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第二章 視線

 飛鳥は線香がほのかに香る墓の前で手を合わせていた。すると遠くのほうからボーっと、何かに見とれているような感じでこちらを向いている少年がいた。彼は親に名前を呼ばれると我に返りそそくさとその場を去っていった。


 飛鳥の通う高校では成績優秀者の授業料と入学金の免除というシステムがあり、彼女はそのシステムがあるということでこの高校を選んだ。父親が亡くなった後、飛鳥と母親は売れるものはすべて売って古い二階建てのアパートに引越した。母親は外で働くことができないので家で少し内職をし、飛鳥は奨学金をもらいそれで何とか暮らしていた。

 飛鳥は雪博のおかげで以前のような元気の良さを取り戻し、父の死を受け入れるようになった。僕は雪博にとても感謝をしている。僕は彼女の愚痴や弱音を聞くことはできるが、受け取ったものを返す手段が無かった。所詮編みぐるみ、僕の声は彼女に伝わることはないからである。そんな僕の代わりに雪博が飛鳥を支え、励ましてくれたおかげで僕は再びあのハリのある元気の良い声が聞けるようになった。


「飛鳥〜。 で、どーなん?」

「どうって何が?」

「何がって左山くんのことに決まってるやん!」

皆高校を一年間何事も無く過ごし、二年目に入ってしばらくした頃、去年も飛鳥と一緒のクラスだった歌緒梨かおりが詰め寄った。

 彼女は元々京都の生まれなのだが、両親の仕事の都合上こちらに移ってきたらしい。ついでに言うと歌緒梨は雪博と同じ野球部のマネージャーである。

「ゆきが……何?」

「はぁ〜。 ほんまあんたは鈍いんやから」

(飛鳥、雪博は彼氏かって聞かれてるんだよ)

「鈍いって……あぁ、ゆきとの関係を聞きたいの?」

「そーそー。 で、実際どうなん?」

「ゆきは親友だよ!」

「彼氏ちゃうん?」

歌緒梨が凄くがっかりした声を出す。女子高校生は色恋沙汰に首を突っ込むのが好きみたいだな。

「中学からの親友。 そういう意味ではゆきのこと好きだよ」

「そういう意味、ってのがなかったらいいんだけどねぇ」

「うわっ! いたん?」

「何だよ歌緒梨。 人をお化けみたいに。 俺と飛鳥の変な噂流してるのおまえか」

雪博が歌緒梨の背後に立っていた。

「さ……さぁ? なんのことかなぁ〜?」

「おまえ……目が泳いでるぞ」

「ゆき。 部活は?」

話をさらりと受け流した飛鳥の言葉で歌緒梨は助かったようだ。歌緒梨ももう少しばれないような素振りをすればいいのに、と僕は思ったが飛鳥が仲良くする人は大抵素直でいいやつばっかりなのでそれは無理かと思いなおした。

「今から行く。 飛鳥も早く帰れよ」

「うん! 今日は卵の特売日だから早く行かなきゃ!」

「あんた……主婦か」

飛鳥は歌緒梨の言葉を聞き逃したようで、すぐにばいばいと叫んで教室から出て行った。雪博と歌緒梨はまだ話していたようだが、僕は飛鳥のカバンにぶら下がっているので何を話しているのか遠くて聞こえなく、その姿も飛鳥が体の向きを変えたのですぐに見えなくなった。雪博の顔……なんだか珍しく真剣だったような気がしたが……良く見えなかった。


 夏。セミが鳴き始めた声でどこと無くおもむきが感じられる頃、野球部は熱かった。この高校は全国高等学校野球選手権大会、いわゆる「夏の甲子園」の出場をなんか出たことも無かったのに、今年はいけそうな雰囲気があったからである。雪博は中学でも野球部だったが、なにぶん公立中学校であるためそんなに強くは無かった。しかし彼はもともと身体能力が高かったのと野球に対する熱心な姿勢により急激な伸びをみせ、二年生で唯一レギュラーにいた。この野球部は雪博が居るおかげで今年甲子園に出場できるといっても過言ではなかった。

 六月から七月にかけての予選を快勝し、今年も予選を無事通過。その間もずっと雪博は活躍していた。そして本選が行われる一週間前、僕は雪博が飛鳥に隠していた秘密を知った。


 次週に雪博が夏の甲子園に出ると聞いた飛鳥は母親の了承を得て雪博の練習風景を見に行くことにした。彼女は練習場に着くや否や驚きの声を上げた。

「すっごーい!」

野球の様子など見たことも無い飛鳥は調整のための紅白戦が行われている練習場のすぐそばまで突っ込んでいった。そして彼を見つけるや否や叫んだ。

「ゆーーきーーっ!!」

その声に気づいた彼は思わず飛んできたフライ球を落としかけたが何とか集中力を球に戻しぎりぎりでキャッチした。

「……飛鳥?」

彼も彼女をすぐに見つけた。なぜなら、一人だけ目立っていたから。

「ゆきーーっ!」

再び叫んで大きく手を振る。僕は飛鳥を凄いと思った。先程の発言でこんなに静まり返った練習場で再び同じ言葉を発しはしゃぐ姿は完全に目立っていた。目立っていたって言うより、浮いてた。うん。

 周りにいた数名の観客たちがざわざわとし始めて彼女は目立っていることに気づいたが、それでもなお手を振り続けていた。

「左山!」

「あ、はいっ!」

そんな飛鳥がかわいいなぁと見とれていた雪博はキャプテンに声をかけられてびくっとした。

「あれ、誰だ?」

「えっと世越飛鳥っていう俺のかの……」

「俺の親友です」

彼女、といおうと思ってやめたようだ。飛鳥は手を振るのをやめたが笑顔でまだ雪博の方に向いていた。すべての出来事を見ていた野球部の部員たちは、中学時代よりも少し大人の顔をした飛鳥に見とれるものと、雪博をねたむような目で見るものに分かれた。この飛鳥が引き起こした事件、後の彼の運命に大きな影響を与えることになる。

 歌緒梨はこの騒動で飛鳥のところに飛んできて、飛鳥の手首をつかんでを引っ張り練習場から少し離れたところにつれてきた。

「あんた何やってんの?」

どこか怒っているような雰囲気で話し出した。

「何ってゆきが練習してるところを見にきたら皆応援してたから私も……」

「ええか? 左山くんはまだ二年なんやで?」

「だから?」

「確かに野球は上手いけど、いわば左山くんは他の三年を蹴落としてレギュラーになってるんやで? よろしくないと思っている三年もいるのわかる?」

「なんにも無けりゃいいけど。 もうファンみたいな行為しーひん方がいいと思うで」

飛鳥の返答を待たずして言うことをすべて言い切った歌緒梨はすぐにその場を去っていった。


 練習が終わって帰ろうとする雪博に飛鳥は近寄っていった。その手には僕が握られていた。

「お疲れ様! 雪博!」

飛鳥が雪博の顔のまん前に僕を持って行き、人形劇の人形のようにせりふをつけて動かした。

「ありがとー。 えっと……こいつの名前って何なの?」

「あすか」

「ほぉ。 一緒の名前なんだ。 ありがとう、あすかさま!」

「どういたしまして!」

少しおどけた声で話す飛鳥を優しい目で見ながら微笑ほほえんだ。

「飛鳥。 こいつ触っていい?」

「いいよ」

僕は飛鳥から雪博に渡され彼に見つめられた。

「あれ? 飛鳥! こんな時間に学校いるの珍しいね!」

遠くのほうから飛鳥のクラスメイトの集団――といっても5人ほどのグループだが――のうちの一人が飛鳥に声をかけた。

「行ってきていいよ。 俺はここで飛鳥様のお帰りを待ってるから〜」

「もう! いい加減やめてよ!」

と笑い、

「ゴメンね! すぐ戻ってくるから!」

といって飛鳥はグループのいる方向へ走っていった。途端とたん、雪博は僕に語りかけてきた。

「なぁ……あすか。 俺、やべーんだ」

(どうした?)

「足が……ぶっ壊れそうだ。 体が練習についていけてないみたいだ……」

「何してんの? 左山くん」

「何も。 飛鳥を待ってるだけ」

無意識に彼は僕を隠した。

「飛鳥は?」

「あっちで話してる」

「ちょうどいいな。 なぁ、足大丈夫なん? 今日ちょっと引きずってへんかった?」

「だんだんきつくなってきたかもだな……」

「まだ二年なんやしレギュラーからおりたほうがいいんちゃう? 言いづらいならうちが監督にいっとこか?」

「だめだ。 飛鳥に心配かけたくない。 俺の怪我を知ったら心配するなといったって意味無いぞあいつは」

「親友なんやしちょっとぐらい心配かけさせてもいいん……」

「歌緒梨は飛鳥の父親のことを知らないからそういえるんだ! 」

「擦り傷ちょっとしたぐらいでも、そこからばい菌がはいらないようにしてる? 膿んだりしてないよね? 深くないよね? って怖がるんだ」

「でもあんたの足の怪我は別に死ぬようなことにはならへんのやし……」

「そうだったとしても言えない。 飛鳥は母親の世話で疲れてるのに俺のことで心配かけたくない」

「それに今年じゃないとダメなんだ」

「なんで? なんかあるん?」

「飛鳥の父親の三回忌。 俺は飛鳥に夢を見せたい。 飛鳥の父親に俺が甲子園出る姿見せて安心しなって言いたい……!」

「でも靭帯が伸びかけてて疲労骨折の前兆が出てるって……。 そんな格好つけてどーすんの?」

「たっだいま〜!」

飛鳥が帰ってきたようだ。

「おっかえりぃ〜。 さて帰るか!」

と先程の神妙な声とは全然違う声で雪博は答えた。


 甲子園まであと四日、選手たちは休暇を与えられた。ちょうど日曜日だったため雪博は飛鳥を近くのテーマパークに行かないかと誘ってきた。足が痛いはずなのに、何かに気づいているような感じで何処か焦っている感じもあった。そのテーマパークはもちろん、僕もついていった。

 雪博は飛鳥と一緒に色々と歩き回ること自体すら楽しんでいてとても幸せそうな顔をしていた。お昼時、彼女と彼は公園を模した区画のベンチに座り、彼はフードカートでなんか買ってくるけど何がいい?と飛鳥に聞いてきたが彼女はなかなか決めれず、僕を突き出しこういった。

「あすかと一緒に選んできて!」



 ここは……病院?くらくらする頭で僕は目覚めた。僕は何故か大泣きしている飛鳥に握り締められていた。何が起こったのだろうか?

「ねぇ、あすか。 何が起こったの? 答えて?」

飛鳥が僕に問う。僕もわからない。気持ち悪く感じる頭をフル回転させて考えてみる。そう僕はテーマパークに居て、飛鳥から雪博に渡されて、その後……あぁうっすらと思い出してきた。


 雪博は僕を受け取りその辺を歩き始めた。疲れているのだろうか、それとも足が痛むのか、雪博は少しふらふらと歩いていた。すると突然背後から野球部のレギュラーになれなかった三年数名が声をかけてきて、建物と建物の間で広いとこからの死角に雪博を引っ張っていった。そして二年の癖に生意気だとか、かわいい女の子を連れて歩くのが目障りだとか言い、そして僕を奪い雪博をからかい、それでも雪博はじっと怒りをこらえていた。すると僕を持っていた三年がいきなり地面にたたきつけた。と思ったら別の背の高い三年が僕を拾い上げ雪博の手の届かないであろうところまで持ち上げた。高校生になってまで子供の遊びをやるようなダサい三年たちだった。

 雪博は先輩たちがレギュラーになれない理由がわかりましたよ、といって冷静に言った。が、次の瞬間彼は、切れた。ついでに彼の靭帯も。

 彼は僕を奪い返そうと飛び上がったとき、

「バチン!」

と鈍い音をさせた。たたきつけられたダメージで薄くなってゆく意識の中僕が見たのは、彼が僕を奪い取ることに成功してその場に倒れてゆく様。興奮している三年たちは倒れこんだ彼を集団で囲い……。


「きゃぁー!」

という声で僕は意識をかろうじて取り戻し、見るとそこには驚きと恐怖に満ちた飛鳥の顔があった。

「ゆ……き……」

「…………飛鳥……?」

「救急車呼ぶから待ってて!」

「……飛鳥」

彼は何かを悟ったかのように話し出した。飛鳥は雪博の傍まで来た。

「……ゴメンな。 夢、見させてやれそうに無い」

「……泣けよ。 絶対。 また中学みたいな顔すんなよ……」

「何? 何を言ってるの? 雪博?」

「俺は……そういう意味ではなく…………好きだよ……飛鳥様……」

ここで、僕と彼の意識は消えた。


 飛鳥は線香がほのかに香る墓の前で手を合わせていた。墓標には「左山家之墓」と書かれている。

「ゆき……誰にこんなひどいことされたの?」

犯人は三年だということは闇に消え、甲子園出場を果たした雪博のいない野球部は初戦で敗退した。

 目をつぶって涙の細い腺を頬につけながら手を合わせる彼女を、僕はどうにかしてあげたいと思ったがどうにもできなかった。僕の代わりにやってくれる雪博も、もう居ない。彼女と一緒に悲しみに浸っていた僕はどこからか視線がこちらに向いているのを感じた。見回してみると一人の少年がいた。何かに見とれている様子で、視線を探るとそれは飛鳥に向けられている。

「ゆうき!」

飛鳥ははっとして顔を上げた。そして見知らぬ女性が叫んだ言葉を聞き間違えたと気づき、ため息をつきながら微笑んで僕にふれた。

「今、ゆきって言ったのかと思った」

そして飛鳥に見とれていた彼はゆうきという名前らしく先程の名前を呼ばれたことで我に返り、そそくさとその場を去っていった。飛鳥は全く彼に気づかなかった。

前回を書き終えたときはこの章で終わらせるつもりだったんですが長く書きすぎて高校までしかかけませんでした(汗)

おそらく次章で終幕だと思います。気長にお待ちくださいませ。

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