歌を捕らえようとしていたリーダーへと手を伸ばす。
予想外といった様子で拳銃が向けられる。
放たれた弾丸が、見えた。眷属としての肉体だけで用意に処理できるが、俺は霊体で受ける。
霊体が解除こそされるが、弾丸もあらぬ方向へと弾かれる。
男の首元をつかみ地面へとたたきつける。加減はしたが、かなりの力をこめた一撃に、彼の口から血が吐き出される。
視力が戻ったのか、冷歌が薄目でこちらを見てくる。
「勇人……?」
それでもまだ目ははっきりとはしていないようだ。何度もごしごしとこすっている。
「大丈夫か?」
「……お、おまえ戦えたのか? え、いやえとかなり強いし、あれどういうこと?」
混乱している様子の冷歌だったが、すぐに目を見開く。
背後にいた敵が冷歌が落とした剣をつかんで振り下ろしてくる。
ちらと視線を向け、再度展開した霊体で攻撃を受ける。弾かれた男の困惑が手に取るようにわかる。
そのがら空きの腹に拳を叩き込むと、ぐらっと男の体が傾いた。
最後の一人も逃げようとしたが、すかさず処理する。
二人の男が気を失っている。手を払いながら、冷歌をちらと見る。
「さっき言いかけたが、おまえに会いに来た理由は大精霊を知っている奴がいないかどうか、それを調べにきたんだ」
「……大、精霊」
そうつぶやいた冷歌は、こくりと首を縦に振る。
「俺の本当の用事はそれで、だからどうにかして学園に入りたかったんだよ。誰かが知っているっていう情報があってな」
大精霊から教えてもらった、といっても首をひねられるかもしれない。
なんで大精霊に教えてもらったのにに、大精霊を知らないの? とか質問されても説明が面倒だからな。
冷歌はしばらく俺の言葉をかみしめていると、すぐに俺に疑惑の目を向ける。
「……おまえ、あのとき迷宮にいたのも……戦えるからなんだな?」
「そうだよ。だまして悪かったな」
「別にいいけど……その力、どこで手に入れたんだよ?」
「……それは企業秘密で」
大精霊からもらったが、別の大精霊だしな。
……説明していたらこんがらがることは間違いない。
冷歌はたちあがったがまだ体はふらついている様子だ。
それでも、やはり普通の肉体とは違うようで、それなりに自然に歩けるようになっている。
彼女は俺の手首をぎゅっと握ってくる。捕まえた、というような動きであるが、握力はあまりなく感嘆に振り払える。
「大精霊とか、色々とわかったけど……あたしも、一応冒険者、だからな。きちんとした事情を話してくれねぇと、あたしだって協力はできねぇよ」
「……そうか。なら、わかったよ。話せる限り、俺の知っている限りを伝えるよ」
それからちらと倒れている彼らを見る。
冷歌はポケットからスマホを取り出して、短い会話を行う。
それからすぐに、こちらに人がやってきて彼らを回収していく。
深く触れるのはやめておこうか。
「勇人、おまえもちょっとついてきてくれよ。ここじゃ、話しにくいだろ?」
「わかったよ」
彼女がどれほどの権力を持っているかはわからないが、あまり余計なことはしないほうがいいかもしれにあ。
とりあえず従っていれば悪いようにはならないはずだろう。悪いことになりそうになったら、適当なタイミングで逃げ出してしまえばいい。
それに、また変な奴に仕掛けられても面倒だしな。
冷歌は拘束こそはしなかったが、俺を監視するように隣に並んで歩いていく。
もうすっかり空は闇に覆われ、わずかな星が姿を見せる。
人通りの多い場所に来ると、ようやく冷歌が息を吐いた。
緊張が多少抜けた顔だ。
「精霊……だったか? あんた、精霊について何を知っているんだよ?」
「詳しくはしらねぇよ。けど、大精霊が危険な状態らしいんだ。それをどうにかしないと、最悪この世界が崩壊するかもしれない」
大精霊がこの世界の管理を手放せば、世界はゆっくりと崩れていく。
確かそんな内容だったはずだ。
だから、何か知っていることがあれば教えてほしいものだ。
俺が片手を向けると彼女は口を真っ直ぐに結んだ。
「大精霊は世界を管理する存在だよな……。そりゃあ、いなくなれば、それはつまりこの世界がなくなるってわけだ。ああ、よく知っているぜ」
「よかったよ、おまえが詳しいやつで助かった。大精霊から手紙を預かっているんだけど、どこにいるのかさっぱりだからさ。協力者を探しにきたってわけだ。というわけで、何か心当たりはねぇか?」
「……この世界の大精霊はきちんと人間を頼るんだな」
「この世界の?」
また、その疑問がふと出てきた。
彼女の言葉に首を傾けると、ふっと、儚い笑みを浮かべた。
「あたしは大精霊をよく知っているぜ。世界を見捨てる最低最悪の種族であることをね」
言い切った彼女の両目には強い憎悪が含まれていた。
世界を見捨てる? それはどういうことなのだろうか。
少し考えて、俺は一つの仮説にたどりつく。ハーフといった彼女……それはもしかして――。
「おまえは、別の世界の人間か?」
思わず口をついてでた言葉に、彼女は軽く口元を緩める。
「あたしは、異世界人。あんた、よくわかったな」
「……まあな」
けどそうなると、新たな疑問が残る。
「別世界では、人間の魂は長くそこに滞在できないんじゃないか?」
だから、アーフィはたまにしかこちらの世界にこれない。
あまりにも長くいると、例えば寿命が短くなるなどだ。
俺たちが異世界召喚されたときとかも、俺たちの体にそれなりに負担がかかっていたらしい。
きれやすくなったり、とかだ。きれやすい若者がいたら異世界から来ているのかもしれない。
短い期間であればその程度で済むんだけどな。
ふざけんな、と大精霊にはあとからなんども抗議をしたが。
「あたしは別に問題ないんだよ。もともと、地球からこっちの世界に流れてきた人との間に生まれたからな。だから、ハーフってわけだ」
「へぇ。けど、そうなると地球からそっちの世界に行った人は――」
「あたしのパパは合計で十年くらいしか生きられなかったらしいぜ」
「やっぱりか」
冷歌はそれから悲しげな表情で口を開いた。
「あたしは大精霊を知っている。まあ、あんたの求める大精霊とはたぶん違うと思うけど」
各世界、というのがあるかは知らないが、地球と俺が前に召喚された異世界には一体の大精霊がいた。
一つの世界に一体の大精霊がいると、仮定しても間違いではない。
「あんたの用事はあたしで済むかもしらないぜ?」
「他に知っている奴はいないのか?」
「この世界の大精霊が、あたしたちを連れてきたんだぜ。だから、たぶん大精霊はあたしに頼れって言ったんだと思うぜ」
そうか。……もしかしたらあの迷宮で彼女と出会ったのも、大精霊が何かしらしたのかもしれない。
そんな暇があるなら、大精霊が俺に会いに来てくれればいいのにとも思ったが。
「大精霊の居場所は……」
「そこまでは知らないけど……けど、あたしは大精霊の力の一部を持っている」
「……それはどこの世界の大精霊の力だ?」
「あたしが前にいた世界のだぜ。……あたしたちは大精霊を殺して、その力の一部を手に入れた」
「……あたしたち? さっきから、おまえともう一人、誰か別の奴がいるみたいな言い方だな」
「……あたしの兄貴だ」
「……なるほどな。おまえたち兄妹で、大精霊を殺してそれでこっちの世界にきたってわけか?」
「まあ、そんなところだぜ。……詳しい話はどこか落ち着ける場所にいかないか?」
「候補があるならいいが……どこかの店にでもいくか?」
財布はピンチだけど、一日くらい野宿の覚悟はある。
冷歌が首を振り、それからぴっと建物を指さす。
冒険者学園からほど近い距離にあるマンションのような建物を指さし、
「あたしの部屋で話そうぜ」
冷歌の言葉に俺は少し考えてから頷いた。




