依頼は唐突
「カボチャのサラダ? 美味しそう」
「ふふっ、今日はハロウィンですものね。きっとパーティーしようって言い出すと思ってたから……ちょっとだけ、それっぽい物は用意してたのよ」
「……いつの間に……」
理奈の言葉に、晃は心なしか脱力を覚えていた。
……日本にハロウィンのお祭り文化が到来してしばらく経つが、これほどまでに年中行事として浸透しているとは。
改めて自分の家を見回すと、至る所にジャック・オ・ランタンやお化けの小物が飾られているのに気がついた。
「……いつの間に……」
もう一度、同じことを呟く晃。それでも、昼食を進める手は止まらなかった。
「さっすが理奈おねいちゃんだね!」
「パーティーをするなら、ちょっとだけお買い物に行きましょうか? お菓子くらいは作った方が雰囲気出るわよ」
「うん! 衣装もね! わたしはやっぱり魔女かなぁ……可愛いヤツね!」
「そうね、わりと簡単に手に入るものね。で? 晃はどうするの? 仮装」
ここで晃に話が回って来た。
「ぐっ……やっぱり俺もやるのか……」
「そうよ、家族でハロウィンパーティー。みさちゃんが学校のお友達に自慢できるくらいのパーティーにしなきゃね」
がっくりと肩を落とす晃に、悪戯っぽい笑みを投げかけると、今度はみさに向かってウインク一つ。
「俺は……そうだな、スーツをちょっと改造したら、ドラキュラっぽくならないかな」
「あ、それいい! 晃おにいちゃんなら絶対似合うよ!」
……渋っていた割にはノリノリのようだ。マントになるようなものはあったかな……などと考え込んでいる。
そんな時、チャイムが鳴った。
「あ、大地さんかしら」
理奈がパタパタと玄関に向かう。そちらから、大地の声が聞こえて来た。二人分の足音が、室内に入って来た。
「ん? 今日は昼が遅かったんだな」
「大地おにいちゃん、お帰りなさい! 今日はみさ学校の日だったから、今なの。おにいちゃんはお出かけするの?」
「ああ、そうなんだよ……って言っても、一泊だからな。明日の夜には帰って来るけど……」
そこで、大地が少し言葉を詰まらせた。声には出さず、晃と理奈が視線で促す。
「晃、理奈ちゃん、悪いんだけど……」
ここでもう一度言葉を選ぶ。
「ん?」
「何? 大地さん」
促され、意を決したような顔。
「ベビーシッター、頼まれてくれないか?」
『ベビーシッター?!』
晃と理奈の声がハモった。あまりといえばあまりに突然。お互いに顔を見合わせて困ったような二人を見て、大地が説明する。
「いや、ベビーっつっても赤ちゃんじゃなくてな、五歳くらいの女の子らしいんだ。俺の会社の同僚……その娘さんらしいんだけど、そいつ今日になって日帰り出張言い渡されてさ、帰りが深夜になるらしいんだよ。それまでの間、預かってて欲しいわけなんだけど」
申し訳なさそうな顔で、二人を拝むように両手をあわせて懇願する。
二人はもう一度顔を見合わせて、軽く頷く。特に不都合はないだろうし、パーティーをする予定でいたので、人数が増えれば単純に楽しいだろう。
「分かったよ、子供さん預かるなんて初めてだからな、心配するな、とは言えないが……」
言って晃は苦笑し、更に続けた。
「理奈もみさもいるしな。……予行演習とでも思っておけばいいかな?」
思わせぶりに言いながら、理奈を見やる。理奈は若干頬を染めたが、結婚している、ということは、いずれそうなるのだろう。
「あ、でも大地さん」
「ん?」
「さっき『娘さんらしい』って……『らしい』ってどういうことなの?」
「ああ、いや、俺も実は会ったことなくてさ、良く事情を聞いてこなかったんだよな」
言ってぽりぽりと頭を掻く。
「大地兄さん、それ……」
『一番重要なこと!』
「………………すみません」
またしても晃と理奈の声がハモった。彼らの後ろで、みささえも似たような表情を浮かべている。
気まずい沈黙。それを破るように、二時を告げるアラームが聞こえて来た。
「あああっ! もう行かなきゃ! すまん皆! もう少ししたらそいつ来るからさ、後は宜しく! 理奈ちゃん、荷造りありがとうっ!」
叫ぶように言うと、大地は用意されていたスーツケースを引っ掴み、嵐のごとく去って行く。
しばし、台風が通過した後のような微妙な沈黙が降りた。
何となく、誰からともなく残っていた昼食を平らげ、やはり微妙な空気の中で片付けを終える。
元々短編のつもりで書いたものですが、ここに投稿するには少々長かったようです……。地味ーに話は進んでいきますので、飽きないで頂ければ幸いです;;