妹視点 第五話
出現した魔物は、三体。
ゴブリン、ファングラビット、ボアピグ……それぞれアナライズで調べられた。
アナライズによる情報は、魔物の名前と苦手な属性だ。
相手の弱点がわかるだけでも、便利だ。
アナライズを使用すると、三体とも火属性に弱いことがわかる。
あたしのヒートバレットが、有効な一撃になるだろう。
体内で意識をすると、魔法が撃てるようになるのがわかった。
なんというか、器に魔力を溜めていき、それが満タンになったところで魔法が完成する、といった感じだ。
ファングラビットが飛びついてくる。
見た目は可愛らしいけど、その鋭く伸びた牙をみると、飼う気はなくなる。
魔法を放とうと思ったけど、思ったよりもファングラビットが早い。手元でノビてくるって感じ。
慌てて横に跳ぶ。大げさな回避だけど、紙一重でかわすなんて怖くてできない。
ゲームとかと全然違う。こっちの思ったタイミングで攻撃できないし、予想していないところで敵も動いてくる。
恐怖、まではいかなくてもびっくりしちゃう。これが……実戦かぁ。
どうやって戦うのが一番なんだろう。
敵三体は陣形が整いだしているけど、あたしと咲葉はお互いに顔を見合わせる。
ゲームとかだとどうだろ……。あたしの情報はそのくらいしかない。
あたしはいまの段階だと魔法ばっかりだし、ここは後ろに下がって、咲葉を補助したほうがいい、と思う。
「咲葉、あたしが援護するから、お願いね!」
「わ、わかったよ」
いつもは余裕に返事をしてくれるけど、さすがに彼女も焦っているようだ。
返事と笑みを浮かべた咲葉だが、口角はひきつっている。
あたしがヒートバレットを放ったけど、やみくもに放った魔法はあっさりとかわされてしまう。
……魔法だって、そうだ。ゲームでは簡単に当たるけど、現実は違う。
もう一度魔法を用意する。
もう、ありったけの魔力を込めるように、意識する。そして、眼前を睨みつける。
咲葉が剣を構えながら、ゴブリンへ突っ込む。
「スラッシュ!」
彼女の剣が光り、それから大振りの一撃を放つ。
ゴブリンはあっさりとそれを見極める。魔法のおかげか、咲葉の剣が綺麗な線を描く。
けれど、やっぱり魔物も一筋縄ではない。ゴブリンが持っていたボロボロの剣で受け流し、その隙をつくようにファングラビットが跳ぶ。
咲葉は寸前でかわす。たぶん、あたしも咲葉もゴブリンたちよりかは体の質は高い。
けど、捉えきれない。経験の差がありすぎるんだ。
ゴブリンのくせになまいきだよ!
ゲームでいったらチュートリアルに出てくるような魔物なのに、こんなに機敏に動くなんて。
「乱斬!」
咲葉が乱斬を放つと、無数の斬撃が眼前に出現する。
魔法の連撃によって、ゴブリンをどうにか捉える。
ゴブリンの剣を弾いた。ゴブリンは、慌てたように腕を交差させてその一撃を受けている。
乱斬は剣筋のような跡を空中に残し、敵を切りつける魔法だ。
ゴブリンの悲鳴が響く。……魔物の断末魔は、まるで頭の中で響くようだ。
あんまり聞きたくないかな……。
これで血でもでていたら、あたしはきっと気絶していた。
「手応え、ありだっ!」
咲葉の興奮した声が耳に届く。
深く入ったことでボアピグに目をつけられている。
ボアピグの体が淡い光を放つ。魔法、かな?
「咲葉! ボアピグが!」
「え!?」
ボアピグの突進が向かう前に、あたしの魔法の準備が終わる。
そこは、戦闘に慣れていないあたしたちでも、息はあう。
ボアピグが走り出す。咲葉は慌てて体を捻って、無理やりかわす。
運動神経の良い彼女だけに、今の動きは素晴らしかった。
ボアピグは、咲葉を仕留めようとしていてこちらを見ていない。
さすがにあれなら、あたしの魔法もあてられる。
あたしの渾身の一撃を叩き込んでやる!
「ヒートバレット!」
声によって魔法が呼び出され、腕の振りとともに目的へと放たれる。
オレンジ色の丸い火炎は銃弾のような小さなものではなく、砲弾のようなサイズだった。
地面を焦がしながら、ボアピグの体へと迫る。ボアピグは巨体のために回避が間に合わない。
その体を火炎が焼き尽くし、あたしは拳を握った。
「沙耶、ありがとう!」
「ふふーん、あたしにかかればこんなもんだよ」
ゴブリンは満身創痍で、ボアピグもすでに消滅している。
あとは……あれ? ウサギがいない。
あたしたちの強さに驚いて逃げたのかと思っていたら、影が落ちる。
「沙耶、上だ!」
「ふぇあ!?」
たまらず、手に持っていた剣を振り上げる。強い衝撃に腕が耐えきれない。
衝撃に思わず両目を閉じてしまった。開くとファングラビットが剣に噛みついていた。
「や、やめてっ!」
あたしが力を込めると、すでに手応えがない。空中に振りぬいた剣に、体が傾く。……まずい。
いつの間にか脇に移動していたウサギの突進に、弾かれる。
痛みがじわりと広がる。その場で転げ回りたいけど、咲葉がウサギを押さえてくれている。
一人だけ痛がっている場合じゃない。
咲葉の剣は当たらない。まるでファングラビットは、先でも見えるかのようにかわしていく。
俊敏すぎるよ。こんなの勝てるの?
ヒートバレットではまず当てられない……あたしのもう一つの魔法を試してみようか。
アナライズによる魔法効果の説明は、一定範囲の敵を焼くというものだ。
範囲魔法なんだろうけど、どれだけの効果かはわからない。それでも、試してみるしかないよね。
魔法の準備が完了したところで、あたしは咲葉に向かって叫んだ。
「咲葉、次攻撃したら下がって!」
「了解!」
彼女が乱斬を放つが、ウサギは器用にかわした。
咲葉は顔をしかめながら後退する。魔法を使ったのに捉えられないんだから、悔しいのは当たり前だ。
あたしはウサギと咲葉の間に魔法を放つ。
魔法名はみてから決めよう。
あたしが指定した場所に丸い魔法陣が出現する。
直径三メートルくらいかな。
魔法陣に刻まれた白色の文字が、あたしの魔力に反応して赤色へと変わる。
同時に魔法陣からゆらゆらとした火が現れる。
「きっ、きっ!?」
ウサギがその場でなんども跳ねる。突然フライパンの上に放りだされたようなものだもんね。
魔法陣から逃げ出したウサギへ、咲葉がスラッシュを放つ。
ウサギも、そこまでの余裕はなかったようで、咲葉の剣が見事直撃する。
魔物たちの後には、淡い光をまとった肉のようなものが落ちている。
「お、終わったみたいだね」
咲葉は荒い呼吸をついて、膝に手をやる。戦闘中は、呼吸をするのも難しい。息を吸うタイミングは、力が抜けるってことだからね。
あたしは、痛む体にこぼれそうな涙をこらえて立ち上がる。
ウサギの一撃が体に深く残っている。初めての戦闘をこなした喜びよりも、苦痛ばかりが残った。
「沙耶、だいじょ――ではなさそうだね。一度、階段のほうに戻ろうか。あそこは魔物も入らないらしい」
「……うん」
酷いよ、あのウサギ。
ていうか、あたしはもっと余裕で、楽勝で魔物を倒せるはずだったんだ。
それがあんな強いなんて、聞いてないよ。
あたしは目元をぬぐいながら、階段へともどる。
咲葉がよしよしと頭を撫でてくるが、あたしは痛む体に手をやりながら口をすぼめる。
「あんな強いなんておかしいよ! 勇者だってびっくりだよ!」
王様にお金と武器をもらって町の外出たら、突然魔王の手下が襲いかかってきたようなものだ。
クソゲーだって投げ捨てるよ!
「そうだね……私たちはすでにある程度レベルが上がったと思っていたのにこれだからね。それじゃ、ダンジョンはここでやめるかい?」
ここでやめる……それは簡単なことだと思う。
あたしは昔から飽きっぽい部分がある。
今までにも色々やってきて、案外すぐにやめてしまうことは多かった。
……だから、今回だってやめてしまえばそれで終わりでいいんだ。
「……でも、嫌だよ」
いつまでも、弱いままは嫌だ。
痛いのも、大変なのも嫌だけど、こんなあたしの好きなゲームみたいな状況で、それにあたしたちは比較的恵まれた環境にいるはずだ。
それでやめるなんて……きっとあたしはこれからも変われない。
「やめ、ないよ……すっごい大変だったけど、いまのでまた少し強くなれたんだもん」
「そんなに、強くなりたいんだ」
「うん。兄貴にいつまでも頼っていられないんだ」
何もしない自分が嫌だった。
……みんなが部活とか勉強とか頑張っている中で、あたしはずっとさぼってきた。
兄貴は、両親が死んでからもずっと、強く生きてきた。多少ひねくれた性格だけど、それでも兄貴はきちんと前を向いている。
……あたしは、逃げてばっかりだ。
逃げたくない。あたしは……このダンジョン攻略にもっと力を入れたい。
「……それじゃ、第四階層で戦闘に慣れていくってことでいいかな?」
「うん。とりあえず、この階層でやっていくのがいいと思う」
三体の相手は厳しいけど、できないわけじゃなかった。
あたしたちの肉体のレベルはいまこの辺りがラインなんだと思う。
「それなら、まずはさっきの戦闘の復習からしようか」
……うへぇ。考えただけでもたくさんある。
あたしの嫌な顔がわかったようで、咲葉は軽く小突いてくる。
「反省せずに、前には進めないよ。テストの点数があがらないのは、間違えを直さないからなんだ。わからないものを放置していては、どっかの誰かさんのように赤点ギリギリをとり続けることになるんだよ」
「な、なんでさりげなくテストのことをちくりするの!」
「さりげなく、ではないよ。思い切りだよ」
「うぅ……とにかくわかったよ」
少し休んでいたら体の痛みもだいぶ和らいできた。
回復魔法とかほしいけど、あたしは果たして覚えられるのだろうか。
いま覚えている魔法は攻撃と補助、だからまだ可能性はあるかな。




