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最終章 願い

 僕は飛鳥に、ゆうきっていう少年が飛鳥をみていたよと言ったがいつもどおり飛鳥の耳には僕の声が聞こえていないようだった。

 僕は幾度と無く飛鳥に声が届けと願ったが、それが叶うことは今まで一度も無かった。人形やぬいぐるみは長い年月かわいがられると魂が宿るといわれているようだが、僕はそれは間違っていると思う。正しくは、僕みたいに皆魂は元々あって、長い年月を共にすればするほど互いの心が通い合い、こちらの声が届くのだろうと思う。僕と飛鳥は今年で十二年の付き合いになる。僕はほとんどずっと飛鳥から離れていないから大分と長い年月を共にしているからそろそろ心が通ってくれてもいいと思うのだが……。なかなか上手く行かないのが現実であり、その現実を生きるしかない僕たちは互いに一方通行な会話をして一年が過ぎた。


 飛鳥が高校三年に上がり、大学入試を目前にした十二月二十五日、クリスマスで僕と飛鳥が出合った日。歌緒梨かおりの提案で僕たちは京都にある歌緒梨の母親の実家にお邪魔しに行った。メインは歌緒梨の家に遊びに行くというより合格祈願をしにいくことだった。その合格祈願をしにいく神社というのはあの、飛鳥が中学で気に入った神社であった。


「ここは学問の神様が祀ってあるんやで」

 得意げに入り口にある大きい鳥居の真下で説明をする歌緒梨だったが

「うん。 知ってる! 中学のときの修学旅行で来たよ」

という飛鳥の何気ない発言でがっくりした。

「あ、でもここほんとご利益あるよね! 今の高校合格できたし!」

「そやろ〜! やし、大学合格祈願もここでしたら合格間違いないで!」

自分の地元を自慢できると気づいた歌緒梨はすぐに元気を取り戻し、軽やかな足取りで手を洗居に行き、懐かしそうに見渡しながらゆっくりと歩く飛鳥の腕を引っ張りながら本殿へと向かった。

 本殿の前の鈴のところにはすでに数名の参拝者が居て、その中には制服を着た子供とその親と思しき人や、三年前の飛鳥のように修学旅行で来ていると思われるグループや、ジョギングもしくはウォーキングだと思われる格好の人などが居た。少し混雑していたので自然と人々は鈴の前に列をつくり自分の番を待っていた。その列に飛鳥と歌緒梨は加わった。

「やっぱこのシーズンは混むなぁ」

「そんなに有名なんだ?」

「うちは結構有名やと思ってるけど」

「へぇ……」

そんな会話をしながら飛鳥は何か思いふけっている様子だった。

「ゆき……」

ふと小さな声で漏らした言葉を僕は拾った。おそらく彼女は三年前にはそこにいた雪博の姿を思い出しているのだろう。


「あれ? もしかして飛鳥?」

 懐かしい声がして飛鳥は少しうつむいていた顔を上げた。声の主は中学でとても仲が良かった亜夜奈あやなであった。

「あ! 亜夜奈!」

「やっぱ飛鳥だったんだ! 久しぶり〜! あんたまたかわいくなってるね」

「そんなこと無いよ。 まだ彼氏も居ないし」

何処か寂しそうな雰囲気のある微笑みを返した。

「へぇ。 飛鳥ちゃんまだ彼氏いないのかぁ」

「はい」

「じゃぁ俺亜夜奈から乗り換えよっかな、なんつって」

「ちょ、冗談でもやめてよ! 飛鳥かわいいからほんと心配になるから!」

「はいはい。 ムキになるなって」

「えーっと、すみませーん」

完全に取り残された歌緒梨が話に割って入ってきた。

「あぁ、ゴメン歌緒梨。 こちらは私の中学の親友の亜夜奈とその彼氏」

「へぇ……初めまして、歌緒梨といいます。 うちは飛鳥の高校の友達でこの近所の出身です」

「敬語なんて要らないって! 同い年なんだし。 って隆徳たかのりはいっこ上か」

「別に俺に対しても敬語じゃなくてもいいよ。 飛鳥ちゃんも」

「いえ、年上の方には敬語を使うようにしていますので」

「あ、うちも年上の人には敬語いらんって言わはっても一応軽く敬語で話すことにしてるんで」

自己紹介が行われた後の軽い会話を聞くと、亜夜奈も彼氏を連れて合格祈願に来たようだ。そして亜夜奈はふと思いついたかのように疑問をこぼした。

「そういや雪博って元気にやってる? あいつも京都に来てるの?」


「えっと……左山くんは……」

「ゆきは死んだよ」




「え? うそでしょ?」

「ほんと。 ねぇ、どうして私の大好きな人って居なくなっちゃうのかな」


誰も答えられない質問を、飛鳥は誰に向かってでもなくつぶやいた。


「ばか雪博……っ! あんた飛鳥を悲しませないって言ったの嘘だったのかっ!」

空に向かって亜夜奈が叫んだ。彼の悔し涙なのか、京都ではいつもより早い雪が舞い降りてきた。

「でもね、ゆきは私を心配して言葉を残してくれたから今こうやって笑っていられる」

嘘のない無邪気な笑顔を飛鳥は見せた。その笑顔は舞い降りてきた優しい白い世界の中で幻想的な風景を作り出していた。


 その日の夜、僕は夢を見た。飛鳥と雪博があのテーマパークでデートをして二人ともとても楽しそうだった。あの日とは違い何事もなく穏やかに時は過ぎ、日が落ちテーマパークが閉まるぎりぎりまで二人は遊んでいた。飛鳥は雪博に家の前まで送ってもらい、そして雪博が去ろうと背を向けたとき、飛鳥はその背中に向かって優しい声で想いを伝えた。

「私も、そういう意味でなく好きだったと思う」

「……ありがとう」


「飛鳥様! 俺にとらわれるなよ。 飛鳥らしく振舞っておかないと叱りにくるからな」

彼は振り返ることなくそう言い、闇に消えていった。


 十二月二十六日、歌緒梨の母親の実家にとまった僕らはお礼をいって歌緒梨とともに帰った。僕は、昨日の夢は飛鳥にこうあってほしいと願ったからあんな夢を見たんだなと思考をめぐらせていると、帰りの道中飛鳥が興味深い話をしだした。

「ねぇ歌緒梨、昨日サンタクロースからプレゼントもらったよ」

「え? 何もらったん?」

「私とゆきのデート。 夢で見たんだ」

嬉しそうに話す。聞くと僕とまったく同じ夢を見たようである。これはもしや心が通い始めた兆候なのだろうか? そうだとしたら今、僕の声が飛鳥に届くかもしれない……!

(飛鳥! 僕の声聞こえる?)

しかし彼女は少しも僕のほうを見なかった。



 桜の花びらが舞う道を飛鳥と歌緒梨とそして亜夜奈と共に歩いていた。彼女ら三人は同じ大学を受けて、あの神社のご利益があったのだろう、皆合格をして三人で入学を果たした。入学式、彼女らは新品のスーツを着て少し緊張気味にパイプ椅子に座って学長のどうでもいい挨拶を流し聞いていた。特に飛鳥は緊張しているのだろう、学長の話を聞く余裕がなくあたりをきょろきょろしていた。すると何かを見つけたのかいきなり前のめりになった。

「ゅ……っ!」

何かを言いかけたが、今は入学式の真っ最中であることにぎりぎり気づき言葉をのみこんだ。

 教室に移動し、一通りの説明が終わり解散してもよいという先生の合図で皆緊張が解けたのか、一度に話し出して教室がざわついた。そんなざわついた教室で亜夜奈と歌緒梨は飛鳥の様子が少し変であると気づきずっときょろきょろしている飛鳥に近づいてきた。

「どうしたん?」

「あ……えっと……なんでもない」

「ほんとに? 具合悪いなら送っていこうか?」

「いいよ。 大丈夫だから。 それじゃね!」

飛鳥は一人急いで家に帰り、母親に適当なただいまを届けた後すぐさま部屋に閉じこもった。

(どうした? 飛鳥?)

「あすか……私ゆきにそっくりな人をみちゃった」

(あぁ、なるほど。 だからあんなに動揺してたのか)

「……!」

飛鳥が驚いた表情をした。

「あすか、今しゃべらなかった?」

(僕の声が聞こえるのか?!)

「……気のせいか。疲れてるから聞こえた気がしたのかな」

僕はがっかりしなかった。一瞬でも伝えることができたから。


 飛鳥は引っ越すときに父親の本はすべて持ってきたようで、山積みになっている本をあのときから少しずつ着実に読み進めていた。そして僕と彼女の会話はあれっきりないまま桜は散り、蝉がなき、もみじが色づき散り、冷たい風が吹き始めた。

 十二月九日、飛鳥は知らない僕の十四回目の誕生日、彼女は父親の持っていた本すべてを読み終えた。飛鳥が読んでいた本は、僕は読めないので何を読んでいたのかわからないがすべて洋書であることはわかっていた。そして飛鳥はその洋書をもっとたくさん読みたいと思いったのか、授業終わりに大学内にある図書館へ行った。

 洋書がある本棚は四階建ての図書館の最上階にあり、入り口付近はドアの開閉が気になって集中できないということで奥のほうの席の個別ブースに座って導入部分をすこし読んで選んでいた。すると、男の子が飛鳥の後ろの個別ブースに座るや否や何かごそごそと音をさせ、そしてすぐにすーすーという気持ちのよさそうな寝息をたてた。飛鳥はその寝息が気になったのか、はたまた好奇心旺盛な性格で覗いてみたかったのか、席を立ち、彼の背後に立って窓の方に向いている顔を覗き込んだ。と思ったらいきなり驚いた表情で後ろにのけぞり一歩下がった。そして彼女は彼に微笑んだ。


 その次の日、飛鳥は亜夜奈と歌緒梨に昨日のことと入学式で見たものを話した。

「あのね、昨日図書館の四階の隅っこで寝てる人が居たんだけど!」

「あー居るなぁ。 あの人いっつもあの時間あそこで寝てるで」

「有名だよね」

「そうだったんだ! それでね、その人入学式でもみたんだけどさ、すっっごいゆきに似てるの!」

「そうなんやぁ。 いつも窓側に顔向けてるから顔見たことないわ」

「だから入学式のとき変だったんだね」


 それから飛鳥はほぼ毎日のように図書館の四階へ向かうようになった。彼が来るであろう個別ブースが見えるぎりぎりの遠さの席から彼が来るまでそわそわしながら待つ。そして彼が来たら眠りに入るまでの間ずっと瞬きをせずに見つめ、眠ったとわかると満足するのか家へ帰る。そんなことを続け、亜夜奈と歌緒梨に「そんなに好きなら告白すれば? 告白しないまでも会話ぐらいすれば?」などと提案されるが、飛鳥は「また大好きな人を失うのが怖いからこのままでいいの」の一点張りだった。僕は飛鳥には幸せになってほしいから僕も必死で彼に話しかけてみたらと言ってみるが、やはり声は届いていない様子だった。


 そんなことをずっと続けて、再び桜の花が咲いて散り、蝉が鳴き、もみじが色づき散り、冷たい風が吹き始めて、僕の十五回目の誕生日を迎えた。亜夜奈と歌緒梨は飛鳥に彼への接近を進めるのを諦めた様子だった。だけども僕は、たった一人でも訴え続けた。飛鳥の幸せを願って。

 飛鳥は大人の女性の雰囲気を身に付け、中学の頃よりもさらに美人になっていた。そんな彼女は何度か告白をされたようだが、すべて断り続けた。「私には好きな人が居ますから」と。


 飛鳥は今日もいつもの席で遠巻きに彼が来るであろう席を見つめていた。そして彼はいつもどおりの時間にいつもどおりの仕草で座り眠り始めた。そのとき何故か僕は急に猛烈な眠気に襲われた。隣を見ると飛鳥も同じようだ。母親の看病疲れなのか、こくりこくりと今にも寝てしまいそう。僕は思い出した。一昨年の十二月二十五日の夜を。


(雪博! おまえも飛鳥の幸せそうな顔を見たいだろう?)


(今ここで、飛鳥に夢を見させてやってくれ……)


(サンタクロース……ほんとに居るなら僕に少し早いプレゼントを……15回目の誕生日なんだ……!)


(飛鳥……僕と同じ夢を見てくれ……飛鳥…………彼の名前はゆうきっていうんだ。彼も飛鳥のことを気にしているはずだ……きっと上手くいく……)




薄れ行く意識の最後、窓の外にいつもより早い雪が降っているのが見えた。

ところどころ無理やり合わせたような感じがあるかもしれません……。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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