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オール1から始まる勇者  作者: 木嶋隆太
第二章 地球(ローファンタジー)
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妹視点 第一話

ここからしばらく妹視点になります




 私はむっとしたまま中学に向かっていく。気持ちよく頬を撫でる風でも、私の怒りはおさまらない。

 通学路にある本屋はまだ開いていない。昨日、あんな発表があったにも関わらず世界はなんて静かなのだろう。

 ぴたっと、私はブレーキをかける。友人の咲葉はすでに待っていた。あたしがスマホをみると、集合時間よりも一分遅れていた。

 黒髪をポニーテールにしていて、今日もそれが風に揺れて光の粒をうみだしているみたいだ。


「ごめんごめん、遅れちゃった!」


 これも全部、兄貴のせいだからね。

 咲葉は小さく片手を上げ、自転車にまたがった。

 ゆっくりと漕いで行く。もうそれほど距離もないし、遅刻するような時間でもない。


「おはよう、沙耶。昨日は凄かったね」


 友人の咲葉さきはが、軽い笑みを浮かべてこちらを見る。


「あ、咲葉もみてたの?」

「当たり前だ。ていうか、見ていなくてもたぶん、嫌でも耳に入ってくると思うぞ」

「咲葉は迷宮をどう思う?」

「どう、と聞かれても。まだ、いまいち実感が湧かなくてね。正直、なにも言えないよ」


 「ていうか、現実に起きているのかどうかも」と彼女はつけたした。

 あたしだって、あんなものをみていなければね。

 けど、あたしの部屋にはダンジョンへの入り口があるんだ。

 あたしも、なにか、こう不思議な力を使えるのかもしれないと思うと、興奮が抑えられない。


「沙耶、今日はなんだかいつにもまして可愛いね」


 頬をわずかに赤らめ、彼女は楽しそうにこちらへ視線を向けてくる。

 咲葉にはこういう部分がある。あたしを子ども扱いしているというか、なんというか。

 あたしが頬を膨らませると、彼女はこっちをみて鼻息を荒くする。


 駐輪場について、自分たちの決められた場所においていく。

 クラスごとでだいたい固まっているから知っている顔がいくつかあった。

 挨拶をかわして、咲葉が自転車をとめおわったところで教室に向かう。

 教室につくと、いつもよりも騒がしい。そりゃあそうだよ。

 みんなが話しているのはやっぱりダンジョンのことだ。


「すごい盛り上がりをみせているね」

「それはそうだよ! ダンジョンだよ!? ていうからダンジョンよりもあのテレビでやってた氷の魔法みたいなのとか、そっちのほうが興味があるんだよ!」

「そういうものなのかな。私としてはそれよりも危険性のほうが気にはなるね」

「夢が無いよ! 現実ばっかり見てたら大きくなれないよ!」

「夢ばかりみていても大きくなれないようじゃないか?」

「どこみているの!」

「沙耶はもう全体的に小さくて本当に可愛いね。ぎゅっとしてもいいかい?」


 すでに体が抱きしめられている。

 ……許可も出していないが、あたしとしても別に嫌いではないからいいけど。


「これだけ、みんながあれこれ楽しそうに話しているのに、咲葉は危険ばっかり考えてるの!?」

「当たり前だ。沙耶はそんなに楽しそうに見えるのか?」

「楽しそうっていうか、そのうーん」


 あたしの部屋にダンジョンができたんだよって、いいたいな。

 そんなとき、近くの男子の声が聞こえた。


「ダンジョンって近くにあったか?」

「いや、どこにもねぇよ。この近くにはねぇんじゃねえか?」

「いや、でも風の噂で みたって聞いたけど」

「あてにならねぇよ」


 クラスの男子たちの会話が聞こえてきて、あたしは優越感に満たされる。

 けど、我慢である。ここで口にするのは、バカのすることだ。


「沙耶、なにか、ダンジョンについて知っているのかい?」

「ふぁ!? ううん! あたしなんにも知らないから! どこにあるかなんて、全然!」

「そうかい。あんまり大きな声を出さないほうがいいよ。みんなにばれちゃうからね」

「そ、そうだよね。ありがと咲葉!」

「……まさか本当に見つけたのかい」

「なぜそれを!」

「しっ、あんまり大きな声をあげないで。私の胸の中で小さくなってて」

「誰が小さいってっ」


 あたしが睨むと、咲葉にぎゅっと強く抱きしめられた。


「沙耶、ぬいぐるみにしたいよ」

「嫌だよ! 私綿だらけになるなんて!」


 あたしが文句をつけたところで、チャイムが響いた。

 気づけば、朝のホームルームの時間だ。

 と思ったら、放送が流れた。


『朝は体育館で全校集会を行ないます。時間までに間に合うようにクラスごとで委員長が主体に集まってください』


 集会? いったいなにをするんだろう。

 あたしが首をひねると、彼女がそっと耳元で囁いた。


「たぶんだけど、ダンジョンに関してじゃないか?」

「ダンジョンに……なんで?」

「この教室の惨状をみればわかるはずだよ。みんな、どうにもダンジョンを舐めているように見える。いま一度釘を刺すんだろうね」

「そ、そんな痛いよ!」

「まあ、仕方ないよ。私が教師の立場ならきっと、同じようにしているよ。さあ、行こうか。みんな、廊下にいつも通り並んでくれ!」


 手を鳴らしながら席を立った咲葉は委員長の仕事を始める。

 委員長は先頭にたち、あたしも背の順の関係で一番前に並ぶ。

 咲葉はあたしの近くにいたいからと、委員長になったらしい。やかましいよ!

 あたしたちのクラスはすぐに体育館へ到着して、それから校長先生の長い長い話を聞く羽目になった。




「もう耳にたこだよ!」

「それは楽しそうで何よりだ」

「何も楽しくないっ。長いよ!」


 教室に戻ってきてから、あたしはぷんすか地団駄を踏む。

 校長先生が話していたことはどれも何度も聞いたんだって。


「ダンジョンは危険だから見つけても絶対に入るなって! そんなのわかったよ! でも入りたいの!」

「欠片もわかっていないじゃないか」


 呆れた様子で片目を閉じた咲葉だけど、あたしはそんな答えが欲しいんじゃないよ。


「そういえば、沙耶はダンジョンを見つけたのか?」

「うあ、えっと、その」


 もうなんで咲葉はこんなに察しがいいの。

 隠していても仕方ない。

 こうなったら咲葉を仲間に引き込んでみようか。

 あたし、ちょっと抜けているところがあるし、彼女に色々と相談してみたい気持ちもある。

 よし、それでいこう。

 

「咲葉、そのあたしね」

「ダンジョンに入りたいのなら私は止めるよ。可愛い沙耶に怪我でもできたら大変だ」

「……」


 危険なのはわかってるよ。

 ……でも、あたしが入りたい理由は、そのそういう興味だけじゃない。

 けど、兄貴はいつもその危険なことをあたしのためにしてきてくれた。

 あたしが困っているときはいつも助けてくれた。

 けど、いつまでもそれに甘えていられない。兄貴だってあと二年もしたら大学生だ。

 家にいつまでもいるわけじゃない。あたしが、成長していることを……兄貴に見せたい。


「咲葉、聞いてくれる?」

「沙耶の話はいつだってボイスレコーダーに記録しながら聞いているよ」

「そこまでしなくていいよ!」

「それで、どうしたんだい?」

「あたしね、いつまでも兄貴に守られていたらダメだと思うんだ」

「ふんふん。それで?」

「あたし、いつも兄貴に頼ってばっかりで、ストーカーとかされても一人で撃退できなくて」

「それはお兄さん以前の問題だよ。警察案件だね」

「だから、あたし強くなりたいの! ダンジョンに入っていけば、力が手に入るって朝みたらかいてあったよ」

「魔物を倒したり、ダンジョンの食べ物を食べたり、ドロップアイテムを食べたり、だね」

「うん。そうしてレベルアップしたり、ダンジョンの宝箱で武器を手に入れたりすればいいって書いてあったよ。だから、あたしも少しでいいから強くなりたいの」

「……沙耶」

「このままだと、兄貴。あたしを心配して大学も近場にしちゃうと思うし、それだとやっぱり選択肢も狭くなっちゃうと思うし……だから、どうにかあたしはもう大丈夫って安心させたいの」

「……そこまで考えていたんだね」


 当たり前だよ! もちろん、好奇心もすごいあったけど、それ以上にやっぱり兄貴のためにも強くなりたいと思っていた。

 咲葉はしばらく悩むように顎に手をやって、それから嘆息をついた。


「わかったよ。君がそこまでの覚悟を持っているのなら、私も覚悟を決めよう。死ぬ時は一緒だよ」

「生きるよ! もしかして、一緒に探索してくれる?」


 なるべく小さく聞くと、彼女はこくりと頷く。


「君のお兄さんにも、沙耶が無茶をしないように見張っててくれと頼まれていたからね。ただし、ダンジョン探索をする上では、安全に、慎重に、ね。それが約束できるなら、お兄さんにも黙っておくよ」

「……うん、わかった。それじゃあ、えへへ。パーティー結成! あたしリーダーね! リーダースキルとかないけど、よろしく!」

「ああ、よろしく」


 仲間ができてちょっと安心した。あたしは比較的天才だけど、たまにミスをしてしまう。それをカバーしてくれる人がいてくれれば、たぶん、ダンジョン攻略だってできる!


「それで、ダンジョンはどこに見つけたんだい? 下手な場所だとすでに警察が見つけて、中に入れなくなっているんじゃないか?」

「大丈夫。あたしの部屋だからね」

「それはそれで大丈夫か!?」

「大丈夫!」


 たぶん、きっと大丈夫だ。

 あたしは彼女にピースを向けた。




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